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銀河フェニックス物語 【恋愛編】  ジョーカーは切られた(まとめ読み版④)

ティリーはマフィアの桃虎とレイターの関係が気になった。
銀河フェニックス物語 総目次 
<恋愛編>「ジョーカーは切られた」まとめ読み版①  

* *

  ピンクタイガーがガーラを退けてから、デリポリスへ向けての行程は思いのほか順調に進んだ。
 グレゴリーファミリー円卓衆の登場が、ほかのマフィアの動きを牽制していた。桃虎を敵に回すのが得か損か考えると、簡単には手が出せないようだ。
 暴走族や弱小マフィアと言った雑魚クラスはギャラクシー連合会の特攻隊が抑え込んでいる。

 自動操縦の間、レイターはソファーで横になっていた。
 これ以上、彼に無理をさせるわけにはいかない。失明の恐れがあるのだ。かといって僕に何かができるわけではない。このままデリポリスへ入ってしまいたい。

 だが、話はそんな簡単には終わらなかった。

 デリ星系まであと少し、というところでジムが叫んだ。
「レイター! また、ガーラファミリーっス。五百機に増えてるッス」

 レイターはゆっくりと身体を起こしながら言った。
「あいつは簡単にはあきらめねぇだろうな。手下の二十人、俺が殺したようなもんだから」

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 第三次裏社会抗争で、マフィアから追われていた十二歳のレイター。正当防衛が認められるとしても、一体、何人を死に追いやったのだろうか。
 『ガーラ』だけじゃない、『シャーク』や『クロコダイル』もレイターによって壊滅状態へ追い込まれた。
 そして、グレゴリーファミリー本隊は傷を負わず、一気に勢力を拡大した。

 レイターはファミリーのために一人で戦ったようなものだ。
 ダグ・グレゴリーが描いたシナリオが頭をかすめる。最初から狙いがそこにあったとしたら。

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 嫌な気分になる。

 ガーラの髭面がモニターに映し出された。
「レイター・フェニックス。貴様が桃虎の姉貴とどういう取引をしたか知らんが、お前の首はこのガーラがいただく。覚悟しやがれ」

 ヘッドホンを片耳につけながらレイターが僕に言った。
「マーシー、この先で高速航路へ入る。後ろの警備艇に伝えてくれ」
「航路へ? 一般船は巻き込まないんじゃなかったのかい?」
「デリポリス付近を飛んでるのは、どうせ警察関係車両さ。自分で身を守れってんだ」

 ジムが困ったような声で言った。
「でも、レイター、一番近いインターチェンジは下り路線の入口ッスよ」
「逆路線を突っ切んだよ」

「えええぇぇぇっつ!」
 ジムと僕は声を揃えて大声を出した。交通量が多いフリーウェイを逆走するということか。

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「ターンポイントで上り路線に乗り換える。しっかりつかまってろよ。ちょっとうるさくするぜ。エンジン音が聞こえねぇとやりにくくてしょうがねぇ」
 レイターがヘッドホンをはずすと、マザーの読み上げ音が船内に響いた。

「操縦ってのは視覚だけでも聴覚だけでもねぇ、全身でやるんだ」
 船が加速を増した。

 彼は集中するためにヘッドホンにしていたわけじゃなかった。うるさいだろうと僕たちに気を使ってヘッドホンをしていたのか。

 後ろの警備艇から逆走ラインには入らないと返答が来た。真っ当な判断だ。

「待ちやがれぇ!」
 ガーラの声がモニターから響いた。

 高速航路のインターチェンジが近づく。
 船の往来がかなりある。デリ星系からの下り路線。
「突っ込むぜ!」
 フェニックス号が航路へ入る。合流する船に見えたのだろう。後ろから来た船が船間距離をあけた。
「ありがとよ」
 フェニックス号ははそのまま船が飛び交う中で急反転した。

 レイターから聞かされてはいたけれど、信じられない。航路の逆走。
 後ろからついてきたガーラの船は、下りへ逃げると思っていたのだろう想定外の動きに混乱し、仲間同士で追突している。

