見出し画像

【短編】クズの猟犬⑤

④はこちらから

蹴り飛ばされて背中から床に落ちた。頭に衝撃がくる。
「甘い。もっと痛めつけろ。」
川嶋が、ギャラリー席から言ってくる。
「すぐ立てキミノリ。高木に負ける。」
わかってるけど、訓練の相手が強すぎる。もうやだ。疲れた。いや疲れてはいないけど、頭痛いし、もうやだ。動けないふりして少し休もう。
「君は、やる気が無いのか。すぐに立て。」
コイツは、実践訓練用のアンドロイドで殉職した警察の記憶と人格をインストールしている。名前はなくて、体も人間ぽくなくて、訓練機1号って、腕に書いてある。
「ちょっとくらい休もうや。頭痛い。」
「なるほど、頭部が人間とはな。体が半端な奴は、志も中途半端だ。」
どうせ、100%機械のやつには敵わない。なんとでも言え。
「水でも飲んで、やる気を取り戻してこい」
手を差し伸べられた。仕方なく右手を出すと強い力で握られた。
「いてえよ!」
「相手の誘いは、善意なのか、嵌めようとされてるのか。見極めなければ痛い目に遭う。」
渾身の力を込めて右腕を引き寄せる。相手を床に押さえつけた。
「そっちこそ油断してんじゃん。」
「姑息な手を使う。」
「良いんだよ、勝てば。な?川嶋。」
川嶋を見るといつもの無表情だった。それどころか、タブレットいじってなんかやってる。やっぱ俺のことどうでもいいのかよ。だったら、俺だってどうでもいい。

クソくだらねえ!

訓練機1号の顔面を左手で殴った。ガンっ!って音がして凹みもしない。訓練機1号の顔は人の顔じゃなくて、アイアンマンみたいな本当にロボットって感じで、気持ちが分からない。
「その一撃になんの意味があるんだ?キミノリ。」
癇癪起こして八つ当たりしてるところばっかり見られる。
「高木には意味のある攻撃なのか?」
川嶋は馬鹿にしたように口の端を上げる。

「キミノリは感情に左右されやすい。」
訓練機1号が、俺の手を外しながら言う。
「もっと粛々と業務をこなせ。成果を上げるために体も心も鍛えなければいけない。いつまでも学生気分では業務に支障が出る。」
悔しいけど、何も言い返せない。もっともすぎて。
「真剣にやるなら、もう一戦やってやっても良いが、やる気はあるか?」
ここで、ちゃんとやらなかったら川嶋に一生馬鹿にされる。それに高木に負ける。
「やる。」

