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第二回絵から小説  【短編小説】いつもの君にいつもの午後に


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【短編】いつもの君にいつもの午後に
作 38ねこ猫


いつも助けられない。
きっとそう。僕は誰も助けられない。


7月の暑い日。
白い猫は黒い猫と恋をして僕の元に現れた。
産み落とされた小さい子どもたちの中に白い毛並みの緑色の瞳をした猫は僕には贅沢なプレゼントのようでいっそう大事にして、舞って名前をつけた。

保護ネコカフェの藤谷さん。

僕はそう呼ばれている。

始めは自宅の前によく来る地域猫のハチワレの”なお子”が子どもを産んだから里親探しをした。
里親が見つかるのは嬉しいしありがたかった。
そうなんだけど、排泄の世話をしてミルクをあげて走れ回れるようになった子猫がもらわれていくのは少し淋しかった。

それならばいっそ。
と、始めたのが保護ネコと猫の欲しい人が集まるコミュニティスペース。
いつの間にか猫カフェって名前がついた。
カフェだから、一応、コーヒーとココアは作れるように用意してある。

譲渡もするけど、僕もこの猫たちと一緒にいて楽しい時間を過ごせる。合理的だ。

1番人懐こいのは白と黒のブチ猫の文さん。7月生まれの雌猫だ。
いつも玄関にいて、入ってくるお客さんをお出迎えする。僕には触らせてくれない。でも、お客さんには触らせる。外面が良いのも猫らしい。

午後3時、学校帰りの子どもたちが文に向かって手を振るのを見て僕は奥の部屋で寝ている猫より、文は少し優位な立場だと思う。

「こんにちは。藤谷さん。」
引き戸を開けて小学生がうちのお店に寄り道をする。

お向かいに住む矢代さん家の娘さんは上品。
薄い色の瞳には室内の壁の色が反射して
ガラスみたいなそれが緑色に見える。

「こんにちは。矢代さん。」
「今日は舞ちゃんは?」
「あー、いるよ。奥の部屋で静かに寝てる。」
「…そう。」

矢代さんのお気に入りは白猫の舞。
だけど、矢代さんはいつも玄関までしか来ない。
「奥の部屋にどうぞ」って誘ってみても「いいの。」って。
いつも白い襟の黒いワンピースを着ているから猫の毛がついたら「お母さんに怒られるから」。
矢代さん家の奥さんは猫をあまり好きでは無いということは僕も知っている。
「あ、これあげる。」
UVレジンでキーホルダーを装飾する人がいて舞そっくりの白猫の形のものをお店のグッズにしたらと試作品を作ってくれた。
「ありがとう。親切ね。」
舞に会えないのが残念だったのかキーホルダーを指でなぞりながら奥の部屋を見つめている。
舞は高齢だからあまり無理矢理に動かすことはしていない。自分で動いて出てくるのを待っているのが自然だ。
矢代さんが舞に会いたい気持ちはよくわかった。
「あ、ちょっと待ってて。」

お店の中には僕の更衣室がある。

お店にしている建物は僕の祖父が農業をやっていた頃に使っていた物置を建て直したもので、所謂離れだ。
僕は自分の部屋に帰る時には猫の毛のついていない服を着て帰る。
ここにいる時は猫の毛がついても目立たない色の服を着ているだけで毛の生え替わりの時期なんかはこのまま自分の部屋に帰るのはちょっと気が引ける。
毛がつくのが気になるお客さんもいるから幼稚園の先生がよく着ているチェック柄の袖がついているようなタイプのエプロンを用意している。
手に取ったそれはクリーニングに出して戻ってきたばかりのものでまだビニールを被っている。


玄関に戻ると矢代さんは律儀に待っていた。
エプロンは大人用だからきっと使えるはずだ。
「お待たせ、矢代さん。」
「藤谷さん、何か探していたの?」
「矢代さん、これを着たら舞に会えるよ。あと、靴下も脱いでスリッパを履けば大丈夫。」
「そんなわざわざ?」
大人びた表情を見せて少し嬉しそうだ。
「どうぞ」
矢代さんが僕のいう通りに靴下を脱いでスリッパを履く。エプロンは大人用だから頭から被るとワンピースの裾まですっぽり包む。

