ニュートンのようには識別出来ない【短編小説】
「ねぇ天野。好きな天気は?」
一ノ瀬あかりは、一緒に砂場で遊んでいる天野ゆずるに声をかけた。
「好きな天気?」
そう聞かれたゆずるは少し考え答える。
「晴れ」
ふーん、とあかりは驚きもせずに返した。
そして、また砂をかき集め、山にしていく。
いつまで経っても、ゆずるからの質問がないので、あかりは自分から話しかけた。
「私はね、雨」
「雨?」
ゆずるは手を止めて、あかりの顔を見る。
「なんで?いやだよ、雨なんか。じめじめするし」
「だってさ、雨は止むじゃない」
ゆずるは首を傾げた。
「雨は、絶対に止むでしょ」
「だから?」
「そしたらさ、虹が出来るのかもしれないじゃん」
あかりは楽しそうに言う。しかし虹を見たことが無いゆずるは面白くもなさそうに応えた。
「虹なんて、何がいいんだよ」
「あのね、家に居た頃、お父さんと山に登ったのね」
あかりは、今暮らしている児童養護施設に来る前は、父親と母親と三人で暮らしていた。
しかし、元々身体が弱かった父が倒れ、母一人であかりを養えるほどの余裕が無く、施設に預けられた。
「山の一番上まで、登ったの。大変だったなぁ」
「そこで虹を見たの?」
まさか、と返す。
「いつか見たいの」
ふーん、とゆずるは答える。再び首を傾げて「結局、何で雨が好きなの」と素直な疑問をぶつけた。
「だからさ、雨が止んだ後は虹が見れるかも知れないでしょ?あとね、私が行った山は、虹が掛かったらどんな願いでも叶うんだって」
そんなわけないじゃん、と馬鹿にした風にゆずるが言う。
「雨が降らないと始まらないからね。だから、雨が好きなんだ」
よく分からない、と言いながらも、二人協力して砂で作った山が出来上がった。立派な大きさだった。
「これで満足?」
まだまだ。とあかりは言い、袋に入っている色とりどりの花びらをまいた。
「こんな綺麗な山に登りたいなぁ」
と、出来上がった鮮やかな山を満足げに見つめた。
「綺麗ねぇ」後ろから職員が声をかける。
「小学生でこんな綺麗な山を作れるのはすごいよ」
照れくさそうにあかりとゆずるは笑う。
しかし、それを見つめたゆずるは
「でも、これもいつか崩れるんだな」
と寂しそうに言う。
「それだよ」
「なにが」
「いつか崩れるでしょ。だからさ、残しておくんだよ」
先生、とあかりは職員を呼び写真を撮らせた。
笑う彼女としかめっ面の彼。
「なんで怒ってるの」
「怒ってないよ。ただ、一ノ瀬が何を言いたいのか、分からない」
「単純なんだけどな。この砂で作った山も、いつか消えるでしょ?虹もきっと一瞬だよ。でも、残るのは寂しいだけじゃない」
「あのさ、一ノ瀬。いっつも思ってたけど、お前の話はよく分からない」
「それ、さっきも聞いたよ」
あかりは笑った。
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あかりとゆずるが中学三年生になった時、あかりの家への引き取りが決定した。
母が再婚したことにより金銭的な問題は解決された。
この最後の別れの時、天気は雨だった。
皆に笑顔で見送られる中で、あかりは一人不機嫌そうなゆずるに声をかけた。
「良かったな、雨で」
皮肉を込めた物言いに聞こえたが、あかりはそれが彼なりの励ましであることを知っていた。
「うん。運が良かったら、虹が見えるかも」
「虹ってさ、そんなにいいものなのか?」
「天野、虹に込められた意味知らないの?」
ゆずるは首を横に振る。
それに答えずあかりは「またね」と笑った。
しかし、家に帰ったあかりを待っていたのは、あかりが思い描いてた生活とは違っていた。
養父は、一見すると品行方正、一流企業に務めている優秀な会社員だったが、酒が入ると人が変わったようになった。
母とあかりにも暴力・暴言が絶えず、酒は毎晩飲むので毎日続いた。
その暴力が終わる度、あかりの母はこう言った。
「仕方ないのよ。お酒が悪いのだから。割り切るしか、ないのよ」と。
あかりは、この理不尽な行いに対して母同様「仕方ない」と割り切っていた。
何せ、養父がいなければろくに生きてはいけないのだから。
いつものように、養父に殴られていたときのこと。
あかりは、自身の傷口から滲む赤色を見て、虹について考えた。
友人が言っていた。
虹は、見る人によって色の数が違うらしい。
見ているものは同じだが、色の表現方法の違いで数も変わるという。
日本人に馴染みのある7色という数は、かの有名なアイザック・ニュートンが提唱したという。
一説によると、そのニュートンも虹は実際に見ていないとか。
私も、この目で虹を見たことがない。
私の目には、虹の色の数はいくつ映るだろうか。
きっと、天野は7色だろう。
彼は、世界を色鮮やかに見る人だから。
砂場での「いつかは崩れるよな」と悲しそうに言っていたように。
彼の感受性の豊かさが羨ましかった。
私は、言い風に彼に言った気がするけど、違う。割り切っていただけだ。
私の中にあるのは、2色だけ。
マルかバツ。黒か白。
どうしようもないか、どうにかなるか。
そして、この状況はあかりにとってはどうしようもなかった。
だから、彼女は諦めることにした。
現状だけではなく、未来さえも。
一つ、最期に心残りがあった。
小さい頃に亡き父と登った山。それだけは、最期に見に行きたい。
そして、天野。
彼に最期にもう一度会いたい。もしかしたら、この3年間で虹を見たかもしれない。もしそうなら、是非、彼の感想を聞きたかった。
その決意を元に、幼き頃育った場所に行くことに決めた。
(完/2078文字)
今回も清世さん主催の「絵から小説」という企画に参加させて頂きました。リンクは下に貼らさせていただきます。
また、この物語は1話簡潔ですが、一応読めばつながっていたというように、三部作にする予定でもありますので、もし宜しければこちらもお読みください・・!
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