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《前世探求》一人じゃない。【不思議な夢のお話】
これは数年前に見た夢だ。
いつかの時代の日本。
あるとき突然山が噴火した。
しばらくして噴火がようやく鎮まった頃、村人たちが集まって火山のふもとを歩いていた。
まだ辺りの地表からはもうもうと煙が立ちこめ、息をするのも苦しい。
周囲の空気もムアっと熱く身体にまとわりつくようだった。
「ゲホン!」
三十代の男が、吸い込んだ嫌な煙を吐き出すように咳をする。
『俺はハギレを持ってるんだけどな…』
咳をした男が心でつぶやく。
俺は普段から藍染めのハギレを持ち歩いている。手拭いのような小さなものだが大事に使っている。ハギレがあるとなにかと使えて便利だ。
たとえば煙に巻かれたとき、ハギレで顔下半分を覆えば呼吸は幾分か楽になる。
「ゲホッ……!」
そう、ちょうど今のような場面でハギレは役にたつ。
(しかし……)
男は周囲の村人たちを上目遣いに見回した。みんな手で口を押さえ、ゲホゴホと咳込みながらうつむいて岩場を進んでいく。
『ああ……、やっぱり俺だけかぁ!』
失望して肩を落とす。
ハギレを持ってるのは俺だけみたいだ。
俺たち貧しい農夫は、普段からあまり多くの衣類や布を所持していない。まして突然の噴火から逃げてくるなかで、とっさに布を握って家を出た者もあまりいなかったようだ。
「はぁ……ゲホンッ!」
ため息と咳が混じる。
『みんなが布を持ってないいま、俺だけが布で口を覆うのは気が引ける』
ハギレを使えば幾分かは呼吸が楽になるだろうに、持っているのに使えない状況とは……
『あーぁ、宝の持ち腐れだ。まったく、しょうがねえなぁ』
仕方ないと心でぼやいて、足下のゴロゴロした火山岩の段差を、「よいしょ」と乗り越えてふと顔を上げると、前を歩いていた少女が足を止めて男のほうを振り返った。
にこっ!
少女が微笑んだ。
健康的に日焼けした少女の頬は、すすで黒く汚れていた。
思わず釣られて男も笑った。
「へへっ……」
(同じなんだな)
男は思った。
この娘と同じように、俺の顔もすすで黒く汚れているんだろう。
俺はいま、みんなと同じなんだ。
みんなと一緒に煙に巻かれて、みんなと一緒に地獄のような焼けた山を歩いている。
(俺は一人じゃない……)
(うふふ……!)
なんとも言えない幸福感が込み上げてきて、
「ウェッ…、ホン!」
男は満足そうに咳をした。
【苦しみを分かち合う喜びにふるえる、私たちの前世の記憶のひとかけら】
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