「スマートドラッグ」から見る現代の若者の生き方
1.「スマートドラッグ」とは?
ずっと前から、スマートドラッグという存在は耳にしていた。名称通りスマートになるドラッグ、つまり人間の脳の機能や能力を高めたり、認知能力や記憶力を高めるとされる薬品や物質の総称である。
2.海外でのスマートドラッグ
海外でのスマートドラッグと言えば、「アデロール」が有名だ。主に、良い成績を出さなければならない大学生の間で使用されているという。効能は、集中力が増し、スポーツにおいても勉強やテストにおいても普段以上の高い能力が発揮でき、良い成果が得られるというものらしい。
ちなみに「アデロール」とはアメリカではADHDの治療薬として使われているが、アンフェタミンを含有しており、それ故に日本では覚醒剤取締法によって規制薬物の対象となっている。つまり日本では違法である。
3.日本でのスマートドラッグ
日本版「アデロール」と言えば、処方薬で言えば有名なのは同じくADHD治療薬である「コンサータ」か。
「テイク・ユア・ピル」というスマートドラッグについてのドキュメンタリー映画の中で、皮肉にもアデロールで入学試験を受ける学生がいるという話があったが、私も「コンサータ」を大学入試時に服用し試験に合格したという知人の話を聞いたことがある。
ちなみに「コンサータ」の原料は「リタリン」で、「コンサータ」の劇薬的な効果を意図的にスローダウンするしくみの形状をしている錠剤で実質的にはあまり変わらない。「リタリン」は、現在第一種向精神薬に定義されている「精神刺激薬」であり、処方の厳しく管理されている薬でもある。
4.海外での「アデロール」文化
先程紹介した「テイク・ユア・ピル」というドキュメンタリーの中でも、学生同士で「アデロール」を売買し、あまりにも流通しすぎていて、それがいけない事だということを忘れてしまうと女子学生が話すシーンがあった。
また、2011年(結構古い)のアメリカのHIPHOPソングにも、アデロールが出てきた。
“See me at your college campus baggie full of Adderalls
Call me if you need a fix, call me if you need a boost
(歌詞抜粋 from “Gucci Gucci” by Kreayshawn)
和訳すると「アデロールの詰まったカバン持ってる私とキャンパスで会おう!
もしクスリと繋げて欲しかったり、もっと気分上がるモノが欲しけりゃ私を呼んでね」
このラッパーのKreayshawnが実際に大学のキャンパスでアデロールを売っていたのかは分からないが、アデロールの人気、濫用を表す象徴的な歌詞だと思う。
5.危険性
もちろん、アンフェタミンを原料とするアデロールは依存性が高かったり急性中毒に陥るリスクがある。
それ故にアメリカの学生が依存し濫用する事態が更に問題化してしまうのである。
6.日本でのスマートドラッグの薬物濫用
日本ではアメリカでのアデロールほど顕著に濫用されている薬物は存在しないと思う。
しかし個人間での取引、例えばADHD患者が非ADHD患者に有償または無償でコンサータを流すという事例は存在する。コンサータの成分であるリタリンは、アンフェタミンのように身体的依存は引き起こさないが、精神的依存を引き起こすという。
私の聞いた例では大学入試以外にも、バンドマンがライブで良いパフォーマンスを行うために定期的にリタリンを摂取していたという事例がある。
7.個人的な感想
私は非ADHDだが、正直コンサータを事故的に飲んでしまったことがある。しかし動悸が酷くなり体調が悪くなっただけだった。
8.まとめ
このように、ここまでアメリカでの濫用、日本での濫用を取り上げてみた。問題は、非ADHD患者がADHD治療薬を濫用しているという問題だ。またはADHD患者も適切な使用量以上の治療薬を飲んでいるかもしれない。
競争社会で、個人個人の能力が計られている時代にあるからこそ、「能力をブーストする」なんて名目に皆弱くなってしまうのは間違いない。特に期限の迫った課題を早く終わらせるために「必要不可欠だ」と精神的に依存する若者たちが多いのだと思う。
私は彼らを責めることは出来ない。法を侵すなの一辺倒の綺麗事でまとめたくは無い。
それより過度な競争社会で、このように薬に走ったり、またはパニック障害等にならざるを得なくなったりするのは若者の責任では無いと思う。
幸いな事に、日本はアメリカ程の超競争社会ではないと思う。
世の中には近頃、「バカな人と、そうでない人」的言論が無数に存在している。
そのレールにいつまでも乗って走り続けていられるタフな人を強者、そうでない人を弱者としても、弱者に幸せは存在しないか?
人間の数だけ、違う幸せが存在している。
あと手を抜くことが許されるなら、手を抜きまくってそれを大した成果だと呼ぶのも私は自分の幸福の為にアリだと思う。もちろん業務を真っ当にこなさないという意味ではなく、上手く手を抜くという意味で。それってスマートだよね。
また長くなってしまったが、この記事が何かの、誰かのお役に立てれば幸いです。
あと皆さんの健康と幸せを祈っています!
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