【ドラムンベース集合論】ブレイクビーツが音楽を変えた4つの軌跡
2010年代、世界的なEDMブームとHIPHOPブームがありました。
この二大勢力に挟まれて存在するブレイクビーツ・ダンスミュージックこそ、最も深く面白いのはご存知でしょうか?
(ドラムンベース、ならびにブレイクビーツやベースミュージックなどのジャンル群)
現代の音楽勢力図で最重要地点を占めている、これらのブレイクビーツ・ダンスミュージックを分析することで、混沌とした音楽全体をスッキリと見渡しやすくなります。
DRUM'N'BASSの集合論
1990年代にイギリスのストリートで誕生したドラムンベース(Drum 'n' Bass D&B)は、台風の目となり、その影響は現代まで続いています。
しかしドラムンベースは様々な相互作用があるため、トップダウンに流れを見ていくだけだと分かりづらい面が存在します。
そこで今回は、複雑につながりあった音楽の中心地にいるドラムンベースを論理代数的に分析し、それらを満たすものの集合としてジャンルを解釈していきます。
EDM かつ 4つ打ちでない
以前にEDM(Electronic Dance Music)の特集記事を出した際、ハウス・テクノ・トランスを中心に取り上げました。
これらは正確には四つ打ちのEDMです。四つ打ちの奥深さを味わっていただくために、わざとそのように扱っていました。
しかし広義のEDMでは、さらにブレイクビーツ、ドラムンベース、ハードコアテクノが含まれてきます。
ディスコからハウスへの流れとは異なる、レゲエやヒップホップからの影響が強く含まれたジャンルたちです。
これらの流れをもった4つ打ちでないEDMジャンル群を、ここではブレイクビーツ・ダンスミュージックと定義しています。
ジャマイカ かつ アメリカ かつ イギリス
◆ サウンドシステム文化
カリブ海に浮かぶ島国、ジャマイカ。
ただ足が早くてレゲエ好きな国ではありません。
ジャマイカはかつてイギリス統治時代があり、公用語が英語です。そのため近隣のアメリカ合衆国だけでなく、イギリスとの親和性が高いです。ジャマイカ人はヒップホップやクラブミュージックに多大な影響を与えてきました。
中でも、ジャマイカのサウンドシステム文化が及ぼした影響は計り知れません。
サウンドシステムとは、野外ダンスパーティのための移動式の巨大な音響設備、ならびにクルーたちのことを表します。
1950年代のサウンドシステムは、アメリカ産のR&Bを再生するパーティを行っていました。1960年代後半にレゲエが登場すると、ダンスホールなどのレゲエジャンルでサウンドシステムは欠かせない存在になります。
サウンドシステムは複数レコードのミックスは行わず、アナログレコードを一枚だけ流していました。
セレクターがレコードを選び、MCが曲の説明をして、ディージェイがトースティングというリズミカルな喋りで盛り上げます。
楽器演奏の技術ではなく、サウンドシステムの大きさや特注レコード(ダブプレート)の音で競い合う、サウンドクラッシュというバトル文化も人気を博しました。
このジャマイカで起こった価値観の大転換を理解すれば、「DJはただ曲を流してるだけ」のような批判は的外れだということに気が付きます。
この映像は世界一の人種のるつぼである、ロンドンでの様子です。そしてロンドンを拠点に置く「Channel One」は、ジャマイカ移民たちで、レッドブル主催のクラッシュで優勝したサウンドです。
映像では音が割れるほどの重低音でラストを盛り上げ、皆で踊り狂っています。サブベース(Subsonic Bass)と言われる、人間の耳ではほぼ聞こえない低域ベースを使い、体で感じる音体験をサウンドシステムは可能にしました。
イギリスでは1970年代にジャマイカ移民が多く受け入れられ、UKレゲエが作られていきます。
サウンドシステムは世界中へ広がり、アメリカへ渡ったジャマイカ人はヒップホップを作り、イギリスへ渡ったジャマイカ人はさらにレイヴカルチャーに影響を与えていきます。
◆ ブレイクビーツ
1970年代、ジャマイカ出身のDJクール・ハークは、アメリカのブロンクスにサウンドシステムを持ち込み、ディスコと対抗するような野外パーティを行って人気を博しました。
このブロックパーティでの発明は、2つのターンテーブルの音を交互にミックスして、ブレイクのドラム部分だけをループ再生することでした。このビートはブレイクビーツと呼ばれます。
さらにグランドマスター・フラッシュらによって、スクラッチなどの手法が開拓され、既存のレコードを再構築して新しい音楽をつくるヒップホップのDJスタイルができていきます。
◆ サンプラー
レコードから直にミックスするのではなく、前もってサンプルを切り取ってから加工していく手法がサンプリングです。保存する装置はサンプラーと呼ばれます。
サンプラーの起源は、1960年代にアメリカで作られたメロトロンという鍵盤式のテープ再生機です。メロトロンはビートルズやキング・クリムゾンなども使った名器です。しかしメンテナンスや、コストなどが高く、一般に広く使われることはありませんでした。
