
【短編】結末はわかっていても
誰でもない誰かの話
期限付きの恋を始めたのは、
カラオケに一緒に行った帰り道だった。
佳奈美は、歌がうまくて、
でも別に歌手は目指していない。
学祭のカラオケ大会は優勝賞金三万円だから、
そのお金欲しさにエントリーを決めた。
ちょっと付き合ってって誘われて、
トマトジュースを飲みながら
田舎の老人しか来ないカラオケ屋で
ひたすら同じ歌ばっかり聞かされた。
たまに歌えって言ってくるし。
なんか面倒だなって思いながらも、
適当に歌っていた。
「上手いじゃん、和馬」
採点は85点で全然下手くそだ
「私が三万もらったら、
一緒にディズニー行こうよ。」
「…三万じゃ行けねーよ」
「行けるよ。和馬は自腹だから」
「…なんだよ、それ。なおさら無理だわ」
佳奈美は、また同じ歌を入れる。
課題曲じゃないけど
この歌なら勝てそうって予想を立ててる。
俺は別に好きじゃない歌だなって思う。
失恋の歌だし。
好きだったけど
もう好きじゃなくなられてた
とか。
今でも好きなんだ
とか。
ちっともわからなかった。
そもそも
好きな人は今、目の前にいて。
でも、好きって言うタイミングがなくて
言えなくて。
その歌声を聞きながら
もし付き合ったら
このままいらんないのかなって考える。
トマトジュースがなくなったから
ドリンクバーにおかわりをもらいに行く。
トマトジュースは
サーバーから出てこないから、
勝手にちっちゃいペットボトルを
持っていくシステム。
氷はコップに入れる。
佳奈美には、ハチミツレモン持ってこ。
ハチミツは喉にいいらしいから。
これもペットボトルを持っていくシステム。
佳奈美がスマホをいじりながら歌っている。
点数が出て99.485…
あと少しで100…?
やっぱりすごいな。
「和馬歌って。」
「俺、歌飽きたわ。」
「なんそれ…。」
仕方なくマイクを持つ姿。
カラオケから違う歌が流れてくる。
「好きな歌うたうね。」
「どうぞ。」
佳奈美が小さい時から好きな歌。
俺もこの歌が好きだった。
幼稚園の発表会で手を繋いで
隣の佳奈美の歌声に胸が震えて
たぶん、その時からずっと好きなのに。
このまま。
ずっと、このままならいいのに。
コップにトマトジュースを注ぐ。
あと、何分くらい歌うのかな。
「和馬、本当に三万もらったら、
なんか買ってあげる。」
「え、別になんもいらないけど。
てか、なんで?」
「練習、付き合ってくれてるから…。」
「いいよ、そんな…。」
「いいの?」
「別に…」
ただ、一緒にいたいだけだし。
「俺もストレス発散してるし。」
次に歌う歌なんか決めてないのに
適当に履歴から選んで歌を入れた。
よりによって
マカロニえんぴつのレモンパイだった。
流れてくるメロディのおかげで
心臓の音は誤魔化せるけど、
歌詞を見て後悔した。
楽しそうに手拍子してくれるけど
もう最悪だと思う。
一緒に口ずさむ佳奈美の顔を
まともに見られない。
帰り道は少し寒くて、
自転車を引いて帰る手が冷たい。
制服に淡い青のマフラーを巻く姿。
近くで見られるのはあと数ヶ月。
「寒いなー。」
背中をさすってくる。
「やめろって、危ないから」
「ねえ、和馬。」
冗談でも言いそうな呼びかけ方だった。
「ん?」
「私たち付き合おう。」
「は?」
「高校の思い出に恋人だけがいないの、今。」
「知らねーよ、そんなの」
俺が、ずっと言いたかったのに。
好きです、付き合ってくださいってやつ。
そんなことも知らないで、
サラッと言うなよ。
「ねえ、だめ?」
前に回られて、じっと見られた。
「私が東京行くまでだから。
ねえ、彼氏やってよ。」
「それは、その…。」
佳奈美の顔が近い。
「小さい頃から知ってる和馬だからだよ。
こんなこと言えるの。」
ここしかない。
俺が佳奈美を好きだってこと…伝えなきゃ。
