娘、自分のからだに目を向ける
「なんか、凄くマズい気がする」
と、娘が深刻な声で言ったので、軽く身構えながら「何が?」と訊ねた。
「私、デブってない?」
娘は手脚が長い。しかしここ数年、家でとぐろを巻いているせいで、すっかり締まりのない体つきになっている。
せっかくの長い脚の膝は曲がり、腰を落とし背中を丸めた立ち姿は、歴史の教科書に載っているネアンデルタール人のイラストを思い起こさせる。と、さすがに本人に面と向かっては言わないが。
「ちょうどお母さんもあんたを見て、あれっ?とは思ってた。太ったと言うより、ぼよよよ~んとしてる感じかな」
ちょっと冗談めかしつつ、本人の不安をあえて否定せずに様子をうかがう。
「いやだ~っ!痩せなきゃ。ダイエットしなきゃ。だいたい、成長期だからいっぱい食べろって言ったのそっちじゃん!」
「いや、言うほどあんた食べてないし。やっぱり体を動かさなきゃ。一日中ゴロゴロして絵ばっかり描いてたら、そりゃ体のラインは崩れるゎ」
「運動なんてムリ~っ!」
「特別なことしないで良いのよ。自転車漕ぐとか、歩くとか」
「いっぱい歩くなんて無理むり無理むり」
「そこのコンビニまで位でちょうど良いんじゃない?」
そのコンビニまでは、家から歩いて7~8分。娘、渋い顔して考える事しばし。
最後の一押し
「お母さんも一緒に歩くよ」
「・・・あぁーっ!仕方ないなぁーっ!」
学校に行かなくなってから、娘は身なりに全く関心を向けなくなっていた。風呂に入れと言っても拒否。延び放題の髪をとけといっても無視。洗顔もおざなりで、無残なニキビ面。昼も夜も同じ服の着た切り雀だ。
学校に行かない事については、私の中に既に葛藤はない。しかし自らを放棄したような姿には胸が痛む。
主治医からは「いいんだ、いいんだ。出かける用事もないのに、着替えてなんからんないよねぇ。自分で、行こうと思う所が出てくればちゃんとするんだから、お母さんは心配しないで大丈夫」と言われていたものの、密かに溜め息をつく日々だ。
その娘が、自分の身体に意識を向けられたことが新鮮だった。
秋の虫の音が響きだした夜道を、他愛もない話でけらけらと笑う娘と肩を並べて歩く。
「あんた、おばーさんみたいな歩き方してるよ」と言うと、「うるさいなぁ」と言いながらも背筋を伸ばす。
コンビニの前にたどり着くと、中には入らないというので、別の道を選んで帰路に就く。家に着く頃に、娘が「こう?」と言って2~3歩颯爽と歩いて見せ、「うゎ、脚がつりそう」と言った。
「クララが立った!」というハイジのセリフが蘇り、私は闇に紛れてクスッと笑った。