1980年代に入ると安価なデジタルサンプラーが登場しました。日本のAKAI S612は、それまで安くて300万円台だったサンプラーを20万円台で販売することに成功し普及しました。
キーボードやパッドに割り振られたデジタル信号に反応してサンプリングした音源を再生します。さらにエフェクトをかけたり、同年代に開発されたドラムマシンと接続して使うなど、サンプリングによる可能性が飛躍的に広がりました。
◆ アーメンブレイク
いくつかの伝説級のドラムブレイクは、何千曲にもサンプリングされ続けました。
ファンク・ソウルバンドのThe Winstonsによって1985年に発表された「Amen Brother」の1:26からの6秒間のブレイクは、「アーメンブレイク(Amen Break)」と呼ばれ、史上最もサンプリングされたブレイクです。
原曲のBPM136から、BPM103まで低速にすることで、ヒップホップのラップを乗せやすい重厚感があるビートが作れます。
一方でジャマイカにサンプリング手法が伝わると、ダンスホールはより電子音楽的になったラガ(ラガマフィン)が出来上がってきます。さらにブレイクビーツを細分化して配置し直すことで、ジャングルが登場しました。
BPMも165まで高速化して、レゲエのゆったり80くらいのリズムでも乗ることができるように設計されています。
そしてジャングルからレゲエ要素を抑えて、他のジャンルとの親和性を高めたのがドラムンベースです。
ドラムンベースはもはやブレイクビーツ本来のファンキーなドラムではなく、無機質で未来的なドラムになりました。
ドラマー かつ 打ち込み
ドラマーの生音か、機械による電子音かという論争。まだ答えの見えないようにも見えつつ、ドラムンベースはそれらを飲み込んでいきました。
以前もドラムの歴史についてで触れたように、ドラムンベースはドラムを再構築し、ドラマーはさらにD&Bを逆解析してきました。
◆ 複雑化する電子音
ジャズベーシストのスクエアプッシャーによって、ドリルンベースと呼ばれるフリージャズ方面からのアプローチがありました。
人間ではできないだろうというブレイクビーツの複雑化をしながら、アンビエントなハーモニーを壊さずにドラムンベースへとりいれています。
◆ 合理化する生音
一方でジャズドラマーだったジョジョ・メイヤーは、人力ドラムンベースを開発しました。
目標の音を出すために、ドラム機材だけでなく、人体にリバース・エンジニアリングを行います。これは一般的な演奏技術アピールとは異なり、工学的アプローチです。
つまり応用先に対して合理的な方法を検討していくため、高いスキルを発揮しているのに対して無駄な音がありません。さらに材料や人体の力学的なディティールが加わり高級な音になっています。
ハードコア または メロディアス
ドラムンベースの帝王とも言われるゴールディは、2020年に公開された「Drum & Bass: The Movement - A D&B Documentary」で次のように述べています。
ジャングルからダブステップまでの流れは、ハードコア連続体(Hardcore Continuum)という言葉で表現されることがあります。
ハードコア連続体をさらに拡張させ、集合論的な解釈でドラムンベースを考えてみることにしましょう。
二人の王様、つまりハードコア/メロディアスによって包まれた、有界な閉集合としてのドラムンベースの連続性が見えてきそうです。
◆ ハードコア極性
Dillinjaは、ハードコアの極限をいち早くドラムンベースへ提示してくれました。ダークなベースの色合いに、光が差し込むような空間的な美しい緊張感を実現しています。
そもそもダンスミュージックにおけるハードコアとは、もちろんパンクロックにおけるものとは異なります。
1990年代にアシッドハウスなどの影響でレイヴカルチャーが開花します。
イギリスで始まったレイヴは、ダンスミュージック全体でみても強力なムーブメントでした。東西ドイツでベルリンの壁が崩壊したときには、若者はレイヴで再び団結しました。
その精神性はEDMへと受け継がれ、現代でもEDMの文脈上でフューチャー・レイヴなど、再解釈され続けています。
さらにハードコアテクノはレイヴの中心地の一つとなりました。
のちにUKハードコアは4つ打ちだけでなく、ブレイクビーツを使用したハードコアも生みます。ハッピーなサウンドなため、レイヴに第二の波を吹き込んだと言われています。
一方でレイヴはエクスタシーなどの薬物と同時に楽しまれていたため、ドラッグのダークな側面を表した、ダークコアも登場しました。
ダークコアが、イギリスのジャマイカ移民二世と出会います。そうしてジャングルのハードコアな成分を満たしていきました。
しかしディスコとブロックパーティがアメリカで対抗したように、レイヴとジャングルは対抗していました。エクスタシーのようなレイヴを象徴するドラッグは意図的に使用せずに、マリファナやコカインなどを使っていたといいます。
◆ メロディアス極性
リキッドファンク(Liquid Funk)もしくは、メロディック・ドラムンベースと呼ばれるこのジャンルは、Fabioの「Liquid Funk vol.1」というコンピレーションアルバムによって確立されたジャンルです。