「わかった。いいよ。」
なのに
「いいの?」
やっぱり
「うん。」
言えないんだ。
心臓が早く動いて息の仕方がわからないほど。
「いつ行くの?東京」
「卒業して2日後」
俺は、後悔することも知らないで
この時は、好きって言えないけど
まあ、いいかって思って
付き合うってことに浮かれていたんだ。
佳奈美は、学祭のカラオケ大会で優勝した。
高校3年間の中で初めて目立った。
賞状と目録、花束をもらって
スポットライトの中に立っている。
期末試験が終わると、冬休みが近い。
「賞金もらったんだ」
俺の部屋で大事そうに見せてくれた。
「すっげ。東京行く時使ったら?」
「そっか。うん。」
「…すげぇ上手くてぶっちぎりだったね
本当、おめでとう。」
お金をしまう佳奈美に声をかけた。
部屋にあるポットからカップにお湯を注いで
ホットレモンを作ってあげた。
「寒い?」
ストーブをつける。
2人きりの部屋でなんでもない話をして、
付き合っても何も変わらないなって思って
友だちと恋人の境目がよくわからなかった。
「もう行かないの?」
「ん?」
「カラオケ」
「学祭終わったから。」
「ふーん。」
こたつに2人。
佳奈美がホットレモンを口にして、
それを見ながら床に寝そべった。
小さい頃はここまで近くにいなかった。
「佳奈美…。」
「ん?」
「今、恋人って感じする?」
下から佳奈美を見上げた。
「私の恋人は…だらしないみたい」
見下ろす佳奈美の顔はいかにも残念そうだ。
「いや、今の見た目じゃなくて…。
文化祭の前から付き合って
今までの期間のこと。」
「私は、
和馬を誰にもあげたくないよ。
和馬は?」
「それは、俺も。」
「じゃあ、恋人って感じするよ。」
佳奈美が、俺に顔を近づけてくる。
「こうすると、もっと、そうだよ。」
柔らかい唇が俺の唇に重なる。
多分そんなに長い時間じゃなかったけど
時間が止まったようだった。
「ね?」
佳奈美が俺をどう思ってるかなんて
わかってなくて
俺が佳奈美を好きなのは確実なのに
少し自信がなくなった。
「なるほど」
「もっとしようか?」
「やめとく」
佳奈美は恋する相手が欲しいだけなの?
俺は佳奈美が好きだから
行動の全部受け入れるよ。
だけど、ずるいよ、正直こんなのないって思う。
唇を重ねるのなんかどうってことないみたいに
余裕のある顔をしてくる。
俺は、佳奈美が思うほど大人じゃない。
「この先はどうするか知ってる?」
「知ってるけど、俺はいい。」
「恋人なのに?」
「恋人だから。」
佳奈美がこたつに潜って床に寝そべる。
「あったかいね。」
「俺の恋人も…だらしないみたい」
佳奈美がケラケラ笑い出すから、
つられて笑うけど、
キスの感覚が胸を締め付けて痛い。
「ずっと近くにいたのに、
なんで気がつかなかったんだろ」
「ん?」
「和馬って左目の下に黒子あるんだね。」
「あんまり顔見んなよ。恥ずかしい。」
左目の下を触られた。手があったかい。
「好きだよ。和馬のこと。」
佳奈美の言葉には嘘は無かったんだ。
俺はよくわかっていて。
でも、俺は言わなかった。
好きな気持ちが大きすぎて、
どう伝えたら良いかわからなかったから。
クリスマスが来る前に
佳奈美と会わない日を作って
プレゼントを買いに行った。
俺なりの思い出作り。
少し背伸びして女子が好きそうな
ハートのモチーフがついたネックレス。
そんなに高いものじゃないから
バイト代で買えた。
クリスマスの街並みに俺たちは、
恋人らしく手を繋いで溶け込んだ。
田舎だから、商店街のイルミネーションなんかは
ホームセンターで買えるようなもので
揃えているし、街路樹を装飾してはいなくて
植え込みにネット式の電飾が張り巡らされていて
建築会社の宣伝看板が近くに飾ってある。
精一杯クリスマスを演出している。
「佳奈美は今年で最後だね、
商店街のクリスマス。」
