いち
寂しかったんだ、ただそれだけで。愛してたんだ、君のことを。僕の心には薄暗く濁った水溜りがあって、それが零れてしまっただけだと思うんだ。
夢なんじゃないかと思った。鮮烈な赤、赤、赤、あか、
心がぎゅっと締め付けられてしまって、鼻の奥を抉るようなその香気に心拍数が高められていくのがわかった。血流がどんどん速くなる。手のひらにこびりついた嫌な感覚、肉を貫く感覚、血管を刃で食い千切る感覚、全てを脳内で反復する。
もう二度と感じられないそれを、噛み締めるように何度も何度も、手に力を込めて、息を吸った。そして、腹の奥から吐き出して、四回繰り返した。九回瞬きをして、その後の僕の顔はきっと、恍惚としていたかもしれない。
後悔なんて、ない。これっぽっちも。君の幸せそうな顔は脳内で完璧に保存した。写真にだって残してある。君がその澄んだ声で名を呼ぶ声も、データになっているから忘れることはない。最後の君の体温は、今この腕の中で最後まで感じ切っている。現在進行形で、君の最後の美しい変化を体得している。
首筋の傷に指を這わせる。指先で優しく、愛を持って、そのぱくりと開いた傷口と、どろりとした真紅を愛でるのだ。まだ温かい。君の命を感じてしまった、心臓がどきどきした。一生、別のものでは代替することのできない感覚を、思う存分感じていたい。時間の許す限り。君はきっと許してくれているだろうから、もう少し続ける。
お互いの愛については確認をしている。それから、身体にも愛を覚えさせて、ゆるりと、侵食しあっていた。全ては、愛の成れの果ての形なのだと思っている。それが何よりも心地いいし、この関係を表すのは、それが一番的確だと信じて疑わない。
あの感覚を思い出す。君の耳に、首筋に、胸に、そしてその下へ。舌を這わせる感覚と、君のくぐもった声を、思い出す。ぬるりとした舌の熱と、それとはまた別の熱を孕んだ水分のある瑞々しい肌の、それを。艶めかしい、桃色の気を放つ君が、僕だけの女神であったことは言うまでもない。僕の遺伝子が君の中に組み込まれて、新しいいのちが生まれるかもしれないと思うと、腹の奥が熱い。なんとも言えない快感を濃縮させて、忘れずに取っておこう。
今現在、君の肌の温みは徐々に奪われている。外気に曝された柔い、白の肌が、血色を損って燻んでしまうのが勿体無いようで、なんだかそれも美しかった。君は、どんな姿でも一番美しい。これは狂気などではない、そんなもので片付けられてしまうのは癪だ。これは、君と僕の最上級の愛なのだから。
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