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地元の野球用品店に久しぶりに行った話
僕はメンタル疾患を悪化させて仕事を辞め、実家療養を始めて2年が経過した身であるが、体力をつけるために、自宅で野球のバットの素振りをすることがある。
素振りをするときは、素手でバットを握るわけではなく、バッティンググローブというバッティング専用の手袋をつけるのだが、いつも使っている手袋が、何回も素振りをしたことによりボロボロになってしまった。
そこで僕は、新しいバッティンググローブを見に行こうと思い、地元の野球用品店に久しぶりに足を運んだのである。
地元と言っても、僕の住んでいる実家は結構田舎にあるので、その野球用品店は車で30分近くかかる隣町にある。
その店は、野球少年時代に結構利用していて、例えば小学生5年生の時に初めて4万円以上する高額なグローブを購入したのもこの店だったし、中学に入学して最初に購入した学生対応のスパイクもこの店で選んだものだし、僕にとって一番大事な高校野球時代を支えた4万円以上のグローブを購入したのもこの店だった。
そして、高額のグローブを購入した際には、ボールを取りやすくするように型付けをしてもらい、グローブを柔らかく使いやすい状態にしていた。僕にとってこの店は、10年くらいの野球人生の中で、最もお世話になった店と言っても過言ではない。
そんな過去に思いを馳せながら、僕はついにその野球用品店に到着して車を止めたのだが、中に入った瞬間、愕然としてしまった。なんと、店内は薄暗く、しかも野球用品が全然置いていないのだ。
野球用品が全然置いていないというのは、他のスポーツ用品店にシフトチェンジしたとかそういうことではなく、単純にもうほとんど仕入れをしていないという状況だった。僕が4万円以上のグローブを2回も買ったグローブの棚はスカスカで、ちょっとだけ置いてあるグローブも、明らかに今年の最新モデルのものではなかった。過去のシリーズの売れ残りがそのまま置いてあるという感じだった。
しかも僕は高校生の時以来10年ぶりくらいに足を運んだので、店内が異様に狭く感じた。もともと個人でやっているお店なので、もちろんそんなに広いわけではないのだが、それでもこんなに狭かったかな?という気持ちになった。
思い出のお店がこんなさびれた感じになっていて、僕はとても悲しかった。
それでも、とりあえずこの店にある商品は一通り見ようと思って、僕はスパイク→グローブの順に商品を見ていった。そして、グローブを見終わるくらいの所で、レジの奥からおばあさんが出てきた。
「入口の呼び鈴が壊れていてねえ。せっかく来てくれたのに気づかなくてごめんねえ。」
こんなことを言われた。腰も曲がっているし、店のさびれた雰囲気も相まって、おばあさんももう限界なんじゃないかなと思った。もし悪い人が店に入ってきたら万引きされ放題だよなあと思った。もう店を閉じてしまった方がいいんじゃないかとさえ思ってしまった。
その後は、お目当てのバッティンググローブが打っているコーナーで、ひたすらいいものが無いか探した。しかし、最新作の仕入れをあまりしていないので、やはり品数が少なく、買おうと思うものは見つからなかった。
僕は、それでも何も買わずにお店を出るのは悪いなあという気持ちになり、ちょっと周りを見渡したところ、グローブのメンテナンスのためのオイルが2,000円で売っていたので、それを買うことにした。
そしてそのオイルを、先ほどのおばあさんがいるレジに持って行ったところ、おばあさんはこのようなことを言ったのだ。
「このオイルはねえ、塗っても全然グローブが重くならない良いオイルなんだよ。他のタイプのオイルもあるけど、これが一番いいオイルだと思うよ。」
なんと、おばあさんからグローブオイルに関する商品知識がスラスラと飛び出してきたのだ。僕はさっきまで、このお店はもう限界かな、閉めた方がいいんじゃないかなと思っていたので、とても意外な気持ちになった。
このおばあさんの野球用品に対する愛情は、まだ消えることなくそこに存在していたのだ。
例え品ぞろえが悪くても、この店はまだ死んでないと思った。閉める必要なんて全然ない。僕もこれから元気になって草野球でもできるようになったら、このお店でまた買い物をしようと思った。