 これは、自殺行為だ。一つ間違えば大事故だ。
 高速で向かってくる船をレイターは猛スピードでよけていく。彼の腕を信じているが、さすがに寿命が縮まる。

 ガーラたちも手をこまねいて見ているだけじゃなかった。五百隻が集団で固まって下り路線を逆走しはじめた。
「逆走が怖くてマフィアをやってられるか! レイター・フェニックスを追え」
 物量による航路封鎖だ。 

 レイターの言うとおりだった。この近くの航路を飛んでいる船のほとんどが警察関係船だ。
「止まれ! そこの逆走船! 止まれ!」
 向かってくる船の一隻が赤色灯を回し始めた。その横をすり抜ける。

 背後からガーラの船が集団で逆走しながら、追いかけてきた。ライトレーザーを撃ってくる。
 下り路線を飛行していた一般船は、次々と路肩へよけて道を開けていく。

 前から多数の赤色灯の明かりが見える。サイレンとともに近づいてきた。あれは機動警備隊だ。デリポリスから飛んできたのだろう。

「レイター、もう少しでターンポイントっス」
「了解。ガーラの相手は警察にお任せするぜ」
 ターンポイントの標識を吹き飛ばす勢いで、フェニックス号が急旋回する。ポイントラインから上り路線へ入る。

 機動警備隊の何隻かが上り路線へ追いかけてくる。
 デリポリスまではあと少しだ。僕はパリス警部あてに通信機をセットした。

 下り路線では機動警備隊とガーラファミリーが激突している。
 高速航路は大混乱だ。

 上り路線に入ったフェニックス号に真っ白なパトロール船がサイレンを鳴らし近づいてきた。
「こちら銀河警察高速交通隊だ。そこの船、止まりなさい」
「マーシー! こんなところで停まったら、逆に危険だって言ってやれ! っとに馬鹿だな警察は」 

「僕が事情を説明するよ」
 レイターは僕を無視してジムに問いかけた。
「ジム、最新鋭のホワイトP6型だろ?」

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「そうッス」
「いやあ、こんなところで会えるとは。俺、ついてるな。アレなかなか飛んでねぇのよ。行くぜっ」
 フェニックス号の速度が加速する。

 真っ白な最新鋭機P6型との距離が開く。
「今度は警察サツとの鬼ごっこッスね。イエーイ!!」

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 ジムが楽しそうに雄叫びをあげた。
「警察のお墨付きで高速航路でバトれるとは、最高だぜ」
 二人ははしゃいでいるが、誰もお墨付きは与えていない。

 僕はさっきからパリス警部へ連絡を取ろうとしていた。
 だが、通じない。どうしたんだろう? オープン回線に切り替える。

 フェニックス号はさらに速度がアップした。警察の最新鋭船が振り切られていく。一体どうなってるんだこの船は。

 あっという間にデリ星系に入った。小惑星のデリポリスへ近づいていく。施設全体にバリアスクリーンを張り機動隊が完全警備体制に入っていた。
「さてとゴールはちゃんと用意されてんのかな、マーシー?」
 彼は全く警察のことを信用していない。

「ダメならダメと早く言えよ。次の場所へ移るから」
 通信機を再度、動かしながら答える。
「ちょっと待ってくれ」

「ここがダメだったら、次の場所ってどうするんッス?」
 ジムが聞いた。
「俺は銀河一の操縦士だぜ。どこにだって逃げ場はあるさ」
「桃虎の姐さんちッスか?」

 桃虎と聞いて僕は一瞬びくっとした。ティリーさんに変な情報を伝えてしまったことを思い出した。
「ば~か。あいつんちなんて行ったら監禁されるぞ。いいこと教えてやるよ。昔ダグが俺に賭けた十億の懸賞金の行方知ってるかい?」 
「ガーラも誰も、もらえなかったんッスよね」
 ジムが当たり前だという顔で答えた。

