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【短編】クズの猟犬⑥

⑤は、こちらから

高木と初めて会ったのは、新歓コンパの時だった。どうせ行く気もないサークルに適当に入って、なんとなく合コン気分で行った飲み会。18歳で、まだ酒は飲めないから持ち帰れそうな女の子に声かけて口説いてLINE交換したその後、俺に馴れ馴れしく声かけて来たのが高木だった。
ココナッツの匂いのする香水はつけすぎていて、3メートル離れていてもよく分かった。
「ハム?」
「あ?」
一年生は、自分の名前をあるいは呼んで欲しいニックネームを印刷用の白いシールに書いて胸元に貼っていた。俺は、漢字で縦に[公法]って書いて貼っていた。それを指差して
「ハムほー?」
って言って来た。瞬間、名前でいじられてることにイラつきを覚えたが、
「あ、わかった!こーほー君?」
なんだ、ただのバカじゃないかと思った。
「キミノリ」
「かみなり?」
おまけに聞き取りが下手くそな奴だった。
「…ハムくん、よろしくね。」
そう言いながら生ハムを口に入れてるのを見て天然かと思った。
「俺、高木。」
ノンアルコールのビールを飲んでいて、普段はアルコールを飲んでいることがなんとなく分かって、少しほっとした。俺も時々ビールを飲んでいたから。
「先輩たち酔っ払ってて羨ましいよね。」
「え?」
「俺たち外じゃ飲めないじゃん。」
「ああ。そうね。」
「さっき見てたけどさ。ハムくん、女の子持って帰るの?」
「そ。約束した。」
「へえ、クズだね。はは。」
「ふふ、逆にありがとう。」
これから高木とは、学部も専攻も一緒だって分かって、なぜか一緒にいるようになった。岩橋と芝浦と酒井は、同じ学部で話が合うから一緒にいるようになった。
予想通りサークルは全然行かなくて、会うのは新歓で口説いてヤった女くらい。俺は4人からクズ呼ばわりで、それはそれで悪い気はしなかった。
くだらない話をするのは、いつも高木。自分のクローンが作れたらどう使う?とか、遺伝子組み換えを自分にできるならなんの遺伝子を移植したい?とか、本当は既に地球に宇宙人がいるとしたら会ってみたい?とか。俺は、バカだなって思いながら高木を見てた。なんでそんなにガキみたいな話するんだろうって。
もっとガキだって思ったのは電車待ちの暇潰しに駅ビルのゲーセンのメダルが大量にもらえるジャックポットゲームで全く当たらなくてメダルを買いまくっていたこと。そんなもん、ただの遊びで持ってても無駄だって何度か教えたけど、俺の言うこと全く聞かなかった。本当、ガキだって呆れた。


だから、高木の中身は中2のガキだって知って納得できた。

高木の匂いがするのはゲーセンの方。1度目に爆破させた食品・日用品のメインフロアの方からは匂いがしなかった。
照明の落ちたゲーセンに足を踏み入れると犯人独特の匂いも強くなる。パチ屋で使わなくなった古い型のパチンコ台とスロット台が並ぶフロア。俺も時々、高木の横で暇潰しで打った。すぐに飽きて、高木に溜息つかれたのを思い出す。
格闘ゲームエリア。アイツは、常に待つ側だった。挑戦者はボッコボコにしていた。
クレーンゲーム。アイツは苦手だった。狙った物を得るまでに5000円以上使っていたことがある。
アクション系のゲームは体型が豚だから、絶対やらなかった。音ゲーも得意じゃない。リズム感がゼロだった。
現金とコインの交換所。匂いが強い。
巨大なジャックポットゲーム。このゲーセンで1番賑やかで、1番人が集まる場所だった。
だが今、暗闇で沈黙している。

水色、紫、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青
7つの座席のライトが一斉に点灯する。ゲーム機は白い光を放って稼働し始めてコインが落ちる音がする。

爆発が起きて電気が止まっているはず。

座席には、人体。死人が6人。水色に青年、紫に中年女性、ピンクに子ども、黄色に壮年男性、緑に女子高生、青に老人。
オレンジの席だけ、人体が動いている。コインを掴んで流し入れている。