「そうだね。」
「東京のイルミネーション、
写真くらい送ってよ…。」
「そうだね。」
商店街の中のケーキ屋の前、
佳奈美が立ち止まった。
「俺の部屋でケーキ食べようか。」
「クリスマスケーキあるかな。」
ケーキ屋さんのショートケーキには、
どれもMerry Xmasって書いてある
チョコレートがのっかてて
「全部クリスマスケーキだね」
って、佳奈美が笑うから俺も嬉しくなって
好きなケーキを一つずつ買った。
部屋で一緒にケーキを食べて、
買っておいたプレゼントをあげると
佳奈美が泣いた。
嬉しいことがあると佳奈美は泣くんだ。
泣いてるのをなだめながら、
ネックレスをつけてあげた。
よく似合っている。かわいい。
「私もあげる」
そう言って、渡されたプレゼントは
小さくてかわいいスノードームだった。
中にスヌーピーがいて、
サンタクロースの服を着ている。
「毎年飾ってね」
別れると決まっている俺たちは、
お互いに思い出の品を贈り合っている。
だから、佳奈美の涙が止まらなかった
って、思ったのは後になってから。
こんなに好きなのに
数ヶ月後には
別れる選択をしている。
大晦日、
親たちの許可が降りて、
2人だけで出かけた。
年越し、初日の出。
どっちもできる朝日の昇る海。
そばにある民宿は従兄弟の家。
一度、佳奈美と来てみたかった
場所に来れたんだ。
「初日の出、何お願いするの?」
「初日の出って、そういうのだっけ?」
「私、和馬がずっと
元気でいられますようにって、
お願いするんだ。」
「明日、絶対早く起きよう。」
「何お願いするの?」
「秘密。」
東京に行く佳奈美のそばにずっといたいって、
俺はそう思うけど、
現実的に無理だってわかってる。
民宿のそばの神社、御神火が焚かれて
氏子さんの他にも初詣客がぽつりぽつり。
俺たちもその中に混ざってお参りする。
俺は、春から働くから、
交通安全のお守りを買った。
佳奈美にはオールマイティなお守りをあげた。
2人でおみくじを引いて見せ合う。
「すごい、和馬、大吉!」
「佳奈美は中吉か。」
「交換して」
「だめ」
民宿に戻って、アラームを5時にして布団に入る。
「今年もよろしくね」
あと数ヶ月で、離れ離れだ。
手を繋いで目を閉じる。
同じ夢を見られたら良い。
頭をくしゃくしゃされて、
まだ暗い中目が覚めた。
「海、行こう。」
佳奈美はもう準備万端だった。
「すぐ用意する。」
顔を洗って歯を磨いて着替えた。
寒いからマフラーを巻く。
「ね?」
「ん?」
「あけましておめでとう。」
「あー、あけましておめでとう。」
民宿の外は寒くて
薄暗い海は波の音が穏やかだった。
人影が少し見えてみんな朝日を待っている。
佳奈美と一緒に過ごす人生のうちで
一番静かな時間かもしれない。
「手、繋ごう。」
差し出された右手を繋いで、
左のポケットにしまった。
「こうやってるとあったかいよね」
佳奈美が照れ臭そうに言った。
吐く息が白い。
少し雪が舞っている。
朝日は見られないかもしれない。
「晴れてくれないかな…」
「そんなこと、神様しか決められない。」
「…うん。」
俺たちの未来も神様が決めてるんだろうか。
繋がっている手がじんわり温かいこの感覚を
ずっとずっと感じていたいのに。
空が明るくなってくる。
雪がやむ。
思っていたより雲がない。
赤い朝焼け、煌めく海に息を呑んだ。
俺たちの今なんか飲み込むくらい
目の前に広がる景色。
朝日が現れて、みんなが写真を撮っている。
スマホを向けて。
同じように俺たちも。
陽の当たる横顔を何気に映した。
今まで見てきた中でいちばん綺麗だ。
「来年も一緒に来れたらな…」
ぽつりと言うその声。
それが願い事なら俺が叶えるよって
言ってあげれば良かったんだ。
「願い事した?」
「うん。」
ずっと、佳奈美と一緒にいたい。