 ちっ、ちっ、ちっ。
 レイターが指を立てて左右に揺らし否定する。
「桃虎がダグからもらったんだよ。俺を裏切ってな」

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「え? 意味がよくわかんないッス」
「とにかくそういう女なんだ。あいつは」

 おかしい。
 パリス警部ともデリポリスとも通信がつながらないのも変だが、本部はこの船が保護すべきフェニックス号だということは分かっているはずだ。

 なのに、バリアスクリーンが開く気配がない。

「こちら、火星七番署のマーシー・ガーランドです。デリポリス、応答願います。フェニックス号の針路確保を願います」
 ようやく通信機が反応した。と思ったら思わぬ人の姿がモニターに映った。

 頬に傷がある禿げ上がった男性。マフィア対策課のモーリス警部だ。
「ガーランド警部補、レイター・フェニックスをデリポリスへ入れるわけにはいかん」

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 レイターが愉快そうに笑った。
「モーリスの親父か。ま、警察の考えることは、そんなこったろうと思ってたぜ」
「レイター、お前に言っておくが、デリポリスのバリアスクリーンは本庁と違って最新だ。いくらお前でも破れん」

 僕はいらだって声を荒げた。
「モーリス警部、どういうことですか? 彼は重要参考人ですよ」 
「マーシー、こいつは警察で保護しないことになったんだ。パリスはガタガタほざいていたが、上層部の決定だ」

 レイターがつぶやいた。
「ダグの人脈は昔と変わらず広いねぇ。さってと、どこへ行こうかな」
 裏社会と警察の上が繋がっているということか。そんなことを許すことはできない。

「警部、再考願います」
 モーリス警部は鼻で笑った。
「無理だ。そいつはマフィアのクズだ。保護する理由はない」

 困った僕はあせりながら”先輩”にメッセージを送った。
『【緊急】ご検討の程、よろしくお願いします!』
 書き途中の報告書をあわせて添付する。

 PPPPPP……

 警戒音が船内に響き渡る。
「おっと」
 フェニックス号が急旋回した。

 白い光がすぐ脇を通り過ぎる。砲撃だ。ガーラの声が聞こえた。
「レイター、お前の命を俺に渡せ!」

 警察の封鎖線を突っ切ってきたのか。
 ガーラはライトレーザーではなくレーザー弾を撃ってきた。一斉砲火だ。本気でこの船を撃ち落そうとしている。
「俺の手下たちの恨みをここで晴らしてやる!」

 百億の懸賞金のためではなく私怨を晴らそうとしている。
 援護すべきデリポリスは動かない。機動警備隊も見て見ぬふりだ。

「マーシー、ガーラを撃ち落したら正当防衛だっつって証言しろよ」
 レイターは雨のように降り注ぐレーザー弾をよけながらフェニックス号を反転させた。 

 その時、

 デリポリスのバリアスクリーンの一部が開放された。
 飛び出してきた機動警備隊がガーラに長距離ライトレーザーで攻撃を仕掛ける。

「フェニックス号の入構を許可する。マーシー・ガーラント警部補、いい報告書をありがとう。あとは、こちらで引き取る」

 通信機から”先輩”の甲高い声がした。

 黄色く輝く誘導路が目の前に浮かび上がる。
「ジム、何が起きてるかわかるか?」
「大丈夫ッス」
 フェニックス号は矢印に沿ってデリポリスのバリアスクリーン内へ入っていく。
 仕事の速い”先輩”から、送付した報告書に対する返信が届いていた。    

 返信の内容をジムとレイターに伝える。
「デリポリスの中央駐機場にフェニックス号を止めてくれ」
 要塞と呼ばれるデリポリスに入ってしまえばガーラは何もできない。

 マフィアのピンクタイガーが千五百隻の連隊を持って襲ってきても、その程度では落とせない。もうレイターの身柄は安全だ。

「あんた、何をした?」
 レイターが不思議そうな顔で僕を見た。

「重要参考人を警護するのが僕の仕事さ」

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「今の甲高い声は、ダリアーナ首席監察官かよ。あんた、キャリアで振興開拓星の出身だったな。ダリアーナと同郷なのか」
 その読みの速さと確かさに僕は驚いた。
「ああ。ダリアーナ先輩と僕は年は離れているけれど、同じハイスクールの出身だ。どうしてわかったんだ?」
「警察官僚の幹部人事なんて官報に出てるじゃねぇかよ」
 たしかに公表された情報だが、それを彼はどこまで覚えているのか?

