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「真綿」って、高級なコットンじゃなかったの? (元教授、定年退職228日目)

現役時代に、化学の授業で「化学繊維」について講義したことがあります。繊維業界は一見古い分野のように思われがちですが、実際には新しい機能を持つ繊維が今も次々と開発されています。たとえば、超極細繊維、形態安定繊維、ストレッチ繊維、光や温度で色が変わる繊維、体温調節機能を持つ繊維、吸水速乾繊維、防臭・防ダニ繊維、難燃性繊維など、多岐にわたります。私自身、ユニクロのヒートテックやエアリズムがなければ、冬も夏も快適に過ごせません。

<追記> ヒートテックは、4種類の機能性繊維で構成されています。吸湿発熱機能のレーヨン繊維、保温性の高いアクリル繊維、吸水速乾性のポリエステル繊維、ストレッチ性のポリウレタン繊維です(注1)。

また、天然繊維の特性を化学繊維で再現する研究も進んでいます。たとえば、絹のような光沢と滑らかさを持つポリエステル繊維の開発では、繊維の断面を丸形から絹と同様の三角形に変更し、絹独特の優美な光沢を実現しました。さらに、減量や不規則性の付与によりドレープ性と独特の感触を再現し、三角断面の先端にスリットを入れることで「絹ずれの音」まで表現しました(下写真)。その結果、絹と見分けがつかないほどの繊維が誕生し、かつ染色や洗濯が容易という利点も備えています。

三角断面の先端にスリットを入れることで「絹ずれの音」まで表現(注2)


先日、草刈正雄さんが出演する NHK BS の「美の壺」で「高貴な輝き  絹」という特集を見ました(タイトル写真、下写真:注3)。天然繊維についての知識が乏しかった私にとって、大変勉強になる内容でした。

NHK BS「美の壺」の特集「高貴な輝き  絹」(注3)

番組を見てまず驚いたのは、蚕の繭から繊維を取り出す工程です。繭を塩漬けにしてしなやかさや光沢を増し、その後15分ほど煮て柔らかくします。糸を取り出す際は、目的とする糸の太さに応じて繭の数を調整します。得られる糸は、セリシンを取り除き光沢を出した「絹糸」と、セリシンを残して自然な風合いを活かした「生糸」の2種類があります。生糸で織った「生絹(すずし)」は古くは装束にも使われ、その薄さと軽さが特徴です。(下写真もどうぞ)

蚕の繭(注3)
絹糸と生糸(注3)
糸を織っていきます(注3)
生糸で織った「生絹」(注3)

<追記> 蚕1匹から吐き出される糸は、重さわずか0.5グラムながら、長さは1200〜1500メートルにも及ぶそうです(注2)。


そして、長年私が高級なコットンだと誤解していた「真綿」についてです。「真綿で首を締めるように・・・」という言葉は知っていましたが、完全にコットンだと思い込んでいました。奥様が冬になると衣服の中に入れていた真綿も、単なる「良質なコットン」程度の認識でした。しかし、番組では時間をかけて真綿を説明しており、その内容に驚きました。

真綿は、蚕の繭をそのまま引き延ばして作られます。特に「袋真綿」は、その名の通り袋状で、結城紬の原料としても使われ、優れた着心地を生み出します(奥様の真綿もこれだったそうです)。職人さんの作業を見ていると、煮た繭を指で丁寧に押し広げ、5,6個の繭を重ねて袋状に広げていきます。春日祭の祭事で使用される真綿の禄(ろく)は、袋真綿を型にかぶせ、160センチまで伸ばし、それを90枚ほど重ねて一週間かけて仕上げられるそうです。(下写真もどうぞ)

袋真綿(上)と作成の作業(下)(注3)
春日大社での祭事と真綿の禄(注3)


番組の最後では、絹紙で日本画を制作する過程も紹介されました(絵絹)。絹紙は中国では紙より古い歴史を持ち、日本では平安時代から広く使われるようになりました。特に絹紙特有の「裏彩色」という技法が印象的で、番組では牡丹の花を描く様子が紹介されました。裏側から淡いピンク色を塗ることで、花の表情に独特の深みが生まれる様子がわかりました(下写真)。

裏彩色の技法(上)と花に独特の深みが出る様子(下)(注3)


私は化学繊維に関してはよく知っているつもりでしたが、この番組を通じて、絹についての知識がいかに不足していたかを改めて認識しました。天然繊維の奥深さを実感し、まだまだ勉強が必要だと痛感しました。


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注1:ユニクロ、ホームページよりhttps://www.uniqlo.com/jp/ja/contents/feature/masterpiece/product/heattech-inner/
注2:『よくわかる〜新繊維のはなし』林田隆夫著(日本実業出版)より
注3:NHK番組「美の壺」で「高貴な輝き 絹」より


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