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自意識の壁/僕はサロンに憧れてるわけで

人生の大半を自意識と共に歩んできた。あるいは今もである。

 数年前にダイエットに成功した僕は思いがけず美意識に目覚めた。子供の頃から変わらない髪型を変えてみたいと一念発起したのだ。伸びたら切るだけの変わらぬヘアースタイルとはおさらばして、己の美意識に沿った”スタイルとしてのヘアー”を確立するチャンス、それが今に思えた。新しい自分と出会える期待と不安を抱えて、人生ではじめての美容院(巷ではサロンともいう)に行くことを決意した。

 立川駅近くの大通りに面したその店は、全面ガラス張りで通りからも店内を覗くことができた。僕は入店をためらった。
 白壁に照明と太陽光が乱反射して溶け合い屋外よりもまぶしく感じる店内には無数の椅子と鏡が整列し清潔感がる。おしゃれ指数高めの美容師たち(巷では彼らを”スタイリスト”と呼ぶ!)が客と談笑しながらダンスを踊るように軽快にハサミを動かしていた。"スタイリング"である。oh...,アーバンだぜ。
 あまりに場違いすぎる。僕はひとまず店前を素通りした。とりあえず様子見だ。
 周辺をうろつき自分に念をかける。
(同じ人間じゃないか、同じ人間じゃないか、同じ人間じゃないか!)
 呼吸を整えて店に向かう。が、やはり入ることができない。自意識という名のATフィールドが店の前に張られている。僕にはそう感じる。再び素通りをした。
 瘦せたとはいえ、中肉中背でだるだるの映画Tシャツを着たむさい男が入ってきたらどう思うだろうか。「汚ねぇ奴が来やがった。みすぼらしい恰好で店の敷居またぐんじゃねぇよ。色気づいた勘違い芋野郎が猿山から降りやがって!」なんて思われたら最悪だ。流石にそれはないにしても、やはり「場違いな人」と思われるのは避けて通れない。
 自意識と格闘を繰り返し素通りを五周した頃、やがて僕は思った。
(日が暮れるまで続ける気か!扉を開けるだけでいいだ!なぜそれができない!)
 扉なんていくらでも開けてきたじゃないか。ただ開ける。それだけでいいのだ。僕は奮い立った。燃え盛る炎で自意識を燃やし尽くすのだ。
 作戦を練った。つまり彼らに馬鹿にされないような入店をすればいいのだ。あたかも普段からサロンに通ってる人間を演じればいい。背筋を伸ばし胸を張る。自信を感じさせる冷静さを保ち、場違いな人間ではないことをアピールする。店員に「色気づいた芋野郎」と感じさせなければいい。
 そうと決まれば早い。店に向かって一直線に歩を進める。歩みの途中から背筋を伸ばし、胸を張る。全身から「俺ってイケてる」オーラを放ち、かつ冷静に扉を開けた。開けられた!
 入店するとすぐにスタイリストの女性が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ!ご予約はされていますか?」
予約!?予約とはなんだ。床屋にも千円カットにも予約なんてなかったぞ。店で待ってちゃダメなの!?動揺がバレないように応えた。
「あーーー、予約がある系のサロンなんですね~」
 後から知ったが、全国のサロンは予約が一般的らしい…。
 スタイリストは予約していないと対応できない旨を伝えた。その瞳は(忙しいから早く出ていってくれ)と語っていた。僕はそれを(色気づいた芋野郎はとっとと山に帰れ)と解釈した。
 僕は舐められないように「あーじゃぁまた来ますね」と平静を装って返した。店を出ると全身から汗が噴き出していた。
 この汗がスタイリストにバレてないか、不安のまま帰路についたのだった。


 この話、たぶん、つづく

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