 僕は、フェニックス号に乗ってからずっと重要参考人であるレイターのことを報告書にまとめていた。
 彼についてはわからないことだらけだが、一つだけ結論が出ていた。

『レイター・フェニックスをダグ・グレゴリーに渡してはならない』
 レイターと裏社会の帝王が手を結んだら、大変なことになる。警察をも脅かしかねない。

 報告書の扱いをどうすべきか、考えていた。

 この情報を通常ルートで上にあげても、どこかで握りつぶされるだろう。
 ダグ・グレゴリーはレイターを手に入れがっていて、警察内にはその意向を組むべく動く裏社会と繋がった幹部がどこかにいる。

 ”先輩”であるダリアーナ首席監察官はどの派閥にも属していない。融通の利かない偏屈だ、と組織内では陰口をたたかれていた。
 ギャングに蹂躙されていた僕たちの故郷を救ったのは警察組織だ。
 その誇りを先輩と僕は共有している。

 学生時代、ハイスクールのOB会に顔を見せた二十歳年上の先輩に、僕は進路を相談していた。
「マーシー、現実と理想は違うがやってみる価値は十分にある」
 甲高い先輩の声は僕の進む道を後押しした。

 そして、先輩は今、首席監察官の地位にある。内部告発への対応において組織内で強大な権限を持っていた。

 レイターは見えない瞳で僕に向かってウインクした。
「キャリア人脈か。あんたはパリスの親父より、よっぽど組織の動かし方って奴を知ってやがるな」

 フェニックス号は中央駐機場の指定された場所に着陸した。
 関係車両がたくさん集まってくる。
 フェニックス号を追ってきた最新鋭のホワイトP6型が隣に停まる。
 マフィアに追われていたとはいえ、交通部への説明が一番めんどくさそうだ。

 ようやく一息ついた。その時、
「お袋さん、今、誰かを勝手に船に入れたな?」

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 レイターが怪訝そうな声で聞いた。
 警察関係者を船内に通したのだろうか?

「レイター!」
 聞きなれた女性の声がした。
「なっ! ティリー、さん」
 レイターがびっくりして席から立ち上がった。
 僕も驚いた。どうしてここにティリーさんがいるのだろう。

 目の見えないレイターはティリーさんの足音を必死に聞き取っている。
 一目で動揺しているのがわかる。千五百機の敵の船に囲まれても動じなかった彼が……

「会いたかった」
 ティリーさんがレイターの元へ駆け寄り抱きついた。

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「航路を通って先回りしてたの」
 レイターが真剣な表情で怒鳴った。
「バカ野郎!」
 そのまま視線をドアへ移した。
「パリス! あんた、そこにいるんだろっ。何でティリーさんを連れてきた! デリポリスだって安全とは言い切れねぇ。ティリーさんを巻き込むなっつっただろが!」
 ティリーさんの後ろから入ってきた警部が静かに答えた。

「レイター、もう終わったんだ。さっき三日間の期限が切れた」

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「何っ……」
 レイターは呆然とした表情をした。そうか、期限が来たのだ。彼は時計が見えていない。

「俺としたことが……ゲームオーバーだと」
「そっか、鬼ごっこに勝ったんスね! さすが、レイターっス」
 ジムがうれしそうに叫んだ。

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「終わったのか……」
 そうつぶやくとレイターの全身から力が抜けた。僕はあわてて駆け寄り、彼の崩れ落ちる身体を支える。熱い。ひどい熱だ。
「そうよ、レイター。もう終わったのよ」
 ティリーさんが泣いていた。