奥の部屋に矢代さんを招き入れる。白猫の舞は物音に気付いて耳をピンと立てて立ち上がると矢代さんに近寄ってきた。
「舞ちゃん。」
顎の下に手を伸ばす矢代さんの匂いを確かめて自分の喉元を差し出す舞は極めて優しい性格だ。
「藤谷さん。」
「ん?」
「私、舞ちゃんが好き。」
舞の頭を撫でながらポツリポツリと話し始める。
「だから」
「うん。」
「絶対に誰にもあげないで。」
矢代さんと舞はよく似ている。
「舞は、とうとう貰い手がなかったんだ。だから、ずっと…どこにも行かないよ。」
「そう。」
「うん。」
矢代さんがここに来るようになったのは、
一度家の鍵を無くしてしまってから。

矢代さんが困っていたのを僕が見つけてお店に招き入れた。
僕は温かいココアを矢代さんにいれてあげた。
けれど矢代さんは急に泣き始めて心配した舞がずっとそばにいた。
だから、矢代さんは舞が好きなんだと思う。

「私、来週引っ越すの。」
「そう。」
「うん。」

矢代さん家の奥さんと旦那さんは離婚するらしい。

近所のおしゃべり好きのおじさんが、ここで暇つぶしにそんな話をしながら僕のいれたコーヒーを飲むのが1週間のうちのどこかの曜日に組み込まれている。おじさんはそんなに猫は好きじゃ無いけど家に居場所がないらしい。

だから、なんとなく矢代さんの事情はわかっている。

「お父さんと一緒ならここにもまたこれるのに」
「矢代さんがそうしようって決めたの?」
「いいえ。お母さん。」
舞が矢代さんの手をザリザリした舌で舐め始める。
「ねえ、矢代さん。」
「はい。」

僕は、お父さんといたいと言ってみたら?と言いかけて、今の矢代さんにも僕にも舞にもどうにもできない現実を頭に思い浮かべた。

「舞がお腹空いてるみたいだから、おやつあげてよ。」
他のお客さんがいる時は、他の猫たちがおやつを奪ってしまって舞はいつも遠くから見ているだけだった。
「いいのかしら。お金は?」
「矢代さんは舞の妹だからいいや。」
「藤谷さんは不思議なことを言うのね。」

矢代さんにペーストタイプのプロテイン入りの猫のおやつを渡す。

僕は、矢代さんの持っているおやつを舞に独占させるために、他の猫たちにおやつをあげる。

「ゆっくり食べるから、ちゃんと持っていてあげて。少しずつ出してあげてね。」

舞が矢代さんの前に座っておやつを食べる。
「また、会いにきていい?」
矢代さんは、舞に話しかけながら上手におやつをあげる。

大人の事情、人間の事情。

巻き込まれるのはいつも小さい者たち。

この猫たちの幸せも、矢代さんの幸せも
結局僕には掴ませてあげることなんて出来ないのだろう。

舞は、食べ終わっても矢代さんにくっついたまま。舞の方が矢代さんともう少し一緒にいたいみたいだ。お向かいの家は夜にならないと大人は帰ってこない。

「ねえ、矢代さん。」
「…はい。」

「あたたかいココアでも飲んで行きませんか。」

いつもの君にいつもの午後に 20220219

【後記】

清世さんの展示会へは、結局行けませんでした。
大枝清世の絵本の素晴らしさはオンラインで見ていました。実物が欲しかったけど叶わなかった。

絵を全力で描いている。

小説を全力で書いている。

そんなお二人を心より尊敬しています。

展覧会でこの絵をじっくりみていたらきっと震えるんだろうなと思います。
清世さんの絵は奥行きがあり、影と光から人の温かみを感じます。
第一回もそんな良さを遠回りの方向から私なりに文字を紡いでみました。

今回も遠回りです。

ステキな絵に思いの丈を描き起こせる機会をありがとうございます。

次回の展覧会があるなら……!!!

清世さん、ありがとうございました。

#短編小説 #オリジナル小説 #猫 #保護ネコ


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