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女であることに飽き飽きしたクイアの映画「緑の夜」
「緑の夜」は、訳あり女2人の逃亡劇であり、女であることに飽き飽きしたクイアの映画だ。
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流行っているから観てみようか、と何となしに観始めたNetflix「梨泰院クラス」で、私がどうにも気になってしまったのはパク・ソジュンではなく、水色の髪のトランスジェンダー役をさらりと演じて見せたイ・ジュヨンだった。(過去作品を観るほどにはソジュナももちろん好きになったが)
「なまず」も「ベイビー・ブローカー」も観たけれど、彼女の真骨頂だと思ったのは主演を演じた「野球少女」だ。そこそこの埋まり具合の映画館で、そしてこの作品で、号泣していた観客はおそらく私くらいだっただろう。
以来、私は彼女のInstagramをフォローしている。(韓国語はわからないので、何を書いているのかは正直理解していない。彼女はよくハングルの書かれた画像をシェアする)
ある時、緑色に髪の毛を染めて、何かの撮影中と思しき投稿を上げていたように記憶している。何の作品だろう?日本でも公開されるのかな、と思っていたのが、この「緑の夜」だった。
冒頭10分くらいを観て、90年代のミニシアター系映画を彷彿とさせるな、と思った。まるでウォン・カーウァイの映画のような。ウォン・カーウァイの作品が映像から湿度や熱気を感じるとしたら、「緑の夜」からはソウルの冷たい冬の空気を感じる。寒色トーンに抑えた映像は、映っているものの雑多さや汚さと相反して、とても美しい。
水色の髪から緑の髪の女になったイ・ジュヨンは、相変わらず中性的な雰囲気と細い体躯をしている。傍若無人で突拍子もなくて、折れそうに細い体が心許なくて最高に危うい。やっぱり彼女、好きだなぁと思わずにはいられないハマり役だった。
緑の髪の女と対になるメインキャラクターは、超有名な中国人俳優のファン・ビンビン。ばっちりメイクとドレスアップでレッドカーペットに立つ印象が強かった(むしろ個人的にはそれしかなかった)が、ボロボロの姿とポニーテールに束ねただけの髪でも隠し切れない色香は、まさに薄幸の美人だった。俳優ってすごいなと、当たり前ながら感心してしまう。
韓国人と中国人、国籍もタイプも違う二人の女たちは、とあることをきっかけに行動をともにする。二人でいれば、男は必要なかった。どちらかが倒れても片方がいれば暴行されないし、何なら二人で気分よくもなれる。彼女たちには異性のパートナーがいるけれど、その存在は必須なんかじゃなかったのだ。
日本版のポスターには、「何を怖れているの?」の文字が並ぶ。女性に生まれたというだけで無意識に遠慮したり、異性を持ち上げてみたり、これが続くと正直うんざりする。彼女たちの逃亡劇は、「女とか男とかカテゴリの人生じゃなく、“私”の人生を生きて何が悪いの?」という、自由を求める脱出みたいだった。
「緑の夜」(英題:Green Night) 92分
公開:2023年(2024年1月19日 日本公開)
出演:ファン・ビンビン、イ・ジュヨン他
監督・脚本:ハン・シュアイ