 レイターは治療のためデリポリス内の警察病院に緊急入院した。

 致死量を超える毒を吸い込み、目が見えない状態で、あれだけの敵を相手に戦うとは。ダグ・グレゴリーが跡継ぎに欲しいはずだ。
 ダグは彼の才覚を子供の頃すでに見抜いていたのだ。

 彼は血液洗浄装置とつながれた状態で死んだように眠り続けた。命に別状はないが、視力が回復するかどうかはわからないという診断だった。

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 ティリーさんがずっとそばについて、汗を拭いたり冷却シートを取り替えたり介抱している。

 彼の行動を監視するという僕の任務はまだ続いている。
 彼がジョーカー事件の重要参考人であることは今も変わっていない。 

 レイターの幼なじみでグレゴリーファミリー構成員のジムは、「おいら、警察サツの空気は嫌いなんで」と、あっという間にデリポリスから姿を消した。
「若をお守りできたからよかったッス」と言いながら。

 静かに夜が明けた。
 重要参考人の監視といってもレイターは眠っているので、僕はただ病室内で椅子に座っているだけだ。とはいえ疲れた。まもなく交代が来る。

 ティリーさんも寝ずの看護に疲れたのだろう。レイターのベッドに顔をつけて仮眠をとっていた。

 レイターの金髪に陽の光が反射する。その寝顔は少年のようにあどけなかった。長いまつ毛がかすかに動く。
 彼がゆっくりと眼を開けた。

 意識が戻ったのか。よかった。

 そのままレイターはうつぶせに寝ているティリーさんの頭に軽く手を置いた。
「ティリーさん」
 レイターの声を聞いて彼女は飛び起きた。

 心配そうにレイターの顔をのぞき込む。
「レイター、目が覚めたのね。心配したのよ。具合はどう?」
「長い二日酔いだったぜ。ようやく酒が抜けた」
「よかった」
 体から毒素が排出されたようだ。

「ティリーさん、あんた、髪の毛乱れてるぞ」
「え?」
 レイターは身体を起こすと、ティリーさんの髪の毛を優しくなでた。

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「レイター、目が見えるの?」
 ティリーさんの声が弾んでいる。

「何だか久しぶりだな、ティリーさんの顔見るの。俺の彼女なんだから、ちゃんと髪ぐらいとかせよ」
 レイターがにやりと笑った。よかった。失明は免れたということだ。

「誰のせいだと思ってるの!」
 ティリーさんがうれしそうに怒った声で応じる。
「俺のせい」
 そう言うとレイターはティリーさんを抱きしめた。

 僕はお邪魔なようだ。席をはずそうと入口のドアへ向かった。
 その時、
「桃虎さんって誰?」
 ティリーさんがレイターにたずねた。

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 僕はギクっとして足を止めた。
「あん? マフィアの首領ドンだぜ」
 彼はあわてることなく平然とティリーさんに対応した。本当に修羅場に強い。

「随分親しいそうね」
「ジムから聞いたのか?」
「誰からでもいいでしょ」

「マーシー」
 レイターが僕を呼び止めた。
「や、やあ、おはよう」
 返事をする僕の声が震えている。
「やっぱ、警察は信用なんねぇな」

 ティリーさんが声を荒げた。
「レイター! 違うでしょ。マーシーさんが報告するのは仕事なんだから。話をすり替えないでちゃんと説明して頂戴!」

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「う、俺、また具合悪くなってきた……」
 レイターは隠れるようにふとんを頭からかぶってベッドに横になった。

 マフィアの大群に遭遇してもものとしない彼が、ティリーさんにだけは頭があがらないでいる。これは報告書に付記すべき事項だろうか。

 デリポリスにはレイターから任意で事情聴取をしたがっている警察官がたくさんいた。ジョーカー事件を追っている僕たち刑事課はもちろんのこと、マフィア対策課や、暴走族取締課……彼は体調が悪い、と言ってすべて拒否した。

