守護霊の無茶振り【本当にあった厄介な守護霊の話】
うちの守護霊は怖い。
どれほど怖いかと言うと、鬼より怖い。
いうこと聞かないと後でろくなことにならないのだが、いうことを聞いてもいつもろくなことにはならない。
この厄介な守護霊は僧侶の姿をしている。
若い頃、ネットで知り合った女性がいた。仮に『●●さん』とする。●●さんはかつて同人界の大手サークルだった人だ。
私は●●さんの絵をかつて雑誌で見たことがあった。イベント会場の良い場所に配置されてる大手サークルだったことも知っていた。つまり彼女は有名人だった。とはいえ、今は様変わりしているようだが……
偶然、SNSで●●さんと知り合った私は、二、三度コメントのやり取りをした際、最大限の敬意を持って彼女に接した。すると気をよくした彼女はいきなり長文メールを送ってきた。
それはかなり一方的な自己紹介メールだった。長々と●●さん自身の過去の栄光と、多くの人から妬まれたことなどが書かれてあった。
「私はすごいんだ!すごいんだ!すごいんだ!」
という内容だった。大変偉そうな文面で長々と自慢話が書かれてあり、これまで出会った人の悪口も書かれてあった。
「私、ある時、イベントのあとで他のサークルと打ち上げに行ったんです。その食事の席で相手のサークルは今日は本があまり売れなかったと話していました。」
「そこで私はその日たくさん本が売れた話をしたんです。するとそのサークルが私のことをすごく妬んでしまって、あとで酷い悪口を言われました。」
え?本が売れなかったと話している人の前で、本が売れた話をした???
え?
イベント参加って印刷代、交通費、参加費、宿泊代、売り子さんの謝礼、あれこれとたくさんお金がかかるから、本が売れないのはすごくきつい話じゃん…
そんな落ち込んでる人の前で、本が売れたと話すなんて……
ちょっとこれは……
私は少なからず驚いて、メールを読み進めた。そこには
"あの人に意地悪をされた、この人には妬まれた、私は可哀想だ、被害者だ、どいつもこいつもみんな私を妬むからいけない"
などと、自分こそが被害者だという思いがつらつらと書かれてあった。
本当にそうだろうか…?
しかしそんな自慢をしていた彼女も、やがて歳をとりかつての華やかさを失ったようだ。
人気を失い、仕事をなくし、友人たちもファンも去り、最近に至っては長年共に活動してきた相方にまで去られたらしい。そんなことまで書いてあった。
なるほど、それで昔とはずいぶん様変わりして見えたのか…
さらには自身が発達障害であり、心療内科に通院していることも事細かに書かれてあった。うーん……
SNSで短いコメントを二、三度やり取りしただけの私に、こんなものをいきなり送ってくるとは、完全に距離感を見失ったメールだった。
「この人、仕事や友達を失くしたショックでメンタル病んでないか?」
ちと不安になった。
なんだか正常な精神状態ではなさそうだ。
メールへの返事は当たり障りなく、「へえ、凄いですねー、そうなんですかあ!」と短く書いて終わりにしよう。関わらないほうが良さそうだ。
そう思った私に、守護霊がこう言った。
「他者に対して思いやりを持つようにと返事を書きなさい」
はあ!?
え?
なんで私がそんなこと書かなきゃいけないの!??
守護霊、アンタ、何言ってるかわかってる???
この人プライド高すぎるから、人から意見されると逆上するよ?
「それでもだ。誰かが言わなくてはならない。」
なんでその『誰か』が私なのよーー!!
「彼女はその高慢な性格ゆえに誰からもいまは相手にされなくなっている。」
「若い頃は才能も人気もあったおかげで、わがままでもみんなが許してくれた。それゆえ誰にも叱られなかった彼女は成長できなかった」
「しかし、成功が過去のものとなった今、彼女は謙虚さを身につけなければいけない。感謝の気持ち、思いやり、誰かが伝えねばならない!」
い や だ ー ー !
なんで私がそんなことしなきゃいけないの!?絶対この人「思いやりを持て」なんて言ったらものすごく怒るよ!?私、やだよーー!!
「では誰がこの人に道を説く!?今彼女の周りには友が一人もいないのだぞ!!」
いやだあああああ!!!!
「やれ!」
「やるんだっ!!」
うわあああああっ!!