滅多撃ちにされて、血まみれになる。どんな現場よりもキツい。頭も顔も痛いし、しんどい。でも、最後に勝つのは俺だ。負けっぱなしにはしない。後ろから羽交締めにして、腕を捻じ伏せた。
「これで終わりだ!!」
お昼のサイレンが鳴る。
「飯にする。キミノリは自室に戻って待機。訓練機1号、貴重な時間を使わせた。ありがとう。」
ギャラリー席から、川嶋が立ち上がって訓練所を出て行った。俺にお疲れ様の一言もなく。
「なんなんだアイツ!ムカつく!」
「…。」
俺が腑を沸繰り返させてる様を見ても、訓練機1号は無反応。一人で騒いで馬鹿だと思われてるに違いない。別にいいけど。
「…ありがとうございました。」
一応、お辞儀をした。
「設楽くん。」
俺のこと、苗字で呼ぶ人初めて。しかも、“くん”て。
「公法くんの方がいいか。」
「いや、どっちでもいいけど。」
訓練機1号が、俺に水を渡してくれた。ありがたく受け取る。
「川嶋くんとはうまくいってるの?」
「いってない。アイツ、嫌な感じだし。DVだし。」
「DV?」
「すんごい殴られて、そのあとちょっとだけ褒められた。」
アイアンマンみたいな顔から笑い声が聞こえてきた。
「川嶋くんらしい。」
話し方から優しい感じがする。しかも、川嶋のことよく知ってるっぽい。
「公法くんに、冷たくしてるのは自分が傷つきたくないからだと思う。」
「え?アイツ、メンタル弱いの?」
訓練機1号から、ため息みたいな音が聞こえてきた。
「仕方ない。初めてバディになった犬とは信頼関係を築いたけど犯人に爆破されて再起不能になった。犬にも川嶋くんにも迷いがあったからそうなった。それに仮想空間に保管されたその犬の人格は二度と立ち直れないままそこにいる。トラウマというか。川嶋くんは面会を拒否されているし、私も何度か会ったけど川嶋くんに会わせることはできなかった。」
川嶋の過去、全然興味ないんですけど。仮想空間に閉じこもってる奴に会うとか会わないとかよくわかんないけど。てかこの人、声は男だけど中身…女?
「だから、川嶋くんは公法くんを懐かせようとしない。それに判断も早くて、指示も迷いがないんじゃない?」
「迷いがないっていうか、背中蹴られる。」
「行けってことだね?」
「俺は犯人を猟るしかないって思う。」
「1択しかないんだ。」
「そ。」
「いいね。」
いいね?は?何それ?は?
選択肢なしでいいと思ってんのか?背中蹴られんの嫌なんだけど。
「川嶋くんは、公法くんに期待はしてる。」
「は?」
「だから、訓練させたんだよ。私は、訓練機の中で1番強いからね。」
いきなりラスボスみたいな奴と訓練させたってこと?普通レベル低いとこからやってくもんだろ、訓練は。
「がんばってよ。公法くん。」
なんか、声質と口調の違和感が気になって仕方がない。
「あのさ、聞いていい?」
「何?」
「あんた、女?」
「そうだよ。」
「声、コレであってんの?」
「良いの良いの。訓練中はほとんど喋らないから。それに女の声だと、舐められるから。」
「ふーん。」
本当はどんな声でどんな顔だったんだろう。川嶋は知ってんのかな。訓練機1号の本当の顔とか声とか。
「川嶋と、どんな関係?」
「私、川嶋くんと同期。」
「ふーん。」
「川嶋くんの横で犯人に撃たれたの。で、死んじゃったんだけど…。川嶋くんが私を訓練機の人格に推薦した。澤田くんの研究第1号が訓練機1号で、タイミングが良かったし。」
おい、死んだとこそんなにさらっと流すな。
「あんた、訓練ない時もここに1人でいるの?」
「体は置いとく。この体、自分で入ったり出たりできるから。」
「いつもは?」
「仮想空間にいる。私だけの部屋があって。」
「そこ、川嶋も行くの?」
「来るよ。なんで?」
「あんたのことも川嶋…多分引き摺ってるから。」
1度じゃなくて2度も目の前で仲間がやられてるなんて引き摺らないわけない。だから、アイツは俺にキツく当たって、命令聞けとか言ってくるんだ。
「公法くんも私と話したくなったらいつでもおいで。川嶋くんの愚痴とか聞くし。」
「俺は、あんたのことは訓練機1号としか思いたくない。」
「そう。」
「川嶋のことあんたに愚痴ったからって、アイツに対する俺の不満は解消されないし。同期の仲良しは結局はアイツの味方なんだし。」
でも、俺は仮想空間に人格を仮置きしてないし多分、頭吹っ飛んだらそのまま意識も記憶もなくなるからトラウマとかで苦しむこともない。
「あんたは意識残せて幸せか?もし、川嶋が死んで、川嶋の意識が消えてもあんたはずっとそこにいなきゃいけないんだ。あんたの人格が訓練機1号に入ってんのは川嶋と澤田の都合だろ。」
「2人の都合に私も乗っかっちゃったからね。死んじゃう前に、もっと生きたいって願ったのは私だよ。」
どんな顔か知らない。でも、泣いてるのかもしれないその声が、鼓膜を揺らす。心臓の音が強くなる気がした。俺の感情がそう思わせている。
命を失っても意識を残すなんて誰が始めたんだ。肉体がなくなっても死なないなんて悲劇だろ。今日初めて会ったこの人に、この人の孤独に、俺が気が狂いそうだ。
「公法くん、ちょっと疲れたな。休むね。午後も仕事あるから。」
「…はーい。おつかれっしたー。」