悪趣味極まりない光景だ。

思わず、銃を構えた。
人体はゆっくりこっちを向いた。目があって、向こうがニヤって笑った。
「ハム、久しぶり。」
どいつもこいつも向こうから都合よく声かけてきやがる。
「てか、生きてたんなら、LINEちょうだいよ。」
高木の顔がはっきり見えて、銃を握る力が強くなる。
「ねえ、あのおじいちゃんどかして座って良いから俺と勝負しない?」
コインをスルスルと機械に流しながらおれの目を見て言う。
「しない。」
「えー。つまんない。久しぶりに会ったのにさあ。ハムと遊びたいなあって、ずっと思ってたのに。」
コイツ、ほんの数分前に自分がやったこと全く覚えてないみたいに振る舞いやがって。目の前の人間がなんで死んでるのか考えてみろ。
高木の流し込むコインが、高木の席のポケットにボールを落とした。モニターの絵柄が動き出して【リーチ】と表示され効果音が鳴る。
「ノーマルかあ。なんだ、全然しょぼいや。」
次々に落ちたコインを吸い込ませていく。
「ハム、今まで何してたの?てかさ、なんで死んでないの?ぎりぎり助かったの?え?どゆこと?」
シャカンシャカンシャカンシャカンっていう音と高木の声が重なって何言ってるかわからなかった。俺はただ少しずつ、高木との距離を詰めている。
「それ、ホンモノ?」
高木が立ち上がったと思ったらもう目の前にいた。
「焦らすなよ。らしくない。撃ってみたら?」
高木が銃の先を自分の額につけた。
「……っ!」
「あれ?初めてなの?震えちゃってる。かわいいね。ほら、やってごらんよ。怖くないよ。」
「…………」
「ちゃんと、安全装置外してある?ん?外さないと危ないからね。わかってる?」
銃を掴んで、額から胸に移動させた。俺は震えが止まらなくて、顔から汗が流れ始めて息が乱れる。
「はははっ!ははっ!おかしいや!!」
高木が俺の肩に顔を乗せて
「あ、首輪。へえ。ハム、犬なんだ?どこまでが人間?」
耳に噛み付いた。
「いってぇ!」
「しばちんが乗っかってたから、顔は人間なのかな?俺ね、ハムの顔嫌い。無駄にカッコよくて。その顔モテるよね?どんな女の子もその顔に騙されちゃうんだよね。本当にムカつくよ。」
蹴り飛ばされた。ゲーム機に背中が当たる。衝撃は頭に響く。
「ふふふ。俺、結構ケンカ強いから。ねえ、ハム。ゲーム機壊さないでよ。俺、このゲーセン気に入ってるからさ。」
起きあがろうとすると、頭を持たれた。
「うまく体とつながってるんだー。へえ。」
「やめろ」
「やめろって言われて言うこと聞く奴いる?」
床に頭を打ちつけられる。そのまま押さえつけられる。
「ね?強いよね。俺。てか。ハムが弱すぎるか。ねえ、見逃してあげようか?1回目のアタックは失敗するようにできてる。よく言うピンチみたいな感じ?俺、漫画好きだからさ。そう言う展開の方が応援したくなるの。ほら、『もう二度と負けねーから!!』って仲間の前で泣いてみたりしてさ。ねえ、ハム。俺に負けても恥ずかしくないよ。ま、でも、顔は潰すけどね。今度は不細工な顔にしてもらいなよ。」
「ふざけんな。」
「はははっ。俺にビビってるくせに。」
「誰が、お前にビビってんだよ。子豚」
高木の俺の頭を抑える力が強くなるのがわかる。この手をどかさないと頭が割れる。
「子豚、その豚足どかせ、あ?」
「誰が子豚だ!」
高木の腕を掴んで引っ張った。不意打ちだったらしく簡単にバランスを崩した。その隙に上体を起こして高木に銃口を向けた。
「どうせ撃てねーよ!ハムには!!」
引き金を引いた。一発。弾丸はクレーンゲームを突き抜けた。
「脅しならもっとマシなことやれ。」
顔を蹴られる。人間の部分は弱点だ。鼻血が出る。
「ていうか。ハム。お前さあ。」
「あ?」
「こういう時、家から出ないんじゃなかった?」
「うるせえ。」
「お前の正論、お前が無視してどうすんの?ねえ?」
殴り飛ばされた。壁に背中が当たって頭が痛い。なんつーか、高木強い。
「…高木、教えてくれ。」
「なーに?ハムくん。」
「学校、お前がやったの?」
高木は一瞬、表情を曇らせた。でも、すぐにヘラヘラしはじめた。
「あー。バレちゃったんだ。」
「なんで」
「んー。それは、俺よくわかんないけど。」
「は?」
「でも、なんか、お前ムカつくし。俺の周りの偉い人がやれっつーからやった。」
「誰だよ、それ。」
「言うわけないじゃん、犬なんかに!」
左腕を掴まれて投げ飛ばされる。クレーンゲームのガラスが割れて知らない漫画のキャラクターのぬいぐるみが大量に落ちてきた。
「ねえ?俺に少しも攻撃してこないの?このままじゃ俺に負けちゃうけどいいの?」
左手で高木の髪を掴んだ。
「あ、やる気出た?」
「お前の雁首、持って帰るって決めてる。」
「そうなんだ。息荒いんだけど。血まみれになってかわいそうだね。」
「お前の体はトカゲの尻尾。脳みそは基盤。」
高木の顎の下に銃を当てた。
「へえ、誰に教わったの?ドッグスクールの先生?」
「基盤、ぶっ壊してお前のクソくだらない人生終わらせてやる。」
俺が睨みつけると、高木が口の端を上げる。
「やってみな」

