Young Person's Guide To Dr. Tetto ~吉田哲人の4枚の作品を聞いて~
今年は全然レコードやCDを買っていなくて、結局、一番、いっぱい聞いたのは子供たちが自宅のリビングでYouTubeで見ているアニメ主題歌だったりする。
といっても、今のメインストリーム(ジャンプやマガジン、サンデーの連載マンガからアニメになったようなアニメ)の主題歌はいわゆるJ-POPが担当しているのは、今年最大のヒット曲がYOASOBIのアイドルだったのでご存じの通り。
自分の最近の感覚としてはJ-POPのリード役を果たしているのはCMやドラマではなくアニメだと思う。
で、最近のJ-POPを見ていると、男性、女性のアイドルグループではないところでは、かなり男性のソロのシンガーソングライターの存在感が盛り返しているように思う。
もちろん、これの開拓者にして最先端は米津玄師だろう。そこに藤井風やVaundy、キタニタツヤたちが続く。彼らはデスクトップで作った音楽が世界を席巻したアーティストたちだ。スタート地点は違うが崎山蒼志あたりも今はこの枠に入るのだろう。
近年の彼らの音楽を聴くと、シティポップの影響を非常に感じる。米津は違うだろという声も聞こえそうだが、Ladyや地球儀あたりのトリートメントはシティポップ以降のトレンドを感じる。Vaundyや藤井風あたりの近作はかなりシティポップ濃度が高い。それは時代の空気感なのだろう。
なんで、このテーマの記事をこんな書き出し方にしたかというと、吉田哲人のアルバム2作(+1作)を聞いていて、ネオニューミュージックを標榜する彼の音楽に、ポップミュージックとして全く違う方向から、全く違う世代、全く違う経歴のアーティストなのに共通したものを感じてしまったのだ。
それは全く悪いことではなく、ポップミュージックとしての収斂進化だと思うのだ。全く違う出自の音楽が同じ平面で聞けるというのは、音楽好きの人間として非常に興奮するトピックである。
今回の吉田の2作(+1作)は彼自身のキャリアを総括しつつ、今の視点としての再構築がされたアルバムなので、試しに2作+1作の計4枚から何曲かピックアップしながら紹介していきたいと思う。
まずはボーカル曲中心のThe Summing Upから
The Summing Up
キャッチコピー「テット博士のモダンポップ黄金狂時代」というだけあり、カラフルなポップミュージックが並ぶ1枚。自身の提供曲のセルフカバーやインストを含む全13曲。
アルバム全体の吉田によるセルフライナーノーツは下記を参照。あと、アルバム全体の雰囲気はトレーラーをどうぞ。以下はあくまで僕が気になった曲のダイジェストレビュー
光の惑星
原曲はVTuberユニットSputripに提供された曲。オープニングにふさわしい華やかなトラック、ぐいぐいと引き込まれるメロディが気持ちよい曲。サビがすごく良い。スプートニク、Nebula、カムパネルラ、カレイドスコープといった中学生マインドをくすぐるようなワードが非常に良い。なんとなくだが全体のサウンドトリートメントとボーカルのなじみが一番良いように思う。
ひとめぐり
1stシングル曲。初めて聞いたとき、イントロのキーボードとギターのフレーズのニューミュージック感にちょっとひるんだが、耳がなじむとものすごくよい。全体にシティポップ経由の90年代AORっぽい質感のトラック。稲垣潤一とかを思い出す。アニメのエンディングとかに似合いそうな曲。アルバムにはボーナストラックにリズムをスカっぽく仕上げたライブバージョンもあり、こっちもかなり良い。
ふたりで生きてゆければ
女性ボーカルユニットWHY@DOLLへの提供曲。キャッチーなギターポップ曲。なんとなくカジヒデキがMascut EPの頃に作っていた曲を想起させる。特に最後の女性のコーラス(訂正:これも本人のコーラスとのこと。The Summing Upは全曲彼がコーラスも取ってるとのこと)が。この路線もかなり好きなのだが、本人のインタビューを聞くと通過点っぽい。まあこういうのはやる人いっぱいいるしなあと思わなくもない。とはいえ、このアルバムで一番、メロディのポップさやギターリフのキャッチーさも含めわかりやすく良い曲だと思う。
McCarthy
909state x Plugmanに提供したリミックス曲「Cosmic Psycler (TETTOはNEO NEUE MUSIK Re:RMX)」をもとにしたトラック。人力テクノみたいなインストトラック。空間処理されたシンセやコーラスがすごく好きで、実はこのアルバムで一番好きな曲かもしれない。そもそも、吉田哲人のインストって全部好き。なんだけど、この手の音楽が好きなら、Fantasma聞いてればいいだろという突っ込みがどうしても脳内に沸く。タイトルはStereolabの前身バンドからか。
ラブ・ストーリーは週末に
これもWHY@DOLLへの提供曲。ミディアムテンポでストリングスの映えがよいディスコ風トラック。ライナーで本人は抑え目にしたというが、何気にシティポップ濃度は一番高いのでは。このテンポでメロディがよい曲は僕の大好物。ちょっと谷村有美を思い出したんだけど、たぶん、吉田氏には谷村有美はインストールされてないと思うんだよな。
続いて、2枚組インスト集The World Won’t Listenについて
