ショートショート:寒の戻り、君の帰り
「いやー、寒いね。寒すぎるね。先週まで夏ってくらい暑かったのにさ。寒の戻りっていうやつ?にしても、時期が違うよね。ほんと、寒いね、もう5月になるっていうのに」
隣でまくし立てる君を、僕はぽかんと見つめた。君は少し前に旅立ったばかりじゃないか。
「来週にはゴールデンウィークだってのに、こんなに寒くちゃねえ。それまでにはまた温かくなるのかな」
「…ねえ」
「ん?」
「何、してるの」
「何って…。君としゃべってるんだが」
「そうじゃないよ、なんでここにいるのさ」
「ああ」
君は苦笑いした。
「帰ってきた」
「帰ってきた!?」
「寒さと一緒に戻ってきましたー、みたいな…」
「なんだそれ!」
「うーん」
君は説明してもいいけど、と話し始めた。
「基本、帰るのは夏休みって決まりなんだけどさ。夏はいろいろ、忙しいでしょ。実家にも帰らなきゃだし。他に行くところもあるし」
「そうなの?」
「こっちも大変なわけよ。そしたら、他にも同じような人がいてさ。夏以外にも帰れないか、って上にかけあってみたんだよ」
「そんなことできるの」
「ダメ元だったんだけどね。上も面倒くさくなったんだろうね。なんかさ、『じゃあ、しばらく寒い時期があるから、その間だけ帰って良いよ』って言ってくれたんだ」
「…そんな軽いもん?」
「案外ね」
「温かくなったら、また出発するの?」
「まあ、そういうルールだからね」
「じゃあ次は…、夏?」
「その予定。ここまで来られるかわかんないけどね」
こっちも大変なもんでね、と、君は再び言った。
そして、じゃ、と片手を上げた。
「え、もう帰るの?」
「まあね。時間も限られてるわけだし」
「でもまだ全然…」
僕の言葉を遮るように、君は人差し指を僕にぴっと向けた。
「思い上がるなよ。会いたい人は君だけじゃないんだから」
「…そっか」
「安心しな。もし時間が余ったらまた会いに来るから。寒いうちは」
じゃあね!と君は僕に手を振る。
そして、ドアをすり抜けて去っていった。
寒い間だけ、帰って来られるのなら。
もうしばらく、寒い日が続いても良い。
※フィクションです。
昨日は寒かったですね~。