本職やめて蕎麦打つか。【日記】
私は今、月に1回『蕎麦打ち』に通っている。
きっかけは、知り合いからのお誘いだった。楽しそうだなと思い参加することにした。蕎麦打ちは近所の公民館みたいな場所で行われている。
私は蕎麦打ちの門をくぐった。
そこには蕎麦打ち師匠(定年のオジ👴🏻)が沢山いた。たぶん5~6人くらい。
どのオジも味がある。自己主張強めのオジ達。
「水はこの量がいい」とか「いや、もっといる」とか、「三枚折がいい」「三枚は厚い、もっと細いのが美味い」など、みんな言っていることがバラバラである。たぶん日々、統一感のない蕎麦ができあがっているに違いない(笑)
そんな複数のオジのうちの誰かがマンツーマンで教えてくれる。担当制ではないため、マンツーマンのオジはその都度変わる。
私はたまたま空いていたオジのところで教わることになった。
このオジがなんとスパルタオジだった。
右も左も分からずにスパルタオジの元へ行った。
第一声が「粉も持たんで来て、なんのできっとか」だった。
(訳:粉も持たずにここに来て何ができるんだ)
粉の場所すら知らないし、なんなら必要な物何一つ聞いてない。
まさに、何も知らんがな状態である。
そして、スパルタオジに聞きながら必要なものを準備した。
初めは「あーだこーだ」言われながら蕎麦を打った。
それはもう言いようのないほどに「あーだこーだ」と。でも楽しかった。
たぶんこのスパルタオジは熱く語りたい蕎麦バカなのだと感じた。
そして、その想いに応えるように私も蕎麦とオジに向き合った。
初めて蕎麦を切る時に、『蕎麦の厚みを見ながら切るな、包丁を倒す時の感覚に集中しろ』と言われた。
私は、その言葉を真摯に受け止め、蕎麦を切り始めた。それも眼を瞑った状態で、もはや無の境地である😑
オジは言った。
「あんた、眼瞑りながら切れっとか、やるなぁ」
(訳:あなた、目を瞑りながら切れるのか、やるな)
そして、私はオジに認められた。
それからというもの、二回目以降『眼を瞑って蕎麦を切れる蒔倉』として、私だけそのオジに名前を覚えられている🤣
担当制ではなかったはずだが、それすら飛び越えて、もはや師弟関係である。
そんな今月の蕎麦打ち。
そして、一連の流れを写真に収めてきた📸
ちなみに自分がやっている姿は撮れないため、同じく蕎麦打ちを習っている人を撮らせてもらっている。
この板があるおかげで、眼を瞑って切っても安全なのです( -`ω-)👍🏻
楽しそうでしょ?
というか、楽しいのでぜひ機会がある方はやってみて下さい٩( 'ω' )و
そして、約6人前の蕎麦が完成します。
一人暮らしなのに6人前!絶対消費できません😂
私は知り合いや家族にお裾分けしています(ノ_ _)ノ
そいうことで、今日もラスト蕎麦の消費です。
夏といえばざる蕎麦!
(昼に食べたので夜は肉蕎麦🙏)
めちゃくちゃ美味かったです。
味付けに負けず、しっかり蕎麦の味がします。
そして、卵🥚最高ですね( ¯꒳¯ )✨
ご馳走様でした(-人-)
来月の蕎麦打ちも楽しみにしています。
師匠から独り立ちすることが目標です。
次はめちゃくちゃ切り揃えられた蕎麦を披露できるように頑張ります٩( 'ω' )و
師匠とのほのぼのできないエピソードも書けたら尚いいですね(笑)
#なんのはなしです夏☀️
この記事が参加している募集
サポートして頂けるとありがたいです(*´꒳`*)