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もふもふさせてよ

日曜の夜である。

日曜の夜を健全に過ごすためのコツは、「日曜の夜である」などと決して思わないことである。

日曜の夜は、ふけていけばふけていくほど、人々の煩悩が増え、ありもしない心配事や、漠然とした不安などが頭をよぎりまくり、実際にはなにも起きていないにも関わらず、その実態のないストレスが、精神をじりじりと炙り殺してくるのだ。
そのため、日曜の夜は、すべての曜日のなかでもっとも暗いと言われており、外を歩く際は注意が必要である。



そういえば先日、道に、ちいさくて、もふもふしている蛾が落ちていた。子供の頃はよく見た蛾なのだが、大人になって久しぶりに見たので「久しぶりじゃん!」と言ってしまった。

「ちいさくて」とひらがなで書いたのは、もちろん意図的である。これを読んでいる人には、何故そんなことをしたのか、見当もつかないだろう。なんと実は、私は、自分でも信じられないのだが、その時、その、フクラスズメという、ふくふくとした冬のスズメから名前をつけられている、もふもふの蛾のことを、幼少期からの親近感も作用して、ほんの一瞬、なんの気の迷いか、「かわいい」と思ってしまったのである。ッアーーーー!

しかし、ここで誤って「可愛いから〜」と、もふもふの蛾の写真をアップロードなどした場合、センシティブな画像として非表示処理が行われ、過激な記事として炎上し、蛾のSNSアカウントが特定され、なんやかんやで長野のキャベツ農家で住み込みで働くことになり、結果的に毎日法外な時間に起こされることになるところまでが容易に想像できたので、私は蛾の現場を冷静に通り過ぎることができた。




正直言って、蛾はキモい。蝶ですら相当キモいのに、蛾は輪をかけてキモい気がする。

ここは一旦冷静に、蝶をキモくないと仮定した場合(言っておくが蝶は普通にキモい)、蛾がキモい理由を考えてみた。


1. 色や模様が不気味
蝶の色は鮮やかなものが多いのに対し、蛾の羽は、色が地味なだけでなく、不気味な柄があしらわれている。さらに、幼虫にそのまま羽が生えたように身体が太く(前提として幼虫はキモい)、止まっている時も羽を閉じず、不気味な柄を丸出しにしており、その姿はほぼ呪物である。


2. ひらひらしない
これはかなり抽象的な表現だが、蝶がパタパタと余暇を楽しむように移動するのに対し、蛾はバタバタと騒がしく移動する。しかも、蛾の移動は、明らかに何らかの意思を持っているように感じるのだ。その意思が怖い。意思を持った呪物柄の物体など、怖いに決まっている。
そうなのだ、キモいというよりむしろ、我々は、ほとんど蛾を恐れているのだ。

3. 夜にいる
実は、蝶は夜にいない。昆虫には詳しくないが、どうやら蝶は朝に発生し、夕方には消滅しているようなのである。そのため、我々は「夜に蝶に遭うのでは?」と気を揉む必要がないのである。
それに対し、蛾は明らかに夜にいる。なんなら夜に、特にいる。疲れて仕事を終え、完全に油断した状態で帰宅した際などに、いきなり壁や天井に張り付いているのだ。あたかも「これは私の壁ですよ」という顔で、べっとりと壁に羽をつけて、我々をギョッとさせるのだ。
夜に現れる、移動式の意思を持った呪物柄の物体など、怖すぎる。

4. 居住スペースに現れる
蝶が野山などにいるのに対し、蛾は何故か、壁や、電灯や、窓など、人工物に執着しているように感じる。もしかして、死んだ人間の魂は、すべて蛾に入れられるシステムになっているのだろうか。呪物柄というか、もうそれは呪物である。考えれば考えるほど恐ろしい。




そう思うと、私が発見したフクラスズメは、若干、呪物柄ではあるが、小さいのでほぼ単色の茶色に見えたし、明らかに自分の意思に反した場所におり、困った様子で、移動することもなく、昼間の野外、ただ床に落ちていた。

そして、なんといっても、やっぱり毛がもふもふしているものはかわいいのだ。犬だって、猫だって、柔らかな毛が身体を埋め尽くし、いつだってもふもふしている。


あーあ。日曜の夜も、もっともふもふしていればいいのに。そうしたら、すこし切り取って、持ち帰って、ベッドに敷き詰めて、日曜の夜のなかでも安心して眠れるのに。



などとわけのわからないことを言っていないで、早く歯を磨いて寝るべきである。



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