ウラル・フィルの思い出
(これは、私がときどき書く、クラシック音楽オタクネタです。それでもよろしいというかたは、どうぞお読みくださいませ。)
1996年10月24日㈭、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を聴きました。招待券ではなく、チケットを買って聴きに行きました。
考えてみると、私がはじめて教会というところに行き、キリスト教と出会ったのが、1996年10月20日ですので、その4日後だということになります。
指揮者は、ドミトリー・リスという人でした。
日本で、リス指揮ウラル・フィルが知られるようになったのは、2007年くらいの来日時だと記憶しており、さらに、2023年現在、リス指揮ウラル・フィルの、ラフマニノフの交響曲第2番のCDが発売されるらしいという情報を得て、この27年も前の演奏会のことを記事にする気になったのです。
当時のプログラムがここにあります。4つのプログラムが書いてあり、私が聴いたのは、Bプログラムです。
Aプログラムが、シューマン(チャイコフスキー編)の交響的練習曲の第9変奏と終曲、ギヤ・カンチェリの、交響曲第7番「エピローグ」、山田耕筰の交響詩「神風」、ラフマニノフの交響曲第3番。
Bプログラムが、チャイコフスキーの「道化師の踊り」、山田耕筰の「明治頌歌」、ギヤ・カンチェリの交響詩「悲しみの色の国」、ショスタコーヴィチの交響曲第10番でした。これを聴いたのです。
Cプログラムが、佐藤勝の「皇帝のいない八月」、伊福部昭の「SF交響ファンタジー第1番」、山田耕筰の「新しき土」、松村禎三の「深い河」、武満徹の「ノスタルジア」、プロコフィエフの「キージェ中尉」、ショスタコーヴィチの「ハムレット」です。
Dプログラムが、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲、チャイコフスキーの交響曲第1番と第4番。
こういうプログラムでした。10月22日にDプロで武蔵野市民文化会館、23日にAプロで東京文化会館、24日にBプロで東京文化会館、25日にCプロで東京文化会館、でした。
ラフマニノフの3番とどちらにするか迷った覚えがあります。打楽器の友人と一緒に聴きに行ったと記憶しています。
いずれにせよ、最も有名な曲がショスタコーヴィチの10番であり、あとの3曲は、珍曲であるとしか言えないと思います。
山田耕筰の「明治頌歌」は、篳篥(ひちりき)が出て来ました。オケのなかに篳篥が座っていて、音を出しているのです。篳篥の奏者は、八百谷啓という人でした。この演奏は、のちにCD化されたと思います。タワーレコードで見た気がいたします。
カンチェリの曲は、強烈としか言いようのないものでした。ひたすら強烈な音のカタマリだったと記憶しています。
ショスタコーヴィチの交響曲第10番は、最後の楽章で、ファゴットの人が落ちたと思います。リスは、終演後、ファゴットの人は立たせませんでした。最後のティンパニは、案の定という感じで、強烈にカミナリを落としていました。
このたび、27年のときをへてCD化される演奏では、ショスタコーヴィチの10番もあるそうです。27年以上前から、リスの得意曲であったようです。
このウラル・フィルは、当時、存命していた指揮者のロジェストヴェンスキーが、ロシア3大オケのひとつと言っていたという話でしたが、ほんとうだろうかと思うほど、あまりうまいオケではないという印象でした。とくに、ロシアのオケの木管はあまりうまくないという印象を持ちました。2007年の来日時にどうなっていたか、私は知りません。そして、今回のCD発売。できれば、ラフマニノフの2番は購入しようか、という気になっています。
ドミトリー・リスで検索しますと、名古屋フィルに客演したときの記事がヒットします。このころは有名でなかったかもしれませんが、長い時間をかけて、名声を築いていったらしいことがうかがわれます。
ウラル・フィルのリスの前の指揮者として、プログラムはアンドレイ・チスチャコフの名前を挙げています。ティシチャコフと表記してありますが。この、チスチャコフの指揮する新ロシア管弦楽団のラフマニノフ第2番の記事は書いたことがあります。最後にリンクをはりましょう。チスチャコフは若くして亡くなったようです。
それにしても、これらの公演がどのようにして成立したのか、このような珍しい曲ばかりで、無名のオケ、無名の指揮者で、どうやって採算を取ったのか、いま考えるとなぞです。しかし、いまでこそ、リスもウラル・フィルも有名になりました。このときしか聴いていないオケですが、27年のときをへて、CDで再会できることを楽しみにしています。CDは今月(2023年4月)の末に発売予定だそうです。
5月8日の付記。ラフマニノフ、買いましたよ!上の記事に書きたしました!
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