その日、私は守護霊の指示通り、一方的なメールを送ってきた●●さんに、
「もっと人を思いやってください。他者をいたわる優しさを持ってください」
と書いて返事を送った。
数時間後、彼女から凄まじい暴言が書かれたメールが返ってきた。
「おまえみたいな非常識な奴は初めてだ!!何が思いやりだ!!私はなにも間違ったことはしていない!!」
いや、間違ったんだよあなたは。だから長年の相方にも捨てられたんだ。
あなたには思いやりがなさすぎたんだ。
友達への感謝の気持ちも…
送られてきた暴言メールを読んで私は声もなく泣いていた。
こうなるのはわかっていたのに、どうせこの人には言ってもわからないのに、なんで私が言わねばならなかったのか…
守護霊の声が聞こえた。
「頑張ったな……」
うるせえ……
「彼女が酷い悪口を言っているのが聞こえるなぁ…」
おまえのせいだ…
なんで私がこんな目に……
「どうしようもない人だなぁ、ずいぶんお前を恨んでいるようだぞ?」
だから、おまえのせいだよ……
こうなるのはわかっとったやん!
それから数ヶ月が経った。ある日、SNS経由でタマキさんというフォロワーさんから、また突然の長文メールが届いた。
「●●さんがあなたの悪口を言いふらしていますよ!!」
あ?
はい、そうでしょうねぇ。で、タマキさん、あなたは何が言いたいの?
「私も実は●●さんから、三寅さんの悪口を聞かされていたんです。それがきっかけで●●さんと仲良くなって、二人で色々ネットで遊んだりしてました」
私の悪口で盛り上がって仲良くなったって本人に報告するんだ……、タマキさん斬新!
「●●さんと私は、お互い発達障害という共通点もあったし、心療内科に通院中だというのも親しみが持てて」
二人とも通院中……、うーん、そうなんだぁ…
「最初はすごく楽しかったんです!でもだんだん●●さんがすごく意地悪な人だというのがわかってきまして、」
そうだろうな。長年の相方まで去ったほどだから、酷い性格してるのは間違いない。
「それで私と●●さんは喧嘩になってしまったんです。そしたら、●●さんから暴言が書かれた長文メールが送られてきました。しかも、私に彼氏がいることを嫉妬してか、『売女!』とか、『アバズレ』、『股がゆるい』なんて言葉も書かれていて、本当にびっくりしました!!」
あ、ああ……
そうですか。私は知らんがな……
「なので、きっと●●さんがこれまで言っていた話は全部逆で、今まで三寅さんが悪いと聞いていましたが、悪いのは彼女だったとわかったんです!!」
うーーーん……
いや、私も彼女に余計な忠告をしたのだから、どちらが悪いとも思わんが???
「だから三寅さんには報告しなきゃと思ったんです。●●さんはあなたの悪口をフォロワーに言いふらしてますよっ!!どうしますか?」
あ、そう。タマキさん、あなたは●●さんと喧嘩した腹いせに、私を巻き込んで●●さんに仕返ししようと思ってるわけね?
タマキさんってずいぶん性格が悪いな……
これはどっちもどっちでしよ……
二人とも自分にしか優しくないじゃん。
ていうか、こんなことしてこの人も暇だな。
別に悪口くらい言わせておけばいいよ。私はそれを覚悟して彼女に忠告したんだもの。
いいよ別に。
私はただ、彼女がいつかまた友達を作って幸せに暮らしてくれればそれでいいと思うよ。
私はそのために忠告したんだから。
それからしばらくが経って、●●さんのSNSアカウトは削除された。心配になった私は●●さんのブログを見に行った。
そこには毎日毎日、部屋の窓から見える森の景色の話だけが書かれてあった。
森の動物の話が書かれてあった。
やがてその日記も削除され、ついに●●さんの消息は掴めなくなった。
彼女に友達が出来たかどうか、確かめる術はもうない。
もしかしたら、今頃は森の動物たちと遊んでいるかもしれない。
いつか、私が言った言葉の意味を知ってくれればきっと●●さんのこれからは変わると思う。しかし、それがいつになるかはわからない。
願わくば、今生の最期の瞬間にでもふと、
「そうか、私のこと心配してくれる人はいたんだ!」
そう気づいてくれるといいなと思う。
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