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真心を伝える

 認知症の義母と行ったカフェで、年配の女性から話しかけられた。

 「うわぁー、ずいぶん久しぶりですねぇ。お元気そうで良かったー。私はSです。覚えてらっしゃらないかしら?ここでよくお話してたのよ。入院されたことは聞いていたけれど、それ以降お会いしてなかったから、どうされているか案じていたの。あー、会えて嬉しいわぁ。」

 義母がまだ認知症症状が軽く、歩行器を利用して自分で動けていた頃の知り合いらしかった。
 その後、義母は脳梗塞で入院し、そこから認知症症状が進んで車椅子生活になった。
 コロナ期でもあり、Sさんも暫くぶりにカフェへ来られたようだった。

 「私はSよ。あと、Oさんも一緒で、3人で話すことが多かったから、私たち、‘3ババァ’って呼ばれてたのよ。アハハ。知ってた?それから、このお庭をリハビリになるからと、頑張って何周も歩いたわよねぇ。私はSよ。お元気そうで良かったわぁ。本当に安心した。会えて嬉しいわぁ。」

 Sさんが、思い出話をされている間、相づちを打つのは私で、義母は、私が差し出すスプーンのバニラアイスを黙々と食べていた。

 「今日は本当に会えて良かったわ。私、ここに来るから、また会いましょうね。」
とSさんが席を立とうとすると、さっきまで何の反応も示さなかった義母が、
 「ありがとうございました。」とはっきり言った。
 突然の義母の言葉に、Sさんは目を見開いて驚き、そしてその目を潤ませながら、「嬉しい」と言って帰って行かれた。

 その後も義母は、規則的に口を開けて、静かにアイスクリームを食べきった。

 認知症の義母が、何も分からないわけではないが、やっぱりSさんのことは思い出せなかったのだろう。
 けれども、「私はSよ。会えて良かった。会えて嬉しい。」と繰り返し仰っていたSさんの、真心は理解できたから、「ありがとうございました。」の言葉が自然に出たのではないかと思う。

 私もSさんのように、自分が理解されようとされまいとも、真心を伝えられる人になりたいな、と思った。


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