それが俺の願いだった。
恋人らしさに教科書があったら良かった。
全然わからないから
毎年送り合ってるバレンタインの
チョコレートは、
今年は意味が少し違うはずなのに、
いつもと同じように、
キットカットのちょっと贅沢なやつを
佳奈美に渡したら
「本当のバレンタインの意味知ってる?」
って、笑われた。
「和馬は、ずっと和馬のままでいてよ」
そんなふうに笑われて、
「好きだよ。和馬。」
チョコレートだけじゃなくて
プレゼントも一緒に渡された。
プレゼントは、いつでも着られそうな
カーディガンだった。
俺は制服を着る時にも、
日曜に出かける時にもそのカーディガンを着た。
別れるまで、あと半月。
ホワイトデーが、お別れの日だ。
カレンダーは現実と期限を押し付けてくるから
部屋の壁から外した。
一緒に俺の部屋で過ごすのもあとわずか。
佳奈美の東京の部屋は、中野坂上。
俺は聞いても全然わからなかった。
3月12日、卒業式。
佳奈美は代表で卒業証書を受け取った。
学校の隣の文化センターで、
一生の思い出ができたと、帰り道に
佳奈美が隣で笑った。
卒業証書を二つ自転車のカゴに入れて
ゆっくり歩く。
家についたら、別れるまでのカウントダウンが
始まってしまう。
俺はまだ好きだって言えていない。
ずっと好きなのに
ずっと伝えていない。
「和馬、久しぶりに行こうか。」
佳奈美が指さすのは古いカラオケ屋。
植物で壁を覆われて、電飾が垂れ下がる。
「良いよ。卒業祝いに歌おう。」
卒業式で歌った栄光の架橋を最初に入れるあたり
ちょっと外している。普通は最後に入れるのに。
小さい頃からずっと好きな歌は虹。
久しぶりに手を繋いで一緒に歌った。
ついでに、ありがとうの花も歌うけど
ほとんど忘れいた。
お互いおかしくて笑ってしまう。
歌が好きなのは本当は俺もそうだった。
佳奈美があんまりにも上手いから
俺は及ばなくて
気が向かないふりをしていたけど。
小さい頃手を繋いで歌った歌は
ずっとそのまま素直に歌えた。
恋愛ソングは
いつも悲しくて好きになれなかった。
別れた歌が世の中に溢れていて、
受け入れるのが苦しい。
佳奈美が学祭で歌うのを見て、
いずれ別れる俺たちを想像した。
好きな想いは溢れているのに
一度も言えない俺は、
佳奈美の歌に胸が締めつけられる。
「あの歌、もう歌わないで。」
「え?」
「10月の…なんとか…」
「あたらよ?」
「そう、学祭の。」
「聞きすぎて嫌いになった?」
「うん、そう。」
「練習付き合わせすぎちゃったね。」
「いや、良いんだけど。」
トマトジュースは、やっぱりぬるくて
氷を持ってくれば良かったって思った。
「春から大学楽しんでね。」
佳奈美はきっと、
これからもっと楽しい恋をする。
俺と恋人ごっこをして、恋人の練習をしたから。
あと2日。
駅のホームから佳奈美がいなくなるまでは
俺が練習用の恋人なんだ。
悲しくて悲しくて
これが
切ないってやつなんだ。
受け付けから電話が来て
あと10分で部屋を出なきゃいけない。
「楽しかったね。」
延長はしない。
恋人期間も延長はない。
「佳奈美、先帰って。」
「バイト?」
「違うけど、1人で帰りたい。
明日、また遊ぼう。10時にうちに来て。」
「わかった、バイバイ。」
「またね」
泣きたかった。
失恋するために
泣きたかった。
恋の始まりはいつからだったんだろう。
ずっと好きって言えない。
何をしてあげても、何を買ってあげても
好きって言ってないから
俺は何もしてないのと一緒じゃないか。
どうして
せっかく付き合ったのに
別れなきゃいけないんだろう
別れるってわかってるのに
なんで付き合ったんだろう。
どんな佳奈美も好きなのに。
恋に恋する佳奈美の相手役で良かったのに。
ずっと好きなのに。
佳奈美は?
佳奈美はどうなんだろう。
もう別れるのに寂しくないの?
