20220905
土曜日。外の何かの(電気か、ガスか、水道か)メーターの上に、黄緑色の虫が止まっている。夫が「キリギリスだよ」と言うので「わかるの? すごいね」と褒めた。私には、バッタじゃないような気がするけれどバッタみたいな虫、としかわからないのに。
でもそのあと調べてみると、キリギリスではなくツユムシだろうということになった。キリギリスはもっと大きくてたくましい。ツユムシはほっそりしていてる。一番後ろの足がぎゅんと長い。触覚も長い。頭を下げるような姿勢で、じっとしている。小さなお腹が、ふくれたりしぼんだりしている。
「あんなに細い足で……」と私はため息を吐く。
「あんなの、人がどうこうしなくたって、ちょっとどこかに引っかかっただけでちぎれてしまうよ」
日曜日。『あとは切手を、一枚貼るだけ』は、まず図書館で単行本を借りて読んだ。とても難しい話だと思った。最近出た文庫版に、作者二人の対談が載っていると知り注文して、久しぶりに読み返した。
再読しても、対談を読んでも、真実はよくわからないままだった。でも、わからないから面白くないとか、好きじゃないとか、そんなことにはちっともならない。むしろはじめて読んだときよりもっともっと好きになった。
世の中はわからないことだらけなのだ。わからないこと、納得できないこと、理解できないこと、そんなことばかりなのに、小説の中では何もかもわかるというのはおかしい。この二人はこういう関係なのか、とか、こういう理由でこうなったのか、とか、このときのこの出来事がここに繋がっているのか、とか、そんなことが全部わかってしまうというのはおかしい。そんなのは嘘だ。まあ、小説というのはそもそも全部嘘なのだけれど。
二人にしかわからないこと、を、読んでいるんだ、という感覚、と言えばいいのだろうか。その、密やかさ、やさしさと痛み、孤独。そういうものに、この本を読んでいる間は触れているような気がする。
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