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中道はあっても中立はない。映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、現代アメリカでもし内戦(Civil War)が起こったら?というフィクション映画である。敵対するのは南北ではなく西部とホワイトハウスで、主人公たちはどちらの”側”でもない通信社の報道ジャーナリストだ。
中立な社会派エンターテイメント映画だと思うだろう。そう思って劇場に観に行った。でも観進めるほど頭に浮かんだのは、「中立」なんてそもそもこの世にあるのだろうか?だった。

©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

「Press(報道)」の文字が書かれたベストを着るジャーナリストたちは基本的には攻撃の対象外で、彼らは目の前で起こったことを瞬時にカメラで記録する。”基本的に攻撃対象外”とは言え、命を危険に晒しながら世の中に現状を伝えるわけだから、彼らの撮った写真や書く文章には値がつく。物語の序盤でキルスティン・ダンスト演じる報道カメラマン、リーたちが「金になるネタ」の話をしているが、他の人が撮れない・書けないネタであればあるほど危険であり、その分キャリア・名声という面も含め価値は高まる。

リーたちは身の危険を挺して激戦地であるホワイトハウスへ向かい、大統領に取材することを目論む。今現実に起こっていることを世の中に広く伝えることがジャーナリストとしての使命だからであり、それが彼らの仕事だからだ。西軍側でも大統領側でもない、中立な立場の人間として、ニューヨークを出発する。

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かつて私が大学時代に受けた映画評論の先生はフランス映画を特に専門としていて、ヌーベルヴァーグが映画史を変えたのは、スタジオを飛び出し、その時その一瞬の街や空気感を“まるで真空パックのように”映像に残した点だと言っていた。報道カメラマンたちが、銃弾が飛び交う中、刻一刻と変わっていく現状にシャッターを切り続けるさまは、先生のその言葉を思い起こさせた。
しかしそれと同時に去来したのは、映画のカメラは意図的だということだ。何をスクリーンの真ん中に据えるのか、魅せたいものをあえて端に寄せるのか、フィックスか手持ちカメラか、アップか引きかーー。映画は計画されている。他者(≒監督)の見えている世界、見せたいものがスクリーンに映っている。

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では、ピントを合わせる間もなくシャッターを切り続ける報道カメラマンたちの写真はどうか。目の前で起こる事象はアン・コントローラブルだ。内戦中の取材であれば、どちらかの側をカッコよく撮るなんてことよりも、その時自分の命を守ってくれる人の傍で、可能な角度から撮るしかないだろう。

でもシャッターを押す時、何千枚何万枚と撮った写真データの中からこれだという一枚を選び出す時、そこにはジャーナリストの意図が必ず入る。いくら自分はどちらの側にも立たない、中立だと主張しても、人種や出身地、生まれ育った環境など、それこそアン・コントローラブルな何らかのラベルを持たざるを得ない以上「誰から見ても中立な存在」なんてものにはなり得ないのだ。

(それを表すシーンのキーパーソン役をジェシー・プレモンスが演じているのだが、別の俳優が急遽出られなくなって、たまたま撮影現場に見学に来ていたところを妻のキルスティンが監督に紹介して出演が実現したらしい。自分が出演しない作品の見学に来ているなんて、本当にお芝居が好きなカップルなのだと思う。)

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ジャーナリストも、結局のところ個人である。メディア企業に属せば、その会社の編集方針に従わざるを得ない時もある。フリーであっても、経験や身を置いた環境がその人の視点を作り上げているのだから、「完全なる中立な報道」はおそらくない。

私たちは「中立」にはなれない。誰かが中立な情報を作って提供してくれる、なんてこともない。まずは諦めて、それを自覚するしかない。どちらかの、何らかの”側”に寄った情報をできる限りの数・幅で見て、自分はどう感じるのか、どうしたいのか意見を持つほかない。

映画の中で、グチャグチャに崩壊していく街の片隅で震えるキルスティン(MJ)の前にスパイダーマンのようなヒーローは現れなかった。しかし彼女自身が、”ソフィア・コッポラ・ガールズ”の後輩ケイリー・スピーニー演じるカメラマンを気にかけ、仕事を教えるヒーローでもあった。中立な存在はいなくとも、人間はお互い支え合える。

  • 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(原題『CIVIL WAR』) 109分

  • 公開:2024年(2024年10月4日 日本公開)

  • 出演:キルスティン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー等

  • 監督・脚本:アレックス・ガーランド


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