![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/89591561/rectangle_large_type_2_e904271f4b56d0dae9d5087e9432f031.png?width=1200)
【短編】クズの猟犬②
①はこちらから
②
鼻を修理しろと言われて、ラボってところに来た。
「川嶋から聞いてたよ。」
俺の体をなんとかかんとか作ったのは澤田彰ってやつで。
「鼻の修理ってエグいの?」
コロナの抗原検査を思い出して、俺の背筋は凍りついていた。
「鼻を効くようにしろって話だよね。君の場合、生きていた頃の君の顔そのまま使ってるからね。元々の嗅覚のポテンシャルもあるし。」
鼻の穴をすごい見られてる。
俺以外の犬は大体が顔も機械で鼻が効くようになっている。それは犯人独特の匂いを嗅ぎ分けることができる特殊な技術が使われているらしい。
「澤田…鼻切ったりすんの?」
「キミちゃん、もともとアレルギーある?」
「秋の花粉に弱い。」
「そう。犬に不向きな鼻だ。」
「んで、修理って…」
「できないよ。嗅覚の修理なんて。」
「はあ!?じゃあ川嶋になんて言うんだよ!」
澤田が、ククって笑う。
「キミちゃんて、クズなのに従順。」
「うるせえ。」
澤田が、小さな瓶を出した。
「ちょっと上向いて」
「え」
上を見ると鼻に一滴何か垂らされる。
「うわ、なんだよ!」
「犯人を嗅ぎ分ける嗅覚の…応急処置だけど。残念ながらキミちゃんに使えるのはこれしかない。任務前に点鼻薬みたいにシュって、鼻にやりな。」
よく見る花粉症の鼻スプレーの容器に移し替えて手に握らされた。
「やだよ、こんなの。」
「え?」
「鼻炎みてえじゃん!」
「でも、川嶋の期待には応えられる。」
渋々ポケットにしまう。アイツにまたしばかれるよりはマシだ。
「今、試しに一滴垂らしたんだけど、何か感じる?」
「いや、なんも。」
「血の腐る匂い。」
「あ?」
「犯罪をする奴は、ストレスがかかってそういう匂いを出してくる。だから、すぐわかるよ。強く感じるようになってる。知らんぷりしないでね。キミちゃんは犯人を逮捕する役割じゃなくて狩猟する犬なんだからね。」
澤田が、スプレーを入れた俺のポケットを握ってきた。ジャケットのポケットだ。それから、鼻を見てくる。鼻が効くとか、本当に犬だな。
「ヤってる時は見逃してよ。」
「今夜ヤる予定あるの?」
今日はなかった。
「いや、…今日はない。」
「良かったね、残ってて。キミちゃんの楽しみ。唯一の趣味でしょ?感染症にかかると厄介だからちゃんとゴムしてね。」
澤田は時々、嫌なことを言う。俺がそれしか考えてないって決めつけてる、絶対。
「点鼻薬は24時間効くから、1日1回で十分だからね。」
俺の顔をじっと見て、そのあと、書類に“点鼻薬使用開始”って書いて今日の日付の判子を押した。
「帰ったら風呂入りなよ。火薬とか血とか結構匂う。」
「うるせえ。言われなくても入るよ。」
自分で自分の匂いを嗅いでみると結構臭かった。
風呂とトイレが別に付いてる部屋。8畳あって、まあまあ広い。施設の中の宿舎だけど結構贅沢だと思う。風呂は追い焚き機能もついてるし、自動で沸かせる。大学の近くにアパート暮らししてた時より贅沢だ。足が伸ばせるバスタブがめちゃくちゃ幸せ。なんかこんなこと思うのおっさんくさいんだけど。
シャワーを浴びて体を洗ってからお湯に浸かる。自分の体とそうじゃない部分。外側から見たら全くわからない。継ぎ目もわからないし。左右の腕も重さは一緒だ。足もそんなに重くない。よくできてる。ただ。今時じゃない。この体の構造。
ジャンプの漫画だと、悪魔と契約して紐引っ張ると体がチェンソーになるとか、呪いの指飲み込んで都合よく入れ替わるとか、あと怪人になるとか。俺のは、昭和の仮面ライダー…改造されて…変身ベルトで…俺、変身しねーか。中途半端。心臓はとりあえず脳に酸素…血液送るのに人工のがついてる。こいつが絶えず血を循環させてるらしい。体をめぐってるのも人工の血管と元々の俺のを縫い合わせたもの。感覚もちゃんとある。神経が俺の部分は生きてる。左手の人差し指と、右手で触れば、ちゃんと何触ってるかわかる。顔はあったかい。左腕は冷たい。ココも俺の…少しならいいか。触ろう。
「…う…。しばちんとシてえ。…やっぱ死んだのかな」
最後までやめられなくなった。芝浦の体はヨかった。肌がもちもちで胸がデカくて……。勃っても出すものは無い。澤田から聞いていた。感覚だけ。事故以来初めて一人でシた時に、確認してちょっとショックだった。
「なんなんだよ、俺!…クソっ。」
