地底の月
あの日、ぼくはお月さまをひろった。
いつものように、幼稚園に行って、先生と遊んで、みんなと追いかけっこをして、お弁当を食べて、そのあともたくさん遊んだ。りくくんはとってもサッカーが上手で、ぼくは一回もりくくんからボールをうばうことはできなかったけど、でもとっても楽しかった。明日もサッカーしようねって約束して、それで、家に帰っていたとき。いつも通る道に、なんだかピカピカ光っているものを見つけた。丸くて金色で、でもあちこちデコボコがあって、ずかんで見たお月さまにそっくり。くれーたー、っていうんだっけ、これ。でも、ほんもののお月さまとはちがって、とっても小さい。ぼくの手のひらに乗るぐらいの大きさなんだ。お月さまは、地球からとってもとっても遠いところにあって、だから小さく見えるんだって、ぼくは知ってる。とってもとおいから、ぼくたちがかんたんに行けるところではないってことも。むかし、どこかの国の人がお月さまに行ったことがあるって話をきいたことがある。パパはきっとそれはうそだって言ってた。ぼくもそう思う。パパはなんでも知ってるんだ。なんでも、知ってるんだけど……こんなのはきっと、知らない。じつは小さいお月さまがあるなんて。きっと世界中でぼくしかしらない。かくさなきゃ。パパやママにみつかったらきっととられちゃう。道におちてるものをひろってきたらあぶないからって、すてなさいって言われる。だから、そうだ。虫かごの土にうめておこう。そうすれば見つからない。そう思って、ぼくはそのお月さまをかごにしまった。
物音がして、いつもよりも早くに目がさめた。カタカタって音が、なんだか虫かごからした気がして見に行くと、少し土がもり上がってる。あれ?お月さまが見つからないようにきちんとうめたはずなのに……。
かごを開けて中をあさるとそこにはやっぱりお月さまがある。けど、なんだか、きのうより大きくなっている気がする。大きい?おもい?色やかがやきは変わらないけど、なんだか、そだってる?
お月さまって、そだつのかな?お月さまって、生きてるのかな?とってもふしぎだ。けど、やっぱりこのこともかくしておかなくちゃ。みんなにおしえてあげたいけど、だめ。その日は一日中うずうずしてた。でも、だれにもお月さまのことは言わなかった。
それから何日か、やっぱりお月さまは大きくなっていって、ついに虫かごに入りきらなくなっちゃった。だからぼくはお月さまをお庭にうめた。ぼくの家はアパート?だから、そのお庭にはいろんな人がくる。だから、とってもしんちょうに、だれにも見つからないように、はしっこの木のおくの土の下に、ふかくふかくうめた。あんまり何回も土をほってお月さまのようすを見るのもあぶないから、たまーに見に行くぐらいにした。やっぱり、だんだんお月さまは大きくなっていった。おもくなっていった。
そして、ついに子どものぼくではもちあげられなくなって、それっきり、ぼくはお月さまを見にいかなくなった。
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「おはようございます、課長」
「おう、おはよう。今日は大丈夫だったか、電車」
「いやあ、また止まってましたよ。なのでスカイレール乗ってきました。でもここら辺はまだインフラが行き届いてないですから、結局かなり歩くことになりますね。課長の方は?」
「俺は朝から重要な会議があったんでね。昨日から近くのホテルに泊まっていたよ。もう交通機関は信用できないからな」
「そうですね。こうも毎日毎日地震が起こりますと」
窓の外を眺める。空中には数十年前には予想もしていなかったような鋼鉄の蜘蛛の巣、建物は殆どが地面から少し浮いていた。かつてこの国に立て続き起こっていた地震は徐々に世界各国にも牙を剥き始めている。今や空中インフラの最先端をゆく我が国は各国の注目の的だ。それでも、いまだに完全な整備は実現されていない。破格の値段になって、周囲の批判に晒されながらも走り続けるローカル線も、まだ一定数の需要が存在する。
「こんな風に、変化を余儀なくされるんだな、俺たちは」
「そうですね。うちの業界だって、もう限界かもしれないですし。転職先、探しておいた方がいいんじゃないんですか」
「馬鹿言え。それを言うならお前の方だ。俺はそんな簡単に辞められねえよ。ったく、どうしてこんな破滅街道に足を踏み入れたかね、お前さんは」
皮肉に対して苦笑いを浮かべる新人社員を一瞥して、再び窓に目を向ける。科学の発展は偉大だ。これほどに人間は自身の世界を構築できるのか。そう最初は思っていた。けれど、今はなんだかそう思えない。寧ろ、この世界に急かされて、必死に足掻いているような、そんな感覚。
そんな世の中を今日も人々は必死に、一所懸命躍動する。その姿が、なんだか不思議なほどに眩しい。