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【短編】ロマンチックな猫と現実離れな煮干したち

答えを探して歩こうなんて
馬鹿げているよ
最初からないのに
答えがあったら
みんな正解を掴みたいだろ
正解って何 知らないね

どこか遠くに行こうなんて
ただの逃げだよ
行くとこなんてないのに
それがあるなら
目的地って呼べるんだろ
居場所はどこ 知らないね

だったら今日は せめて今夜は
宇宙の話をしながら
お金でも数えよう
目の前のお金の合計
それが今日の正解と答えで
今日の目的地はここになるから


僕は歌った。
今作った歌だ。震える星空の下。お金がない現実を伴奏もなく口だけで歌う。鼻歌ってやつだ。割と大きい声だからその域は超えているのかもしれない。アカペラってやつかな。

隣には誰もいないし。
握っているのは自転車のハンドルだ。10分前まで勢いよく走れたのに、運の悪いことに釘を踏んだらしくプシューと音を立てた。パンクってやつだ。その勢いで自転車ごと僕も飛んだ。運良く痛いところはないのだけど、自転車はチェーンも外れてしまったし、パンクは大概、チューブを直せばいいけど、これはタイヤごといったっぽい。

ついてないな。

1時間前にバイトもクビになった。金髪ピアスのイケメンの僕はちょっと職場環境に合わないらしい。声もあまり張らないし、猫背でスマホをよく見ているから勤務態度が好ましくないらしかった。髪の黒い無精髭の前歯が虫歯の松島くんは声が大きくてニコニコしてるからクビにはならないらしい。僕は一つも虫歯がないのに、顔がいつも引きつっているみたい。

知らないよ。そんな最悪な顔。自分で見たことないんだから。

帰りに寄ったコンビニにいつものかわいい女の子がいなかった。今日は休みなのかな。それとも辞めたんだろうか。
気持ち悪いかもしれないけど、おにぎり一個だってその子から買いたかった。
舌足らずのいらっしゃいませとありがとうございましたを密かに心の中で繰り返して君も遅くまで大変だね、お疲れ様って思うことで何か縁があるような気分になっていた。

もう何年、誰かと一緒に食事をしていないだろう。家族という言葉がどこか遠くに行ってしまった。

僕はきっと宇宙からここにきたんだろうって思う。頭がおかしいかもしれないけど、すっかり綺麗に家族という記憶がないのだ。
もしくは、最初から家族がいなかったんだろうか。

さっき歌った歌を忘れないようにスマホに録音する。別に歌手でもないけど、自分の歌を集めては、自分を忘れそうになった時に聞き返すんだ。悪趣味だろうけど、自分が何を考えていたかよくわかる。日記みたいなもんだから人には聞かせない。

良い歌だねって
言ってくれる人を探してるわけでもないから、おそらく日記なんだろうな。

ため息がでるから、空を見上げた。
あの星が全部降ってきてそれがお金だったら良いのに。

「良い歌ですね。」
あまりにもビックリしてスマホを地面に落とした。幸いケースに入っているから傷はつかなかった。
「ははは。」
楽しそうな笑い声がするからそちらを見ると目が魚みたいにぎょろぎょろとした男がいる。
僕の中のなけなしの経験が関わるなと言っている。
パンクしている自転車に跨って逃げようとする僕の襟に男の手が伸びて捕まった。
「君は、お金が欲しいのかな。」
「欲しいです。」
なんで、答えたんだろう、僕は本当に馬鹿だ。しかも間髪入れずに答えたみたい。
「自転車はパンクしているんだろう」
「してます。」
何で答えるのかな。馬鹿だな僕は。
「なら、逃げられないですね。」

こんな夜を僕は招いた覚えはなくて、こんな目に遭うような何か悪いことをした覚えもない。

「これね。俗に言う……誘拐を今からやろうとしてるとこ。」
「え?」
「まあ、君って、お金もないし、家族も居なそうだし、誘拐する意味ないんだけど。なんか、君なら殺しても大丈夫って宇宙的に信号降ってきたんだわ。」
やっぱり、頭がおかしい人だ。
「僕、死ぬんですか。」
別に死んでも良い境遇だけど、こんな魚野郎に最期の姿を見せるのはなんとなく嫌だなって思えてきて
「どうする?死にたい?」
「そういう質問してくれるなんて僕はついてますね。」
男は笑うと空気をいっぱい吸い込むようで、目には涙が溜まっていく。
「おもしれえやつだなあ。」
「どうでしょうか。」
「死ぬ前にやりたいことはあるのか?ないのか?」
あると言ったらどうするつもりなんだろう。

