「めんどくさい」に幸せがある: 出汁を科学する @所さんの目がテン! (元教授、定年退職260日目)
お茶から紐解く抽出の科学
先日、note の記事「知らずに通った寺が煎茶文化の・・・」で、煎茶の淹れ方に関して書きましたが、玉露を淹れる際にはさらに異なる手法が求められます。50〜60℃ という低めのお湯を用意し、煎茶の数倍の時間をかけてじっくりと浸出させます。この慎重な手順を守ることで、玉露特有の風味や香りを引き出すことができます。玉露は特有の香り、甘み、深いコク、そして出汁のような旨味(個人的 ?)が特徴的です。これは煎茶に見られるバランスの取れた渋みや甘みとは異なる味わいです。
このお茶の淹れ方は、化学を学ぶ者にとっても非常に興味深い題材です。なぜなら、これは化学用語でいう「抽出」という基礎操作そのものだからです。抽出とは、液体または固体の混合物を溶媒と接触させ、特定の成分を分離する操作のことです。例えば、化学実験では植物などの原料から有機溶媒を使って特定の成分を選択的に分離しますし、日常生活ではコーヒー豆からコーヒーを抽出する際にも同じ原理が使われます。温度、時間、溶媒の種類など、わずかな条件の違いが抽出される物質の種類や割合に大きな影響を与える繊細な操作です。
「所さんの目がテン!」が解き明かす出汁の奥深き世界
話が少し専門的になってしまいましたが、今回の本題である「出汁」の話に移りましょう。日本テレビ系「所さんの目がテン!」は、身近なテーマを科学的に解明することを目的とした、35 年続く長寿番組です。私の見解では、この番組は単なる生活情報番組を超えて、科学教育とエンターテインメントを見事に融合させた希有な番組だと考えています。所さんの独特なキャラクターも、番組の魅力を引き立てる大きなポイントです。(下写真もどうぞ)
和食は世界ユネスコ無形文化遺産にも登録され、その基盤となる出汁への注目も高まっています。最近では、羽田空港に設置された出汁の自動販売機が話題となり、街中では出汁専門店が増加しています。様々な種類の出汁パックも販売されており、私自身、通りかかるとよく立ち寄り、インスタントみそ汁などをいそいそと購入しています(笑)。(下写真もどうぞ)
出汁の基本的な取り方、出汁の効果、新しい料理の可能性
日本昆布協会のアンケートによると、最近では8割の人が顆粒出汁や出汁パックを使用しています。時間短縮の観点からこれらの商品の価値は理解できますが、番組では基本的な出汁の取り方を丁寧に説明していました。特に印象的だったのは、所さんの「めんどくさいところに幸せの入り口がたくさんある」という言葉で、この言葉は私の心に深く響きました。
(i) 昆布出汁の取り方は、主に以下の3種類が紹介されました:
・伝統的な方法:昆布を水に 30 分浸し、弱火で 10分 加熱する
・簡便な水出し法:麦茶ポットを使用し、冷蔵庫で一晩置く(下写真)
・スープジャー活用法:60〜70℃ のお湯を注ぎ、スープジャーで1時間保温する(下写真)
個人的にとても興味深かったのは、これら3種類の方法で取った出汁の成分が異なる点です。当初、単なる抽出効率の違いかと考えていましたが、番組内でアシスタントが実際に味を比較すると、全く異なる味わいが得られることが示されました。これは、抽出される化学成分自体が異なることを示しています。
(ii) 鰹節出汁の取り方:
・1リットルの水に 20 グラムの鰹節を使い、沸騰したお湯に 30 秒だけ入れる
・お湯をかけるだけでも出汁がとれる(下写真)
・少量を取る場合はドリッパーや茶こしを活用(下写真)
ここで興味深いのは、削り節を使用することで表面積を大きくし、極めて短時間で抽出することの重要性です。厚い鰹節で長時間煮出すと、異なる成分が抽出され、味わいが変化すると考えられます。
(iii) 出汁の効果と研究:
近畿大学の近藤先生らの研究により、鰹出汁には心を穏やかにし、満腹感を増加させる効果があることが明らかになっています。具体的には、鰹出汁は胃から食べ物を排出する速度を約 15% 遅くする作用が確認されています(下写真)。
(iv) 番組の後半では、出汁を使った料理の可能性も取り上げていました。
・出汁と油を組み合わせることで、より満足感のある料理を作ることができる
・昆布と鰹出汁の旨味の相乗効果を利用した新しいスタイルのパスタなど、和洋折衷の料理の提案
私は料理の経験がほとんどありませんが、定年退職により時間的余裕が生まれました。所さんの印象的な言葉に触発され、この機会に少しずつ料理を始めてみようと考えています(考えるだけ? 遅いスタートかもしれませんが・・・)。
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注1:日本テレビ系「所さんの目がテン」より