イクラにGPSを!? 耳石温度標識が解き明かすサケの大回遊の謎(下): 元教授、定年退職200日目
先日、NHKの番組「FRONTIERS」で「サケ 謎の大回遊を追う!」が放映されました。前回はこの特集の前半を取り上げ、「イクラにGPSを!? 耳石温度標識が解き明かすサケの大回遊の謎(上)」という題でご紹介いたしました。今回はその後半、成長したサケの稚魚が沖合へ移動し、壮大な回遊を経て生まれた川に戻るまでの追跡をお届けします(タイトル写真:注1)。どうぞお楽しみください。
サケの大回遊:驚異の生命力で太平洋を横断
耳石温度標識による調査の結果、遊泳力を得たサケの稚魚はまずオホーツク海を目指すことがわかりました。そこでは、日本生まれのサケが全体の 55% を占めていることも判明しました(下写真)。オホーツク海は 10 月から 11 月にかけてサケに適した水温であり、まさに稚魚にとっては「ゆりかご」と言えるそうです。
しかし不思議なことに、オホーツク海で見られるのは1歳魚ばかりで、成長した大型のサケは見当たりません。調査の結果、オホーツク海の水深 50 メートル以深には大型サケが好まない冷水域が存在することが判明したのです。11 月を過ぎると、サケは北西太平洋に移動して越冬し、その後オホーツク海には戻らず、ベーリング海へ向かいます。
ベーリング海では、日本からの多くの耳石標識サケが見つかりました。しかも、1 歳魚だけでなく 2〜4 歳魚も確認され、ここがサケにとっての「成長の場」であることがわかりました。しかし、冬になるとベーリング海の水温もサケにとっては寒すぎるため、未成熟の魚は太平洋東側のアラスカ湾に移動します。国際共同調査で収集された 539 匹のサケのうち、15% に耳石標識が確認され、その標識の 37% が日本の北海道と本州からのものでした。日本のサケが太平洋を横断し、アラスカ湾まで到達しているという事実は、世界中の研究者を驚かせました(下写真)。
地磁気を頼りに太平洋を横断して北海道へ!
サケの驚異的な帰巣能力は、長年の謎とされてきました。ワシントン大学のクイン教授らは、サケが「地磁気」によって帰路を見つけている可能性を研究しています。水槽内でサケを自由に泳がせ、磁場の向きを変える実験を行った結果、サケは磁場の変化に応じて進行方向を変えることが確認されました(下写真)。
さらに日本の研究者もこれを裏付けるため、サケにデータレコーダーを取り付け、実際の太平洋横断と地磁気の関係を調査しました。その結果、サケの北海道への回遊経路が地磁気の全磁力線と一致していることが判明し、地磁気が重要な役割を果たしている可能性がさらに高まりました(下写真)。
生まれた川への帰還:どうやって記憶しているのか?
北海道周辺に到着したサケはその後生まれた川に帰るのですが、その精度は驚異的で、生まれた川を認識する割合(生まれた川の標識のあるサケ/標識サケ)は 98〜100% にも達します(下写真)。サケが川の匂いを頼りにしているという説が考えられていますが、現在のところ確たる証拠は未だ見つかっていません。それでもサケは、さらに生まれた流域まで戻るのです。そして、産卵し、次の世代へ命を繋いでいきます。
サケがつなぐ海と大地、温暖化がもたらす影響
番組では最後に、サケの生態系における重要な役割と、サケが直面する地球温暖化の影響についても紹介していました。
まず、サケは海で成長して海の物質を陸にもたらしています。具体的には、炭素・窒素・リンなどを運び込み、森の成長を促進するなど、陸の生態系を豊かしています。このようにサケは、地球の物質循環を担う重要な存在であり、海と大地をつなぐ架け橋と言えるでしょう。
しかし、近年の地球温暖化の影響がサケに大きな打撃を与えています。下図に示すように、1980年代と2010年代の海水温を比較すると、明確に違いがあります。特に、回遊で重要なアラスカ湾と北海道周辺で温度上昇が顕著です。過去には5000万匹のサケが帰還していましたが、現在では半分以下の2000万匹にまで減少しています。逆に考えると、サケは地球温暖化の影響を反映する指標種として非常に大切な魚であり、この研究の継続が強く求められます。(下写真をどうぞ)
このままでは、私たちが食卓でサケを味わうことが難しくなる日が来るかもしれません。地球環境を守るためにも、そして未来の世代がサケの恵みを享受していくためにも、サケの研究と保護は私たちにとって非常に重要な課題です。
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注1:NHK番組「FRONTIERS:サケ 謎の大回遊を追う!」より
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