見栄と本音の狭間 Ⅲ

3.ウチガワとソトガワとワタシ

 私を含めて、男性も女性も、おじいちゃんもおばあちゃんも、人はみんなお母さんから生まれてきて、家族という社会の輪からスタートする。

 初めて所属するコミュニティ。食事を与えられ、お布団で睡眠をとり、朝が来て、一緒に生活し、何気ない日常を繰り返して大人になる。

 20歳になると、成人扱い。日本のシステムでは23歳になる年次から労働をする。
 私は23歳から一般企業で勤めて、初めは実家から2時間で通っていました。大学時代の片道2時間半よりは短いですが、8時間、残業をした後に電車に乗って帰る、というとはクタクタで、毎日吐き気がありました。勤めて約3ヶ月で、実家と勤務地の間に賃貸物件を探し、当時の彼に引越しを手伝ってもらいました。

 落ち着いて、仕事が終わってゆっくりする時間が欲しい。 夜遊びをする訳ではなく、一人でじっくり内省したり、自分なりの気づきや哲学、ものの見方や物差しを作り上げる空間が欲しかった。結局、自分の実家では落ち着かなかった、のが本音です。なので、私はラッキーでした。実家の隣の都道府県の勤務地で。過去、本音に従ってとにかく行動に移せた私、えらいよ。
 当時、私は1人の時間が好きで、当時の彼との関係を深めて結婚したり家庭を持つと、自由がなくなる、と思い別れをづけました。
 次にご縁がありお付き合いしたのは、近所のカフェのオーナーでした。絵に描いたようなザ、イケメンで、私がモデル活動をしたいと言うのも応援してくれる優しい彼でした。
 だけど、私は愛着障害な所もあって、パートナーの愛が信じられない。関係が深まるのが怖くてリセットしがちでした。彼から歩み寄る事を試みてくれた、にも関わらず、パートナーシップや家庭を持つことで幸せにはなれない、と自分の中で思考を、ブロックしておりました。

 この頃、働き出して2年目から7年目あたりでしょうか、心と体のバランスは取れていなかったと思います。仕事が終わって帰宅して、お菓子がご飯の代わりで、たまに月に1〜2度の外食でしかちゃんと食べちゃダメだと思いこんで。次第に食事がきつく感じるようになり、人に会う=食事をとる、会食をする、という時間が苦痛になりました。

 「深さを求めていなかった。」この気持ちは、本音でした。素直に、当時いた職場やコミュニティが合わないから、自然と避けるようになったのだと。職場のコミュニティ、男性ばかりの輪が嫌で、何か、もう1つ趣味、趣味の延長上での場所が欲しい。と、逃げるようにモデル事務所のレッスンを受けて、ダイエットに打ち込み、オーディションやショーに出た過去もあります。今思うと、よく頑張った、私、えら。と称えたい。。

 女性らしくありながら、お仕事をしたかった。組織や、男性に頼らなくてもフリーランスで経済活動をしてゆきたかった。身なりをさほど整えず、忙しそうにしていた母、祖母を見て、優雅に、女性性を欠かすことなく働くことは難しいのかな、と思い当たる節があります。尊敬はとってもしているのだけど。


 時代の背景を映し出していますが、母20歳、父が29歳の時結婚したこともあり、反面教師にしていました。(キャリアの方向性が定まっていない早い段階での結婚、苗字が変わる事はナンセンスと言う謎の思い込み)
 特に、なぜだか、父への反骨精神がものすごかったのでした。そこで、何か軸が欲しくて、事務職でのお仕事とは全く逆の業界へ挑戦してみることに。
 合格したモデル事務所へ所属し、私は集中して、半年や1ヶ月間、或いは単発で通ったことがあります。また、演技レッスンも受けてました。お仕事の合間に通うのはハードでしたが、鏡に映る自分と対峙して表現方法を学んだ事は、実社会でコミュニケーションを取る時に、大変学びとなりました。

 今思うと、20代は芸能活動と、起業、フリーになるための自己投資を散々してきたように思います。チャレンジをたくさんしたからこそ、失敗と成功、やりがい、感動、学び、出会いがありました。当時チャレンジした数が多いものの、心からの充足感が得られなかったのは、自分の行いに価値が見出せなかったからです。

 価値を見出せない、即ち自分を大切に思っていなかったから。心の中にいつも何をしていても空虚、虚無感、といいますか、ポッカリと大きな穴が空いておりました。
 誰か、何か、埋めてくれないかな。何なら、私の心は満足するのか、理想のパートナーなのか、理想の仕事なのか、理想とするコミュニティなのか。考えに考えても結論が出ずに、塞ぎ込んでしまう日も多々ありました。結局は、真面目に考えすぎて、目の前を素直に楽しめなかっただけなのだ、と。今思えます。目の前にある幸せ、ではなくて、遠くにある幸せを何時も目指していたから、条件を探し求めていたから、苦しかったのだと思います。

 30代に突入した今、オセロの黒が一気に白になったように「あれ、今私めっちゃ幸せだ。やりたい事や願いごと、全て叶っている訳じゃないけども、めちゃめちゃ幸せじゃん♪」と、20代の何かお守りを背負って生きていた頃より軽やかな気持ちになっております。
 
 ここまでの気持ち、つまり外側の条件ではなくて、内側から自然と幸福感が湧き出る状態になるのが本当の意味での幸福、だと気付くのです。

 というのも、年収800万円、貯蓄は1000万円以上になるまでは幸せになれない、という謎の幸せのレッテル、ボーダーラインを設け、スーパーハイスペックなセレブ婚じゃないと幸せとは言えない、キラキラ感をSNSにあげないといけない、フォロワーは1万人マスト、など、、、今思うと外側の条件を揃えるために毎日自分と自分の競争をして過ごしてました。会社ではこの部署でないと、親や親戚に自慢出来るようにならないと、、なんて思ってました。「外ヅラよし子ちゃん」でいるための日々でした。笑 今の私は、と言うと、好きな時に働いて、合わないと思ったらいつ休んでもいいと言う考えを持ち、好きな人にだけ会うようにして、気が乗らない集まりは行かない、不必要な情報は脳内に取り入れず、本能で、あ、いいかも、と思う音楽や映画、本、美容法、お店だけを選んで、あとは徹底的にシャットアウトするようにしてます。

 それは、「自分の心の声」が聞こえないまま過ごしてきた日々を取り戻すためです。

「セルフコーチング」とも言いますが、要はじっくり自分の本音と向き合うこと、です。
 これは、どこの高級スパに泊まる事よりも、とっても効果があります。自分の本音を知ることが、自分の自信に直結するからです。本音をそのまま行動に移せない状況であったとしても、本音を知ることで、「今の私はそう思っているんだね、じゃあここまでの範囲で行動してみようか、チャレンジしてみようかな。」と、1つの決め事に対して、塩梅をみて、見極めて。


 自分サイズの本当の望みへ帳尻を合わせること、チューニングができます。本音って大切。

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