【朽ちていった命 被爆治療83日間の記録】を読んで
原民喜「夏の花」
原民喜の小説に、「夏の花」がある。幼い頃の広島での被爆体験をもとに書かれた短編小説である。実体験を元にしなければ書くことができない生々しい描写は、読み手の想像力を搔き立て、実際の原爆投下直後の広島の惨状を伝えた報道写真よりも別の意味で、大きな衝撃を受けた記憶が甦る。
高校時代、修学旅行の訪問先の一つに「長崎の原爆資料館」が組まれたため、事前学習の一環として原爆投下直後の広島の惨状を追ったドキュメンタリー映画を視聴した。タイトルは忘れたが、水戸黄門役でその名を馳せた西村功がナレーションを務めた作品である。
凄まじいとしか言いようがない内容だった。それはある意味、事態の凄惨さを物語るのには、実際に目にする原体験よりもファインダーを通して見る映像の方が衝撃的に伝わるという事実を如実に表すものだった。
爆風で粉々に吹き飛んだガラスの破片を、全身くまなく浴びて朽ち果てたご遺体、体の半身だけにピカの閃光をを浴び、片方の眼球だけが腐敗して崩れ落ちた異様な形相の生存者の映像、半分は見るも無残な姿にも関わらず、残りの半分の顔は無傷であるその対比が、かえって恐怖心を倍増させた動画だった。自分にとってその映像は、それまで思い描いていた核に対する漠然とした恐怖の概念を、確信としての恐怖に変えた映像といって差し支えない。
時に映画であったり、書籍を通してであったり、興味の対象程度の知識ではあるが、原爆、被爆、原子力関連の様々な事故等、耳目に触れるたび気にした時期があった。
核に対する意識の温度差
原爆生みの親と言われるオッペンハイマー博士を中心としたマンハッタン計画、広島に原爆を投下したエノラ・ゲイ号の機長、ポール・ティベッツの手記、大戦後何十年も経った後に放映されたアメリカのテレビ番組で、原爆投下に携わった当時の関係者の見解を追っていた。その中ではコメンテイターの全員が口をそろえて「原爆投下に対して罪の意識は微塵もない」と述べていた。原爆投下は終戦を早めた大英断だという者さえあった。
国民性の違いといってしまえばそれまでだが、「核に対する本当の怖さをアメリカの国の人たちは全く理解していないのでは?」と思わざるを得ない時がある。キューバ危機がそのいい例だろう。どこかで歯車の一つが掛け違わっていたら本当に第三次世界大戦が繰り広げられたと聞かされる。
朽ちていった命
少し前、図書館で偶然手にした一冊に、以前NHKが制作に当たったドキュメンタリー番組「朽ちていった命、被爆治療83日間の記録」という作品を書籍化した本があった。東海村JCO臨界事故で、大量の放射線を浴びて亡くなられた、大内久さんの治療記録を綴った内容だった。
核分裂が臨界に達した時に見られるというチェレンコフ光に伴い発生した大量の放射線(放射線の中でも最も恐ろしいとされる中性子線)を浴びた大内さんは、全身の染色体が破壊され、代謝機能を失った。これが何を意味するのか、人間の体の仕組みは新陳代謝を繰り返す事で、全身の細胞が生まれ変わり生き続けることが可能なのだが、それが行われなくなる。つまり体の内外から組織が順番に朽ち果てて行き、地獄の苦しみの中で絶体の死を迎えるということである。
裏マニュアルと呼ばれたずさんな作業工程に則って、高速増殖炉の実験炉で使うウラン加工物を作り出す際に起きた「史上最悪の労働災害」だと言わざるえまい。恐らくこの事故に至った経緯を鑑みると、製品の納期、利益率、安全基準を満たすための設備投資等の負担、など負の連鎖が重なり、1番重要視されなければならない、人体の安全確保がなおざりにされた結果が招いた事故に間違いない。世界で唯一の被爆体験国の我が国の、仮にも財閥系の住友金属鉱山の子会社であるJCOが、何を寝ぼけた真似をしていたのだろうか、
作業に当たった3名の作業員の内、亡くなられた2名は、東大病院に救急搬送された後、造血幹細胞移植(白血球や血小板を作り出すため)が執り行われ、それ自体は成功を収めたらしい。しかし白血球が自ら作り出せない体は多臓器不全に陥り83日間生存後、天に召された。
思うところ
医師の本分は、命ある限り患者の治療に邁進する事だろう。しかしそれとは裏腹に、日本初の事故被ばくの患者を、格好の臨床研究材料ととらえる気持ちが皆無であったと言い切ることが出来るのだろうか。会社の犠牲となり被ばくし、医学の発展という大義名分のモルモットにされて生き続けなければならなかったお二方のお気持ちは察して余りある。遺されたご家族には奢った考えかもしれないが、さぞや手厚い慰謝料が、口封じの意味も兼ねて支払われた事だろう。末端の作業員の命など気にも留めない企業の在り方が、事実に基づいて露わになった一例と言えよう。人など所詮将棋の駒なのである。無くなればいくらでも取替の利く。
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