The World Won’t Listen
「テット博士の音楽療法」という帯コピーがついた2枚組のインスト集。もともと継続して作っていたテクノ/アシッド色強めの未発表アルバムをもとに楽曲のセレクトとリコンストラクトしたアルバムにDISC2として大学時代のアンビエントテイスト強めのインスト集をつけたとのこと。テクノなんだけど、本人の音楽嗜好の広さゆえか全体にポップで聞きやすいトラックが多い。
アルバムに本人執筆のライナーがついてるが、購入前の補助線としてはWebVANDAのインタビュー記事が参考になるかと。あとこちらもトレーラーがある。
The Girl Who Leapt Through Time
アルバム1曲目を飾る無限音階とボイスサンプル、303のアシッドフレーズがなりまくるアシッドハウス。Lovebeat期の砂原良徳を思い起こすと言ったらだめだろうか。この曲で登場してThe Summing Upの曲をバンドセットでやったら無茶苦茶かっこいいと思う。
Sounds In Space
タイトル通り宇宙趣味が入ったトラック。吉田が一時期所属していたFantastic Explosionの同名アルバム収録曲のリコンストラクト。まあ耳の引き出しが少ない僕がこれを聞くとどうしても想起してしまうのはSunaga T ExperienceのGemini IV Space Novaになるわけだが、ピアノとシンセのリードの絡みがかっこいい。というか、ピアノのリフで展開する曲はすべてかっこいい。
Acid Brazilia
サンバハウス風のリズムにTB-303が絡むアシッドハウス。つまり、これは吉田哲人流Everybody Loves A Carnival。ということでこれはビッグビートでよろしいかと。正直、このアルバムで一番くらいに好き。3分くらいしかないトラックだが倍くらいにエクステンドしたバージョンで聞きたい。
Love, Love, Love... & Love
1枚目のラストを飾るのは空間的なイントロから、ミディアムテンポで展開するややアンビエント風なトラック。タイトル通りLoveというフレーズが空間を飛び回る気持ちよさ。これもLovebeatを想起させる。
Le Detroit
2枚目の初期作品集に収録されてる曲からは、タイトル通りデトロイトテクノ風テクノトラック。浮遊するようなリフがすごくデトロイト。30年前のトラックだが、テクノなのにポップさがちゃんと残ってるあたりさすが吉田哲人。
Cosmic Soul
アンビエント濃度が高い長尺トラック。雑誌Remixのコズミックソウル特集を読んで、興味を持ったがレコードを聴けず文面の雰囲気で作ったとのこと。このタイトルからここまでアンビエントっぽく作った吉田哲人の当時の感性がすごい。
アルバム2枚同時購入特典のCD「Another of The World Won't Listen」からも数曲ピックアップしよう
Another of The World Won't Listen
同時購入特典は吉田のReadymade期などに作られたサンプリングなどを多用した楽曲やThe Summing Upに入らなかった曲を中心に編まれたCDとなっている。普通にアルバム1枚分なのだから困る笑。というか十分に売り物になる完成度。出せない(出さない?)理由も十分想像つくが。
こちらは、吉田自身のnoteによる解説がある。
ROMA!
ノーブルな感じのラウンジトラック。すごくあの頃のReadymadeっぽい音。60年代のフランス映画のオープニングをリコンストラクトしたみたいな曲。脳内でブレイクのところで、スタッフやキャストのテロップが出るのが目に浮かぶ。
Dislocation Dance Rock
Orange RecordsからOrangers名義でリリースしたEPの収録曲。僕がもともと大好きすぎるのでこの曲は解説しようがないのだが、吉田哲人の一時期のシグネチャーなバスドラムのキックが存分に使われた日本産ビッグビートの最高傑作のひとつ。過剰なサンプリングが心をつかむ。
303 Tetto
タイトルに吉田のプロデュースワークの代名詞的な某曲を期待した人も多いかもしれないが、さすがにアレではない。かなり硬派なアシッドハウストラック。ほぼ303を動かしてるだけなのだがそれがこれだけキャッチーなのはセンスだろう。
C'mon Everybody
なんかいきなり聞き覚えのあるボイスサンプルが山盛り出てくるハードコアテクノトラック。もとは『SPEEDKING Vol.5』収録曲のリアレンジ。このHey Everybodyって何で使われてたやつだっけ?と脳内をサーチし続けて、ようやとTeenage FanclubのKickaboutだと思い出す。
ということで、3作4枚からピックアップしてみました。これをプレイリストに並べてみるとあら不思議、きっちりCD1枚分に収まりましたということで、架空のベスト盤Young Persons' Guide To Dr. Tettoとしてみましたがいかがでしょうか。
実は吉田哲人にはこんな感じのテクノも歌ものもアンビエントもサンプリングミュージックもごっちゃにして、ポップという一つの地平線上で見渡せるような、半分うたもの半分インストくらいの比率のアルバムを作ってみてほしいなと思いましたが、まあ、マニアックなお願いなのかもしれない。