東野圭吾『聖女の救済』【読書感想文】
今回は東野圭吾さんの『聖女の救済』について。
読み終えた後の第一声は、腹の底から唸るように出た「くっそぅ、くっっっそぅ!!!( `ᾥ´ )クッ」だった。
この言葉を聞いて、なぜそういう発言に至ったのかお分かりいただけるだろうか。
登場人物が思いが浮かばれなかったから…ではない。
じゃあ、何か。
私が思い描いていた結末と違ったから…でもない。
しかし、それは一理あると言ってもいい。
答えは、読み進める中で私の考えが尽く外れたから。そして、私が思う展開とは全く違う進展をしており、自分が毎度間違えた推理をしながら物語が進んでいるにも関わらず、その自分の考えと違う内容に納得ができるし、面白い以外の何者でもなかったからだ。
読んでいて、『よく考えてみればそうじゃないか!!!』そうなる事ばかりなのに、単純な私は簡単に誘導尋問のような物語の進展に、まんまと乗せられて悔しい思いばかりをしながら読んでいた。
それが悔しくて楽しくて面白くて仕方なかった。
まるで、永遠とアハ体験をさせられているような感じ。
まんまとハメられてるのに快感を覚えているなんて、どこのドMですか?
そう聞かれてもおかしくないくらいだと思う。
そして、読み始めた頃からずーっと思っていた。
なぜ、タイトルは『聖女の救済』なのだろうと。
結局、最後の最後まで分からないままで、その真相を知った時は唸った。
ここまでずーーーーーっと、そのヒントがチラ見えしていたのに、まーーーーったく気づかないまま、真相に辿り着いたのだ。
それはまるでミッケという本を見ているようだった。
見えているのに見えていない。いや、見えているのに認識できていない。
「そこにおるやないかーい!」「ずっとそこにおったんかーい!」となる。
芸人の庄司ばりに叫びたい。
「ミステリーーー!!!!」っt(((
( ゚д゚)ハッ!
また荒ぶっている。
深夜だからか?一旦落ち着こう。
(∩ˇωˇ)∩スゥ…(⊃ˇωˇ)⊃ハー
つまり、『聖女の救済』最高だった。
最高に面白かった。素晴らしかった。
やはり、湊かなえさんの『告白』よりも読んでいて心が軽いし、人間のいざこざや、いたたまれない所や人の嫌な部分もあるけれど、やっぱり東野圭吾さんのはそれも含めたエンタメだった。
たまには『告白』みたいな、えぐく気持ち悪い話も読みたくなるが、それは本当にたまにでいい。読んだ後に胸焼け起こすから(笑)
前も同じこと言ったけど、結局エンタメしたいんだなと思った。
それはきっと私の心がしんどくないから。
リアルでドス黒い気持ち悪さがなかったから。
たぶん、どこかの誰かの他人事の作られたドラマを見ているんだろうなって思えたから。(たぶんね)
この荒ぶり読書感想文はあまり需要ないかもしれないけれど、自分の気持ちを落ち着かせたいという意図もあるためお許しください。
あとはただの購読本思い出日記です(笑)
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。