訓練所から自室に戻る。
とりあえずシャワーを浴びた。髪を乾かしながら歯を磨く。口の中を切っていてしみる。痛いとかそういうの、他の犬は感じないのかな。訓練機1号みたいな体だったら。…あれは特別か。他の犬はもっと人間らしい感じなんだろうな。
体は疲れるってことはないけど、しんどいっては感じる。ベッドに寝っ転がった。
左手の人差し指と、右手の人差し指を見比べる。

『ハムちゃんの指は何気に頑丈そう』
芝浦が俺の指見て言ったんだ。見比べると太さが違う。芝浦の指、細くて頼りない。そういえばアイツ、爪きれいにしてた。今の左手の人差し指、爪ボロボロだ。アイツ見たら泣くかな。左手で、犯人殴りまくってるし。
「爪…手入れしてやるか。」
スマホをとって、爪の手入れの仕方を調べる。必要なものは何ひとつ持ってない。Amazonで買おうか迷った末にカートに入れて、購入手続きをした。発送準備のメールが来る。
コレは自分のスマホじゃない。調べたものが何もかも、川嶋にも澤田にも、…その上のやつにも知られてしまう。アダルトサイトも見てればバレる。だから、ずっとセクシー系の動画は見てない。

ふと、鼻を啜った。嫌な匂いがする。点鼻薬は毎日ちゃんと使っている。
窓を開けて匂いを嗅ぐ。血の腐った匂いがする。それと、大学でよく嗅いだアイツの匂い。
握っていたスマホが震え出す。着信は川嶋からだ。
「はいはーい」
『部屋か?』
いちいち怒らない。よっぽどな事件かもしれない。
『キミノリ、今すぐロビーに降りろ。』
服を仕事着に着替えて靴を履いて部屋を出る。首輪を待機から出動に変えてロビーに降りた。川嶋は、俺と同時にロビーに現れた。
「行くぞ!」
川嶋が俺にリードをつけて、車の後ろの席に押し込む。運転席に座る川嶋の顔がルームミラーに映る。
「高木の匂いは思い出したか?」
「…ココナッツのルームフレグランスみたいな匂い。カッコつけだから、アイツ。」
「そうか。」
やっぱり、高木がなんかヤバいことやってる。
息を吸うごとに、匂いが強くなる。事件現場は、分かり易いほどに黒煙が上がっている。
「Amazonで買った爪ヤスリ無駄にするなよ。」
やっぱりスマホの履歴見てる。思わず舌打ちをした。癪に触る。
現場に着いて川嶋が車を止める。
エリア最大級のショッピングモールで、ゲーセンもあるし、美容室もあるし、ドラッグストアもペットショップもドッグランもファミレスも映画館もある。高校の頃よく遊びに来ていた。平日昼過ぎだけど、集客はかなりあるから、死人がどれほどいるかわからない。
機動隊の方が先に来ていて緊迫した雰囲気。
車のドアが開いてリードを掴まれて、外に出される。匂いがキツくて鼻を押さえた。川嶋にインカムをつけられる。耳にイヤホン、首にヘッドセット。
「持ってけ。やられる前にやれ。いいな。お前が迷うなら俺が指示を出す。」
渡されたのは、銃だ。俺が犯人を前にしても引き金を引けなかったもの。
「はーい。」
「それと」
川嶋が俺の胸に自分の拳を押し付けた。
「戻ったら、お前の欲しいジャケット、ちゃんと教えろ。必ず買ってやる。絶対、高木の雁首持って帰ってこい。」
「はーい。わっかりまーした。」
川嶋がリードを外して俺の背中を蹴った。
「行け!」

あとは、走るしかない。

クズの猟犬⑤
⑥へ続く

#創作 #短編小説 #ファンタジー #ハードボイルド

いいなと思ったら応援しよう!