そして実際的な発展にCalibreは貢献しました。
ハードコアに対する、メロディアスで洗練された極性は、IDM(Interigent Dance Music)と呼ばれます。IDMはレイヴカルチャーからの反発によってテクノでまず発生しました。踊りやすさよりも実験性を優先しています。
そしてこの極性は、ハードコアなドラムンベースによっても生じて、アートコア(Artcore)、もしくはインテリジェント・ドラムンベースと呼ばれるジャンルができました。
さらにウッドベースやドラムの生音を使ってジャズを強調したドラムンベースも出てきます。
これらの発展としてソウルフルなリキッドファンクは生まれ、現在ではアップテンポな爽快感を取り入れて存在しています。
ドラムンベース連続体
パンクにおいてメロディック・ハードコアというジャンルが存在するように、ドラムンベースにも中間値が存在します。ドラムンベースのスペクトル分析を行い、その間で形成されたUKガラージ・ベースミュージックを確認していきましょう。
◆ UK ガラージ
ドラムンベースの中でもダークサイドと呼ばれる、ハードコア成分が強いハードステップやニューロファンクは女性人気がありませんでした。
一方で女性の受け皿となったのがUKガラージ(UK Garage / 2 step)です。
ドラムンベースがブレイクビーツの高速回転からスタートしたように、UKガラージではシカゴハウスやガレージハウスを高速化して始まりました。さらにソウルのサンプリングを行ったり、ブレイクビーツへ接近し、新しい原動力を発生させました。
ブレイクビーツへの接近はおのずとラップやレゲエを取り入れ始めます。そうしてハードコア成分を再び強めて誕生したのがグライムです。ノコギリ波の暴力的なベースラインが特徴的です。
◆ ダブステップ
2ステップにダブミックス(Dub mixing)をした音楽がダブステップです。ダブとは、エコーやリバーブを過剰にかけ、サブベースの重低音で強調したレゲエ流のリミックスのことを指します。
この初期のダブステップはメロディックでインテリジェントな趣があります。
一方でダークサイドやグライムなどの影響もあり、ハードコアな側面も垣間見えます。低周波をベースに干渉させたワブルベース(Wobble Bass)をつくり、うねった奇妙な音色がダブステップの特徴となりました。
◆ ポスト・ダブステップ
アメリカでは、ポストハードコアバンド出身のスクリレックス(Skrillex)によって、ブロステップ(Brostep)が広まります。
中周波数でワブルベースを使うことでエレキギターのような効果を生み、緩急のある盛り上がりが作られました。
◆ トラップ(Trap)
ハードコア・ヒップホップから生まれたトラップは、オールドスクールなR&Bサウンドではなく、デジタルサウンドのビートを使う特徴的なスタイルです。
重たく響くキックと高速のハイハットは、ダブステップと融合してハードながら爽快なダンスミュージック、EDMトラップを生みました。
◆ フューチャーベース(Future Bass)
攻撃的なダブステップのワブルベースは、より洗練されメロディアスなベースラインを見つけました。揺らぐドリーミーなベースと、トラップの重いドラムの緊張感が加わることで独特な高揚感を生みます。
◆ 非線形な力学系
暴力的な面と実験的な面に極端にドラムンベースは分かれていました。
複雑な振り子のように非線形に振動して2つの極性はカオスに混じり合い、ブレイクビーツの原型は消えながらも連続体を作り上げていきました。
ドラムンベース連続体は、各点で指数関数的な増減を繰り返しながら、自然淘汰の絶滅原理に従います。そうして有限な集合へと収束していきます。
離散した新たな力学系は、次の進化のダイナミクスを形作ります。それはEDMやHIPHOPのブームの収束とともに大きく動き出すかもしれません。
ドラムンベースの次なる大躍進を私達はいまかいまかと待ちわびています!!
まとめ
以上のブレイクビーツ・ダンスミュージックを分析する過程で、最終的にHIPHOPとEDMブームの火付け役である、トラップやダブステップに出会うことができましたね。
紹介した楽曲はSpotifyのプレイリストにもまとめてますのでチェックしてみてください。
ドラムンベース連続体には、大きな4つの流れがありました。
・音響の技術的な発展
・作曲の工学的方法論の流行
・ハード/メロ極性の発生
・スペクトルの連続性
この流れは以前の「シンカルチャー論」で書いた、文化形成サイクルをブラッシュアップした結果と言えるかもしれません。特に「反骨→伝統」を「極性と連続性」にしたため、より視覚化しやすくなりました。
日本文化やジャズの形成サイクルと比較すると、より深く理解が進みます。
今回は参考資料として下記の記事で紹介した、建築家Kwinten Crauwelsの「Musicmap」も使ってるので、合わせてご覧ください。
ミュージックマップでは集合論的なジャンルの解釈を発展させた、位相幾何的なネットワークを利用して、星座のように音楽ジャンルを表現しています。
数学では、全体集合のことを宇宙(universe)とも呼びますが、宇宙である所以を感じられるサイトです。