 そのくせ、彼は監視の僕の目を盗んでデリポリス内を歩き回っていた。
「最新鋭船のホワイトP6型さあ、あれじゃギャラクシー連合会の特攻は摘発できねぇぜ。俺がいじってやろか、特別料金で」

 ジョーカー事件は思わぬ展開を見せた。

 火星にある銀河警察本庁の捜査本部から緊急の連絡が入った。パリス警部と一緒に通信機の前に立つ。いい知らせなのか悪い知らせなのか、本部長の表情から読み取れない。
「昨日、連邦軍の特命諜報部が毒物テロリストの身柄を確保した。この被疑者の男が、ジョーカー事件について店内で薬物を撒いたのは自分だと自白した、と軍から連絡があった。明日、身柄を火星七番署に移送し、当捜査本部が殺人罪で逮捕する。軍の取り調べに対し、被疑者はグレゴリーファミリーの賭博場で負けたことに対する恨みが動機だと供述している。パリス警部とガーランド警部補は重要参考人レイター・フェニックスの行動確認を解除し、所轄へ戻れ。以上」

 僕とパリス警部は目を見合わせた。不可解な結末。

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「どういうことでしょうか?」
「軍の特命諜報部は将軍家の直轄だ。被後見人であるレイターの嫌疑を晴らすために捜査をしたのかも知れん。いずれにせよ、これでレイターはシロ。マーシー、お前の仕事も終わりだ」    

* *

 
 グレゴリー一家の本部。
 ダグは占い師のアザミに聞いた。

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「ジョーカーに毒物を撒いたテロリストを連邦軍の特命諜報部が逮捕した。これは偶然か?」
「毒物テロリストがうちの賭場の客だったのは偶然。そのテロリストを特命諜報部が追っていたのも偶然。でも、レイターがあの場所にいたのには作意的な匂いが満ちている」

 偶然という名の必然か。

「ふむ、レイターをもっと巧妙にこっちの裏社会へ引きずり戻すはずだった俺のプランは、変更を余儀なくされた」
「あの子に警戒させるために、邪魔をいれた者がいるということさ。あんたの意図に気づいた策士が存在する」

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「あの天才軍師のお兄様か。随分派手な再会を演出することになった。気に入らんな。だが、まあいい。おかげであいつの実力がよくわかった。どうだアザミ。あいつを十二年、外へ修行に出した甲斐があったと言うもんだろ」

「あの子をこっちへ戻すの?」
「もちろんだ。あいつは『銀河一の操縦士』という子供の頃からの夢も叶えた。S1にも乗って、師匠のカーペンターもあの世で喜んでいるだろう。もう思い残すこともあるまい」

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「外堀から埋めていく気かい」
「フフ、まずはあの若い刑事デカが、働いてくれるだろうさ」


* *


 すっかり体調も良くなったレイターは、ティリーさんと共にフェニックス号でソラ系へと帰っていった。

 ジョーカー事件は解決したが、重要参考人だったレイターに関する報告書を完成させ提出するように上層部から命じられた。マフィア対策課をはじめ本人から聴取ができなかった各部署と、組織横断的にレイターの情報が共有された。

 ダグ・グレゴリーはレイターに『裏社会の帝王』を継がせたがっている。その現場を僕は直接目にした。

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 レイターが、『クロコダイル』や『シャーク』との対決で見せた、マフィアに関する詳細で膨大な情報量、それを生かした対処法。
 大規模暴走族『ジャイアント』とのやり取りからわかった、裏将軍としての統率力。
 『ガーラ』や『ピンクタイガー』への対応から見えた、幅広な人脈と判断力と胆力。

 証拠がなくて報告書には書けなかったが、第三次裏社会抗争はダグが勢力を拡大するために十二歳のレイターを利用したもので、それは、レイターを跡継ぎにするための布石だったに違いない。
 いったんは失ったと思ったレイターをダグは喉から手が出るほど欲しがっている。

 後継候補のスペンサーとは比べ物にならない逸材だ。ダグの跡目を継がせたら社会の脅威となる。僕の中の結論は変わっていない。
『レイター・フェニックスを裏社会の帝王に渡してはならない』