他の犬は、脳みそも機械で、もはや形も脳みそですらなくて感情のある基盤だって聞いた。余計なものは全部削ぎ落としてあって、欲っていうのが無いらしい。だから、食べたいとも寝たいとも思わないし、ヤりたいなんて全く思わないらしい。ひたすらに犯罪者を捕まえるためだけに存在している。人工知能ということではなく、それまで生きてきたその人の記憶と経験と素質をプログラムに残して人格的なものは保っている。100%機械であれば、俊敏さも攻撃力も守備力も強靭であり、1体さえ有ればどんな武器を持ったテロ組織にもたち迎える。何体かは総理大臣の護衛で24時間勤務しているって聞いた。疲れたという概念もなく、ただひたすら任務を遂行してるらしい。
風呂を上がって髪を乾かす。この髪も血があるから生えている。血がなくなったら途端に禿げるらしい。禿げは嫌だ。
「なんか、疲れた。」
たまに冷蔵庫を開ける。何も入れていないのに。人間だった名残りだ。喉は乾くから、水だけ飲む。澤田には口に入れて良いのは水だけって言われている。飲んだ水は血液とか髄液とかリンパ液とか汗とか涙とか鼻水とか唾液とかになる。むしろ、水は飲めって言ってた。でも、排泄はしない。
「はあ…ツラ…。」
3ヶ月前のあの事故で生きてるというか、生かされているのは俺だけなんだろうか。高木、芝浦、岩橋、酒井…死んでしまったんだろうか。なんとか調べらんないかな。
涙が溢れてくる。
「え」
まさか、俺、寂しい?確かに寂しがるには十分だ。俺がどんなにクズでもいつも一緒に飯食ってバカな話して遊んでたあの4人がいない。
涙が左手に落ちる。何も感覚がない。余計に涙が流れる。右手が震える。
「…クソ…っ」
なんでこんなことに。
「会いてえ…よ…。うう。」
涙がどんどん流れて止められない。床に座り込んでただただ泣いている。鼻を啜った。鼻水は出ていないけど。何度か啜る。
「え」
鼻に吐き気のするような匂いを感じる。たまらず、えずく。
「俺、蓄膿症?」
もう一度鼻を啜る。奥からの匂いじゃない。落ち着いて深く吸ってみる。窓のそばまで来て空気を吸ってみる。
血の腐った匂い…。
「まさか…。なんか事件?え?関係ないよね?もう寝たいし。」
臭いから鼻を押さえた。
スマホがボディバッグの中で鳴っている。
取り出すと、着信は川嶋からだ。
「はいはーい」
『おい、クズ。しばくぞ。』
いつもの癖で、良くない電話の出方をしてしまった。川嶋が怒っている。
「俺、これから寝んだけど。」
『お前の脳みそぶっ壊して良いんだな。』
川嶋が電話の向こうでイライラしてるのがわかる。俺は、他人がイライラしてるのが面白い。
『出動だキミノリ。準備して玄関ロビーで待機!』
「やだ」
『てめえの部屋から部屋着のまま引き摺り出してやる!しばくから待ってろ!』
「ロビー行く!来ないで!!」
電話を切るのも忘れて、せっかく着た部屋着を脱ぎ捨てて仕事用の服を着る。硬い素材で着るのがめんどくさい。それでも急いで着て、靴を履いて
首輪のスイッチを入れて出動モードにして、ロビーに降りた。
「キミノリ!遅い!」
「これでも急いだ!」
痛覚のある頬をビンタされた。
「口答えするな!」
首輪にリードをつけられて引っ張られる。
「苦しいって!」
車の後部座席に乱暴に放り込まれる。
「良いか、キミノリよく聞け!」
「なんだよ」
川嶋は急発進、急ハンドルで事件現場を目指す。
「もう、1人死んでる。」
「え」
「1人殺して、1人人質にとってやがる。殺せ。銃を持て。狩ってこい!!」
「そんな…殺すなんて、絶対やだ!」
「命令だ!」
いくらなんでもそんなことできるわけない。
「責務を全うしろ!!」
俺、人殺すの?嫌だよ。逃げたい。バックれようかな。でも、GPSついてるし。逃げられない。
右手と額に汗が滲む。息が荒くなる。
「キミノリ!返事!」
「やだ!!」
「はいだろ、てめえ!」
車が止まって、現場に着いた。窓の外を見ると機動隊が会社のビルを取り囲んでいる。特殊部隊もいる。匂いが強い。血が腐る匂い。
「臭い。」
こんな匂い嗅ぎたくない。鼻を塞ごうと手で覆う。
「臭いってことは犯人の匂いわかるってことだな。」
車のドアが開けられてリードを引っ張られた。バランスを崩し、地面に倒れた。
「役に立て!犬!」
首輪からリードを外されて銃を持たされる。インカムを尻のポケットに突っ込まれて、耳にイヤホン、首にヘッドセットのマイクをかけられた。
「キミノリ、変なことすんなよ!全部聞いてるからな!」
「しねーよ」
「行け!」
川嶋に思い切り背中を蹴られる。走るしかない。匂いの方向に。立体駐車場の非常階段を何段も走って登る。
たどり着いたフロアの入り口。入口のドアノブに手をかけた。
クズの猟犬②
③につづく