スマホの中に沢山ある歌を思い出す。
「楽器を弾いてくれる人に出会いたいです。」
「…そうか。…で?」
で?って……ちょっと待ってよ、で?って何。
聞いたくせにさ。
「僕の歌を僕のためだけに歌いたい」
「はあ?…はっはっはっはっ!愉快ぃ愉快っ!」
歌舞伎みたいに笑う人だな。
「で?」
だから、で?ってなんだよ。
「金は?欲しくないの?」
「欲しいですよ。
でも、死ぬなら要らないです。」
「金で欲しいものは?」
「贅沢にしたかったですよ、少しでも。」
「ほお?」
「柔らかいお肉も食べたかったし」
「うんうん」
「かっこいい靴も欲しかったし。」
「待て待て、なんで過去形なんだ。」
「よく言うよ、僕はこれから死ぬんだろう?」
「まあ、…でもまだ」
僕は一応、これでも覚悟を決めているつもりではある。壊れた自転車は直してもらいたかったけど、これならあきらめて捨てようって考え始める。
男は遠くを見ながら笑い始める。ぼくの顔をもう一度見て声を大きくする。漫画みたいに笑うからぼくも笑い始めた。

「何がおかしいんだ?」
魚にそう言われて噛みつきたい猫の気分がよくわかる。コイツの減らない口にイライラさせる顔を傷だらけにしてやりたくなるんだ。やらないけど。
「これから死ぬならせめて最後は笑ってやりたくて」
「そんなひきつった顔で笑ってるつもりか」
ぎょろぎょろした目がさらに大きくなると、もう1人違う魚がやってくる。
「いつまでかかってんだよ。」
そう言って、目隠しをされた。殺されて山に捨てられる。多分そうだ。何か見てはいけないものを見たんだろうか。
思い出すのは松島くんの前歯の虫歯。
「悪いな、にいちゃん。時間がかかって。」
眠くなるような感覚が頭がすっと涼しくて意識はあるのに体は力が抜けて握っていたハンドルも感覚がなくなった。
魚に担がれて暗い穴に連れて行かれるようだ。

生臭いと思う。鉄の匂いとかなんとも言えない苦い匂いがする。手に感じるものは何もなく、靴底を介してずるずる滑る感覚。

「さあ、ここが地獄だ。」
目隠しを取られて辺りを見回すと僕は吐いた。ゲロを吐いた。胃の中が抉られるように目からの情報が暴力的に僕の胃を刺激する。

どうしてこんな場所に連れてこられたんだ。

「仮想空間だと思って過ごしてくれよ」
魚が耳元で低い声を出してきた。
「仮想空間はもっと綺麗なはずだろう」
「良いじゃねえか、まだマシだろ。綺麗事しかない、あんな世界より、こっちの方がマシだ。」
鼻で息を吸い込むとまた吐きそうになるから出来るだけ綺麗な空気を取り入れようと口で細く息をする。
「お前はどうせ1人だろ。死んでも1人なら生きてみろよ」
「こんなとこに連れてきて、そんなこと言われてもそんな気分にはなれないよ。」
耳に手をかけられたのがわかる。

次に見たのは、耳のかけらのついたピアス。
「こんなもんつけてるからバイト、クビになったんだろう」
首元に垂れてくる血液が服に染みていくのが分かる。痛みはなかった。ピアスは昔誰かからもらったもので、そのために穴を開けたことを思い出す。穴を開けた時、涙が出るほど痛かった。

不思議なことに僕は鼻歌を歌い始めて魚もそれを聞いている。目を閉じているから、ピタピタ音がするたびに誰かが来たと思うけどお構いなしだった。
ただ、何曲か歌い終わると口を塞がれていよいよ殺されるんだと思う。