 パリス警部から思わぬ指摘を受けた。
「マーシー、報告書を読んだぞ。レイターのことをよく分析していると思う。だが、いい出来とは言えんな」
「どうしてですか?」
「読めば読むほど、次の『裏社会の帝王』はレイターしかいないという結論になっていく。マフィア対策課のモーリスはレイターを危険人物に指定しろ、と騒ぎ出したぞ」
「え?」
「レイターは、これまでダグの縄張りに近づかなかったから、あいつが跡継ぎ候補だということは、私、含め限られた人間しか知らなかった。だが、お前の報告書で警察中が知ることになったということだ」
「まさか……」

 背中がひやりとした。
 僕を見てニヤリと笑ったダグ・グレゴリーの顔が浮かぶ。

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 彼がなぜ僕を殺さなかったのか。

 レイターは言った。
「ダグはあんたに役割を与えたんだよ」と。

 それが、これだったというのか。レイターが次の裏社会の帝王候補だと警察内に知らしめること。


* *


 ジョーカー事件が解決し、わたしたちはソラ系への帰途に就いた。レイターはうれしそうにフェニックス号の操縦桿を握った。
「やっぱ、目が見えたほうが操縦は楽だな」

 ちょっと火星へデートに出掛けたはずが、思わぬことになった。厄病神がパワーアップしている気がする。今度は裏社会が登場した。
 でも、そのおかげで、レイターの価値観の生成過程が見えた。理解できると許容の範囲も変わる。

 グレゴリーファミリーの円卓衆だという桃虎さんのことは結局よくわからないままだった。
 レイターの反応を見ればわかる。彼女は不特定多数の一人じゃない。一方で、マーシーさんによれば桃虎さんの誘いをレイターは断ったというのだから、浮気はしていない、はず。

 落ち着かない。嫌な予感がする。女の直感。

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 どんな関係だったのだろう。野暮かもしれないけれど、レイターが話せる範囲でいいからやっぱり聞いておきたい。

 もうすぐソラ系へ到着する。銀河一の操縦士が操るフェニックス号は本当に速い。

 レイターは居間のソファーで眠っていた。
 近づいたわたしは異変を感じた。

 彼は眉間にしわを寄せて、苦しそうな顔で寝言を口にした。
「やめろぉ」
 薬物は抜けたはずなのに、ひどい汗をかいている。これは、あの時と似ている。

「レイター、起きて」
 わたしは思いっきりレイターの身体をゆすった。うなされているのは悪夢を見ているからだ。起こさなくちゃ。これは多分『赤い夢』

「う、うわあああぁあ……」
 レイターが叫びながら目を見開いた。
「大丈夫? わたしよ、ティリーよ、わかる?」

「ああ、大丈夫、大丈夫だ」
 そう言いながらもレイターの身体が震えている。息が荒い。レイターの肩を抱き背中をさする。

 落ち着いたところでたずねた。
「『赤い夢』、見たの?」
 レイターの精神が壊れそうな時に見る『赤い夢』。自分の血で溺れ死ぬ、真っ赤な夢だと聞いた。

「ふぅぅ……久々にフルバージョンで見ちまった」
「フルバージョン?」

 レイターが顔をゆがめながら答えた。
「ダグが最初に言うんだ、俺を殺せって。ま、裏切ったのは俺だからな」

『赤い夢』のきっかけは、ダグ・グレゴリーだったんだ。

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「レイターは何も悪くない。悪いのはダグよ。おかしいわよ。マフィアから抜けようとする子供の命を狙うなんて最低だわ」
 今も悪夢を見させるだけの存在。レイターはそれをわかっていたからこれまでダグ・グレゴリーと関わらない様に生きてきたのだ。

 でも、封印されてきたパンドラの箱が二人の再会によって開いてしまった。心のかさぶたが無理やり剝がされ、傷口から血が沁み出ている。

「わたしにできることある?」
 非力さを感じながらたずねた。

 レイターは無理に笑顔を作って見せた。
「ティリーさんがここにいてくれるだけで、俺は救われる」
 私の身体を引き寄せぐっと抱きしめた。
「しばらくこのままでいさせてくれ」

