スポーツの記憶⑨香川真司の独特のターン
香川真司がドイツのブンデスリーガで活躍し始めたのは、印象としては突然だった。
自分が情報に弱いということもあったのだけど、香川はセレッソ大阪からドイツに渡って、ボルシア・ドルトムントに所属したのは2010年だった。
国内でプレーした時に比べると、それから急にサッカーのニュースなどで香川真司という名前をよく聞くようになった。
ドイツのサッカー
ブンデスリーガ、というのはJリーグが始まる前からサッカーを見てきた人間にとっては、特別な響きがあった。
1970年代後半、日本人で欧州のチームと初めてプロ選手契約をしたのは奥寺康彦で、それはドイツのチームだった。それ以前で、日本にとって輝かしい歴史であったメキシコ五輪の銅メダルの立役者であったクラマーコーチはドイツ人だった。だから、日本のサッカーとドイツのサッカーは縁が深かったといってもいい。
それもあって、日本国内でまだサッカーがメジャースポーツといえない頃から、ドイツの1部リーグ、ブンデスリーガの試合を見る機会は、比較的多かった。だから、ドイツのサッカーの印象も他の国のサッカーと比べたら、より知られていたと思う。
ドイツのサッカーには、強さがある。今も、その印象は変わらない。
特にディフェンダーは体も大きく、強く、早かった。
その強さは、イングランドと並んで、世界有数のはずだ。
まるで壁のようで、ここを突破できるのは、同様の強さを持つか、そうしたプレーヤーを上回る圧倒的なスピードか、もしくは判断力を鈍らせるテクニックしかないはずだった。
だから、ドイツのブンデスリーガで、ディフェンダーに対抗するようなアタッカーは、どちらにしても強さがあると思い込んでいた。
香川のプレー
香川真司は、それほど大きい印象がなかった。
現在の所属チームでの公式プロフィールでも、175センチ・68キロ。
190センチも珍しくないドイツのブンデスリーガのディフェンダーに囲まれたら、小柄にさえ見えた。
だが、2010年代当時、ドイツから送られてくる映像をテレビで見ていた視聴者にすぎなかったけれど、試合中にパスを受け取った香川は、大きくて強いディフェンダーが速いプレッシャーをかけてくるのに、それをかわして、前へ進んでいるように見えた。
なんだかすごくて、最初は、どうしてそれが可能になるのかがわからなかった。もちろんスピードはあるし、テクニックも判断力も高いレベルにあるはずだけど、それでも、あれだけスムーズに相手をかわしていくのが、不思議に見えた。
香川のターン
自分が優れた分析力を持っているわけでも、サッカーに対して深い理解をしているわけでもないけれど、その香川のプレーが不思議で、映像で接するたびに、特にディフェンダーと接触する瞬間は、注意して見るようになった。
すると、もしかするとそのターンに特徴があるのではないかと思うようになった。
特にハーフラインを超えて、相手のゴールに近づくほど、優れたプレーヤーほど厳しいマークがつく。パスを受ける体勢をつくりながら走っていても、そこにディフェンダーが付いてくるはずだ。
そして、パスが香川に出される。
マークするディフェンダーも、そのバスをできたらカットしようとして体を寄せてくる。それが無理な場合は、香川に密着するようにして、すぐにターンをさせないようにしてくる。もちろん香川は、ボールを取られるようなことは少なく、相手とボールの間にきちんと体を入れつつも、ボールをトラップする。
これまで世界的に活躍したプレーヤーの中には、そういう状況から、優れたテクニックとスピードと判断力で、ワンタッチで相手をかわし、ディフェンダーを抜き去り、ゴールへ向かう、という人も少なくなかった。
それはとても切れ味のある鮮やかなプレーで、でも、少しでもタイミングが狂うと、ディフェンダーに止められてしまうようなリスクもあったはずだ。
香川のプレーはそうした少ない動きで相手をかわすものではないようだった。
ディフェンダーを背負いながらトラップをする。そのあと瞬時に、そのままボールを前方に出す。ということは、自分が狙うゴールからは遠ざかることになるから、サッカーの試合中には、実はあまり見られない場面になる。
そして、ディフェンダーが届かなくなったような地点で香川がターンをする。十分な距離をとった香川がボールをキープして向かってくるからディフェンダーは振り切られ抜かれてしまい、香川はさらに、その前へ出て次の展開をつくっていく。
そんな独特の動きをしていたようだった。それは大きくて強いディフェンダーとの肉体的接触を最小限にするプレーでもあった。
トラップをしてからディフェンダーからもゴールからも遠ざかるような動きをして、再び戻ってくるような動きをする。それもスピードがあって、もちろんテクニックもあるから有効だったはずだけど、こうしたプレーをボールをもらうたびにしているとすれば、運動量がさらに増えて、肉体的な負担も過剰になりそうだから、それは覚悟を持ったプレー選択にも見えた。
すごいことだと思ったけれど、それは世界的に強いディフェンスに対して適応するプレーにも感じ、とてもクレバーなことも伝わってきた。
その後、やはり強いディフェンダーが多いイングランドのプレミアリーグのマンテェスター・ユナイテッドに移籍したのも、だから納得がいったし、2014年のワールドカップは、香川真司、本田圭佑、長友佑都らが揃って、これだけヨーロッパの一流のチームで経験を積んだプレーヤーが揃うのは、おそらく日本代表では初めてだったから、とても期待もしてしまった。
ただ、2014年のワールドカップはグループリーグでは、1勝もできずに日本代表は敗退した。
変化
マンチェスター・ユナイテッド、というサッカーに関心がある人間であれば、誰でもが知っているようなチームに移籍したものの、監督の交代などによって出場機会に恵まれず、その後、香川真司は再び、ボルシア・ドルトムントに復帰した。
そこで2019年まで在籍し、2018年にはワールドカップもあり、香川は日本代表として出場し、グループリーグを突破した。
ただ、テレビ画面を通して見ているだけの視聴者にすぎないけれど、この頃から香川のプレーが変化してきたように感じてきた。
ボールをもらってトラップしてディフェンダーから遠ざかるように動いてからターンをする。この動きは相変わらずあったようなのだけど、この最初のトラップでの移動の距離がだんだん短くなっていたように見えていた。
そのことで、ディフェンダーを振り切る回数が徐々に減っていったようにさえ思えた。この香川のターンは、走る距離が多くなるために体への負担も大きく、だから、この変化はやはり、加齢によるものかもしれないと思った。
あれだけの鮮やかなプレーを繰り返し、完全に身につけていても、同じプレーヤーであっても、今年と来年では変わってきてしまう。冷静に考えれば、サッカープレーヤーのピークは2年ほどと言われるほどプロとしては過酷なスポーツの一つであるのだから、30代半ばを迎えても、現在でもJリーグで現役なのはすごいことなのだろうとは思う。
ただ、ディフェンダーから距離をとる、あの香川のターンは、あの頃の香川だけが可能にしたプレーだったのだろうとは思っている。
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