「歌は好きなのか」
「好きだけど、自分のためにしか歌わない」
「ふーん」
「なんで誰かのために歌うの?みんな。」
「知らねーよ。細田守に聞けよそんなの。」
「聞けたら良かったよ。あんな綺麗なアバターなんて僕には作れないだろうな。せいぜい泥だらけの猫で終わりだよ。それでも綺麗なつもりだよ。爪だってきらきらに研いでやるんだ。ヒゲも真っ直ぐ伸びてる。しっぽだって長いはずだ。」
「いいな、せいぜい夢を見ろよ。」

最悪の空気さえ生きていることの実感だ。慣れていけば吐き気も覚えない。

お金が欲しいのはなぜだった?あんなに欲しかったのに思い出せないよ。

自転車はどこに行ったんだろう。うまく誰かに拾われて直してもらえれば良いけれど、さよならを言えなかったことが悔やまれる。

目に熱いものを感じる。どうして僕はこうなってしまったんだろう。短かったように思う18年間の年表を頭に思い描いた。さっきバイトをクビになったこと以外全部ぼんやりしている。

小さい猫を空き地で見つけた日、コンビニで煮干しを買ってあげたことを思い出した。顎がまだちゃんとしていないはずなのに一生懸命齧っていた。食い破って柔らかいところを齧って舐める姿をたくましいと思ったんだ。

目から溢れては流れて、どくどくと耳から流れる血液と一緒に服に吸い込まれていく。

「僕は何かしたの?」
隣にいる魚に聞いてみた。魚はニヤニヤしているばかりで、答えてはくれない。別の魚も同じだった。よく見れば魚じゃないことはよくわかる。
「小汚い猫が迷い込んだって聞いたけど、君?」
魚のうちの1人がそう言いながら近づいてくる。少し舌足らずでおかっぱ頭。
「歌がうまいらしいから聞きにきた。」
信じられないけど、アコースティックギターを持っている。
「なーんだ、いつもの金髪ピアスじゃん。」
驚くほどに態度が悪くて、同じ女の子だと思いたくない。
「いらっしゃいませ」
信じたくないけど、コンビニの女の子だった。
「…どうしてこんな掃き溜めにいるの?」
「どうでも良いからじゃないかな」
ポケットからタバコを出して吸い始めて古い映画みたいに顔に煙をかけられた。嫌いな匂いで思わずむせる。それをみて笑う女だ。性格がわるい。
「君は生きるのが下手くそすぎたね。」
僕の周りでたくさんの魚が笑う。笑われても良いなんて思えない。殴りかかって黙らせてやろうと思えてくる。
「ここを掃き溜めと思うなら、君は、いかにプライドが高いのか反省したほうがいいと思うよ。」
タバコを消すと僕の横に座ってギターを鳴らし始めた。聞いたことのないメロディに魚たちが酔いしれる。僕には悲しくて受け入れられないメロディだから、弦を引きちぎりたくなる。
「泣いているのは、どうして?」
「僕は笑えないからバイトをクビになった。」
「髪が金色だからじゃないの?」
「生まれつきでこの色だ。黒を入れたら緑になった。」
「学校に行かなかったのは?」
「みんなと違うと怒られたからだ。」
「そんなことを怒るのは馬鹿な証拠。」
「わかっているよ。」
「泣くのはやめなよ」
「みっともないと笑えば良い」
悲しいメロディを聴きながら僕は今までを思い出す。涙が溢れるからずっと指で拭っている。
「会いたい人はいないの?」
「たぶん、ずっと昔に終わった話だ。」
「そうなの。」
「僕にピアスをくれた人は、どこに行ってもいなかったんだ。」
「探してみたんだ。」
「そうだよ。でもいなかった。」
「歌はその人に会いたいから歌うの?」
「違う、自分のためだ。僕にとっては日記なんだ。」
「お金を数える歌に、コーヒーカップを割った歌。甘い飲み物が苦いと感じる夜に、誰もいないことを我慢する話。」
「なんでそんなに知ってるの?」
彼女が差し出すものを見て僕は愕然とする。僕のスマホは勝手に操作されて誰でも僕の歌を聞けるようになっている。
「ていうか、さっき、これみよがしに歌っていたわ。」
「そうか。そうだったね。」
彼女がギターを鳴らし始めると僕に歌えと指図する。さっき作った新曲を綺麗に伴奏してみせるから驚いた。僕が思う以上に僕の歌を理解しているようなギターの音が心地よくて、何度目かの涙を流す。
「願いが叶った。もう十分だ。」
「うん」