引き金を引いた。

弾丸は高木の頭を突き抜けた。口から鼻から血が流れてくる。
左手で掴んだままだった髪を放した。高木が崩れ落ちる。再生するって言ってたけど、全然…なんか普通に死んでるんだけど。
服の襟を掴んで引き摺る。コイツを警察の車両に乗せれば終わりだ。
「川嶋、終わった。」
『お疲れ』

こっから先は俺の知ったこっちゃない。俺の高木の事件はこれで終わり。コイツと俺はこれで終わり。

「どうして、主役はいつもお前なんだよ。」
高木が、再生した。
「なんでお前はいつも、1人でいたって目立つんだ。教室でも、サークルでも、1人でいたってみんなハムに声かける。それに…」
左腕を掴まれて引っ張られて床に押さえ込まれた。
「気に入らねえ。しばちんの匂い、こっちの手からしてくんだよ!」
肩に足を乗せて腕を引っ張っている。
「やめろ」
「だから、やめろって言われてやめるわけねーだろ!」
「肩外れるから!」
「痛くも痒くもねーだろ!!」
肩から左腕をもぎ取られた。澤田たちラボの人間が作った左腕。
「へえ、犬の体ってこうなってんのか!導線にネジに…何で作ってんの?3Dプリンター?」
「返せよ!左腕!」
「だから、嫌だって。しばちんの匂いはこれか。人差し指。あれ?爪ボロボロだ。かわいそうに、しばちん。」
人差し指をもぎ取って踏み潰す。
「しばちんて本当にバカなんだよ。ハムのセフレじゃなくて彼女になりたいって俺に言ったの。俺さあ、無理だよって言ったんだけど、がんばってたな。ネイルもまつ毛も全部ハムに見て欲しかったんだって。ハムが興味あるのはそんなとこじゃないのにね。」
芝浦、ごめん。ちゃんと見てなかった。爪もまつ毛もどうでも良かった。顔がかわいいのはわかってたけど。性格も悪くない天然のバカだって、そこが楽だった。
「なんで、ハムなの?こんなに弱いのに。」
左腕を放り投げた。高木は俺を足で押さえつけている
「そんなこと、俺に聞くな。」
「しばちんに今のハム見せてやりたい。俺に腕もがれて、押さえつけられて。この状態って、どっちがカッコいいかな。」

中身は中2のガキ。
「ハム。善悪の区別なんか俺らに関係ない。弱い奴は負けるし、強い奴は勝つ。それだけの問題。単純。強い奴は正義、だから、俺が勝って正義になる。世界は、ひとつになるべき。今世の中にあるものは全て誰かの都合で、誰かが得するためのもの。このショッピングモールも人がここに流れて喜ぶ人の政策。世界は全て同じ思想にあるべき。そうじゃないから戦争が起こる。いろんな考えいろんな価値観があっていいは綺麗事。お前は俺に従うべき。わかる?」
「わかんない。」
右手で高木の脚を掴んで引く。バランスを崩し座り込んだ高木の頭に銃口を向ける。
「基盤はどこだ?あ?」
「教えないってば。」
「てめえの起こした爆発で何人も死んでる。そんなの正義じゃねえことくらいはわかるだろ。」
「今日、運悪く死んだ人は、もういなくても困らない人たち。俺たちの神様が願う世界平和にいらない人たちだから死んでもらった。」
「てめえは精神鑑定してもらえ!」
引き金を弾こうとすると、手が震える。高木が、俺の震える手を掴む。
「ハムくん。自分勝手に生きてきたクズなお前に正義は似合わないよ。」
手首を捻られる。
「……!」
「ま、見逃してあげるけどね。ふふ。もうちょっと遊びたかったな。」
銃を奪われて右腕を撃たれた。

外から別の建物が爆破された音がした。

クズの猟犬⑥
⑦に続く

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