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 レイターの胸の鼓動がわたしに伝わる。もう、桃虎さんのことなんてどうでもよかった。

* *


「目はもういいのか?」

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 月の御屋敷でアーサーがたずねた。
「見たくもねぇあんたの顔がしっかり見えるよ。随分と厄介な任務を押しつけてくれたもんだな。マジで死ぬところだった。なあにが毒物兵器の取り引きだ。毒物の人体実験だったじゃねぇかよ!」

「あそこで撒くとは想定外だった」
「フン。性格の悪いあんたのことだから、わかってて俺を派遣したんじゃねぇの」
「薬物耐性のあるお前を任務に当てたのは正解だったがね。お前がテロリストに張り付けた位置情報ピンからアジトもわれた。感謝する。特別手当てがでるそうだ」
「そりゃどうも。ところであんた、どうしてあの店がダグの賭場だって俺に教えなかった」

 レイターは珍しく真面目な顔でアーサーに詰め寄った。

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「教えたらお前、行かなかっただろう」
「……ったくイヤな性格してやがる」
「いつかはこうなる話だ」
「どういう意味だ?」

「遅かれ早かれダグもお前と接触を図るつもりだったようだ」
「ダグが俺と……」
 レイターが眉をひそめた。連邦軍の特命諜報部員という機密情報をダグは知っていた。
「だから、先手を打たせてもらった」
「何が先手だよ。あんたダグよりイヤな性格してるよな」
「グレゴリーファミリーの政治介入には、銀河警察では対応しきれなくなっている。連邦評議会に裏献金が流れている」
「あん? それはうちじゃなくて検察のお仕事だろが?」
「連邦法では裁けない案件になりつつあるんだ。このままいくと、うちで引き取ることになるだろうな」
「冗談だろ?」
「冗談だ、と言ったらお前、信じるか?」
「……とにかく、俺はあの親父とは関わりたくねぇんだ。任務からはずしてくれ」
「前向きに善処する」
「政治家みてぇなやる気のねぇ返事をすんな!」
 ドアを思いっきり蹴り飛ばしてレイターは月の御屋敷を出て行った。


* *


 ダグ・グレゴリーの円卓衆ホットラインが鳴った。

 モニターの中でピンクタイガーの首領ドン桃虎が笑っていた。
「緋の回状の期限が切れちゃったわね」
「残念だったな、桃虎。お前、随分あいつと仲がいいそうじゃないか」
「フフフ。百億リルは坊やのものになるのかしら?」
 桃虎は意味深な笑いを見せた。

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「あいつが俺の跡を継げば百億リル以上が手に入るさ」

「でも、坊やは裏の世界に戻る気はないわよ」
「戻るさ。あいつはこっちの世界の人間だ」
「随分と自信があるのね。十二年前にはまんまと逃げられたのに」
 ダグが首を傾げた。
「桃虎、何が言いたい」
「いい情報を提供してあげようか」
「いくらだ?」
「値段はあなたが決めていいわ」
「珍しいな」
「坊やには一般人の彼女がいる」
「ほう」
 レイターの奴、一般人の彼女とは笑わせる。

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「だからこっちの世界へは戻れないのよ」

「さすが『裏切りの桃虎』だな」
 ダグがにやりと笑った。
「彼女はわたしには目障りだし、坊やに百億リル以上のものを手にして欲しいのよ。情報料は忘れずにね、その値段で今後の情報提供を考えるから」
 桃虎の回線が切れた。

 一般人の彼女か。かわいそうだが、レイター、お前には釣りあわないということを、教えてやる必要があるようだな。

 俺はここまで十二年も待ったのだから。 

 離れていた糸が、運命という糸車で巻き取られ始めた。
『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーは低い声で楽し気に笑った。       (おしまい)
<少年編>第一話「大きなネズミは小さなネズミ」へ続く

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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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