いつ死んでも構わないと、殺される自分を想像する。

僕が欲しかったものは、本当にお金だったのかな。



痛い…。

そう思うと真っ白な天井が見えた。広くて眩しくてなにがなんだかわからない。
生臭い魚たちの代わりに黄色いカーテンが見えた。目を横にそらすと、数本の煮干しが並ぶ。
なんだろう、この煮干し。

「だから、学!ダメでしょ!それ!!」
「骨折ったらカルシウムだから!!」
「のぶみっつぁん、目が覚めたら、煮干しにびっくりするよ。片付けてきて!」
「なんなの、里香。騒いで、全く。」

聞き覚えのある声に少し泣きそうになる。

「のぶみっつぁん、今日は起きてんの?」
反射的に目を閉じてしまった。
「起きてないよ。ほら、学、煮干し片付けて」
里香は舌足らずで、コンビニでバイトをしている。

「まったくさ、いつまで寝てんの?」
僕、何日起きてなかったんだろう。

「里香ちゃんギターやったら起きない?」
「起きなかった。ふざけてるよなー。」
そうだ、里香はギターが上手い。

いつ、目を開こう。
「学!煮干し!!」

思わず吹き出した。
「あ!笑った!!」
学が僕の顔を触りだすから痛くてたまらない。
「痛いよ…やめて。」

目を開けると泣いている里香がいる。
「のぶみっつぁん!!本当にっ…」
何を言っているのかわからない。でも、僕が目覚めて良かったと思っているのは間違いない。

聞けば、僕は交通事故に遭ったらしい。
バイトをクビになった晩、下り坂を自転車で走っていた僕は釘を踏んで吹っ飛んだ。運の悪いことに登ってきたトラックにもぶつかって勢いよく植え込みに突っ込んだらしい。植え込みに関しては運が良かったみたい。

トラックの運転手さんは、警察と救急車が来るまで僕のそばにいたようで、僕はその顔を少しだけ見た気がする。気がするだけで覚えてはいない。

「信道、お客さん」
おばさんが連れてきてくれたお客さんは、その運転手さんだった。僕の方がぶつかっていったのに来てもらってなんだか申し訳ない。
しばらく目を合わせられなくてただただ謝った。
ごめんなさいと何度も。
「お互いに気をつけましょうね。」
終いにはそんなことを言われたもんだから思わず顔を見た。目がぎょろぎょろと大きくて魚みたいだった。
何だか懐かしくて涙が流れる。

そうか、あの魚はこのおじさんだったんだ。

「耳、痛くないかい?」
「あ、まあ…。」
事故で僕の耳はちぎれてしまった。ピアスをしていた方の耳だ。
「綺麗な頭だね。どのくらいの間隔で色抜くの?」
「地毛です。」
「そう。」
「今、仕事は?」
「クビになったばっかりです。なんでそんなこと」
「うん、ずっと、お金お金って言ってたからね」
「恥ずかしいですね。僕。」
おじさんは空気を吸いすぎて上手く笑えないから目に涙を溜めていた。僕も引きつって愛想笑いをする。
「君が怪我をしたのは12月29日で一粒万倍日だった。何をしても良い日なんだ。
事故に遭っても助かって君はついてる。」
「そうですか。そうなんですかね。」

鼻歌まじりに歌った歌を思い出す。クビになったことが悔しくて割と大きい声で歌っていた。おそらく夢中で歌っていて道端の釘に気がつかなかった僕が助かったのは本当に運が良かったんだろう。

「君さえ良ければうちで働かないか。」
「え」
おじさんの胸ポケットには刺繍がしてある。

大森物流(株)

「あの…」
「海から魚を運ぶ仕事だよ。」

どうりで魚の夢を見たわけだ。

これから僕は猫の気持ちになって魚の歌を歌うかもしれないって、魚を運ぶ僕を想像した。


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↑里香の話はこちらから。

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