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22年のなにか

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2022年に書いたもの フィクションです
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2022年1月の記事一覧

たどり着けない迷宮

オーケー、私が案内しましょう。と紳士は抑揚のない声で言って、その後になって決まり事を思い出したかのように笑顔を見せる。 「ふつうは」 紳士は速過ぎも遅すぎもしない絶妙な速度でわたしの前を歩きながら話し始める。 「自分の迷宮にはご自身で到達されるのですがね」 嫌味っぽさは全くない。端的に疑問に感じている、という声だ。 こっちこそ疑問だらけなのだが。 丘の上に見える街は、全体が城壁に囲まれている。月明かりだけでは暗くてよく見えないが、長辺が1㎞もないくらいの小さな街のようだ。芝

春は

春は日暮れ時。 やわらかい西陽がきれいな角度で差し込んでくる、故郷の駅のホーム。線路の向こうに見える街の風景は少しずつ変わっていても、陽差しの色は昔から変わらない。否応なしに懐旧に浸される。 発着時刻を告げる電光掲示に、日が長くなったことを思い知らされ、通過する列車が起こす風の冷たさに冬の名残を感じて、陽の当たる場所へ移動する。 風と眩しさで目を細めて見る光の先に、あの春の日を確かに見る。 夏は明け方。 電車が動き出す前、既に明るくなり始めている空。車で自宅に向かう。 陸橋

詰められた正月

コードナンバーなどはなく、ただ名前を聞かれる。そして「お前が予約したのはどの商品か」という質問をされる。それは予約を受けた側で管理する情報ではないのかと面食らうが、価格表を見せられて「どの程度の値段だったか思い出せ」と促され、まぁこれだろうというものを選ぶ。 一年の最後の日、古都の料亭でかくのごとく入手したおせちはずしりと重かった。3〜4人前の2段重とのことだが、密度を感じる重量感だ。 宿に備え付けの冷蔵庫にピタリとしまうことができるサイズだったのが気持ち良い。一安心して再び

いのり

あなたがふらりと入った雑貨屋さんで、ちょうど欲しかったサイズと角度のおたまが見つかりますように。 あなたがホロ酔いで適当なパスタを作った時に、そのおたまで味見したソースが想像の一段階上の美味しさに仕上がっていますように。 あなたがそのパスタを食べながら観る、録画しておいた芸人たちがその芸を競う番組で、あなたの推しのコンビが高い評価を受けますように。 気分を良くしたあなたが追加のお酒を買いに向かったコンビニで、あまり入荷されないあなたのお気に入りのお菓子がその夜だけは見つかりま