俺は寂しくて悲しいよ。
部屋に戻ってスノードームを
引き出しにしまった。
思い出になってしまうことが
切なくて仕方がない。
明日、必ず好きって言おう。
スノードームは、引き出しから出して
こたつテーブルに置いた。
恋人最後の日。
佳奈美と一緒に小さい頃から知ってる場所を
言い合って、思いつくままに行ってみた。
幼稚園は跡地になってしまったし、
小学校は統合されて
今は建物が残っているだけの廃校だし、
中学校だけはちゃんと残っている。
よく遊んだ公園は、
親子連れが寒空の下遊んでいる。
カラオケは昨日行ったからパス。
スーパーの中にあるマックでお昼を食べた。
「午後はどうする?」
「電車に乗ろう。」
「どこ行くの?」
「丸森」
「行ったことないよ」
「午後は新しいことしよう。
渡し船乗ってみよう。」
佳奈美は不意に思いついて
渋い遊びを提案してきた。
「寒いからやだ」
「じゃ、何する?」
「映画みよう。古い映画。俺の部屋で。」
「やだ。」
「なんで?」
「結局、和馬の部屋じゃ…」
マックにはトマトジュースがない。
仕方がないから紅茶を飲んでいる。
「買い物は?服とか足りてるの?」
「全部、新しい部屋に送ったから大丈夫。」
「幼稚園も小学校もわかっていたけど
残念だったよね」
「園舎はもう、思い出にしかないよね。」
「園庭にあったリンゴの木も無くなってた。」
食べ終わって、トレイを片付けた。
外に出ると雪が舞う。
「積もるのかな…」
「3月の雪は嫌いじゃないけど。」
「明日はどうだろうね。」
Yahoo!天気は晴れを示している。
「晴れだよ」
「良かった」
東京ってそんなに遠いのかな。
一緒に商店街を歩く。
何度も歩いた道。
目を瞑っても歩けるくらい。
「佳奈美、俺ちょっと買い物してきて良い?」
雑貨屋さんの前で立ち止まった。
「何買うの?」
「ん?ちょっと待ってて。」
「寒いのに1人で待ってなきゃいけないの?」
「じゃあ。…おいで。」
佳奈美への最後の贈り物だから、
もっと前から用意しておけば良かったのに
今になってしまった。
「佳奈美に好きなのあげるから、選んで。」
「なんで?」
「カーディガンのお返し。」
「じゃ、遠慮なく。」
揺れてかわいいイヤリングを選んだ。
「これね。」
「今する」
「わかった。」
お会計してもらって、
佳奈美に渡すと、受け取ってくれた。
お店の人が話を聞いていたみたいで
鏡を出してくれて、佳奈美はすぐに
イヤリングをつけた。よく似合う。
外に出て他愛もない話をしながら
結局ついたのは俺のうち。
行くところなんかそんなに思いつかないんだ。
「寒いね、すぐあったまるよ。」
ストーブをつけて、こたつをつけて、
ポットのお湯を沸かした。
佳奈美の耳に揺れるイヤリングが
キラキラと光を反射する。
佳奈美が俺に抱きついてきた。
「こうすると少しはあったかいんだよ。」
顔を見ると悲しい目をしていた。
明日でお別れだ。
「楽しかったなあ。和馬と付き合って。」
「佳奈美…俺…」
「ありがとうね。恋人になってくれて。」
別れの言葉が、佳奈美の中から溢れてくる。
「幼稚園の頃からずっと一緒にいたね。」
俺の頭に手を伸ばして撫でてくる。
「和馬の方が小さかったのに。
私より大きくなったのは…
小学校に入ってから?」
涙が浮かんできているのが見える。
「待って、明日までは恋人だよね。」
「でも、言いたいことは言おうと思って。」
「言いたいこと?」
「ずっと友だちで、恋人にもなって、
和馬のことたくさん考えて…楽しかったよ。
好きになって楽しかった。ありがとう。」
佳奈美の中で終わっていく。
俺とのことが終わっていく。
失恋ソングみたいに。
耳にいい言葉が並んで
バラードみたいなメロディーが聴こえて。
俺はまだ、一度も
「和馬、大好きだよ。多分、これからも。」
「待って、佳奈美。」
好きって言ってない。
佳奈美の唇と俺の唇は重なるけれど
気持ちはもうすれ違っているってわかる。
好きだった人になっていく俺が
今更、好きだって言ったって
どうしようもない。
恋に期限があるなんて誰が決めたんだろう。
決めたのは俺たちなのに、悲しくて辛い。
「佳奈美、好きだよ。
俺、ずっと好きだよ。」
「知ってるよ。大丈夫。」
俺の涙を拭う佳奈美の手はあったかくて
現実を受け入れるのが難しい。
いなくなるって決まっている。
わかっていて付き合った。
駅のホーム、少ない荷物を片手に持って
「またね」
って言って別れたのは
もう恋人じゃない。
ただの友だちに戻った俺たちだった。
#短編小説 #恋愛 #別れ話 #さようなら
#高校生 #初恋
これについては
この歌を見つけた時に
失恋を書こうと思いました。
コメント欄に学生の恋は失恋が大前提って
書いてあって、確かになあと。
色々あってこの1本書くのに3日かかりました。
時間的な問題ですけど。
そして思っていたより長い。
別れにはドラマがありますね。