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超短編小説:春は、まだ。
春めいてきたかと思ったら、この寒さ。冬はそう簡単に終わらないらしい。
「明日も雨らしいですね。週末からは気温もぐんと下がるみたいで。私、もうヒートテックは片付けちゃおうと思ってたけど、まだやらなくてよかったです。でも、コートはそろそろ重い色より明るめのやつが良さそうですね。オシャレな人って、この時期から春物を着るじゃないですか?あれって寒くないんですね。下に着込んでるんですかね。そこまでしないといけないのかなぁ。私だったら素直に寒いときはモコモコしたいですけど。それに、」
「はい、ストップ」
私は、向かいに座ってしゃべりつづける後輩を制した。
「あ、すいません、しゃべりすぎちゃって」
「別に。杏奈ちゃん、寂しいんでしょ」
トマトパスタをフォークに巻き付けながら言うと、ひとつ歳下の杏奈ちゃんは大きな目をもっと大きく見開いた。
図星かな、なんて微笑ましく思っていると、彼女は大きな瞳から大粒の涙をぽろぽろと零しはじめたではないか。
「え、どうしたの、ちょっと、」
予想外のことにおろおろしていると、杏奈ちゃんは涙を拭うことなく、睨みつけるようにこちらを見た。
「何…」
杏奈ちゃんは何かうめいている。真剣に耳をすませると、何とか聞き取れた。
「寂しいに…、決まってるじゃないですか」
淡い水色のセーターの袖で、杏奈ちゃんは乱暴に目をこすった。
「だって先輩、いなくなっちゃうんだし」
「いなくなるって言ったって、まったく会えなくなるわけじゃないんだから」
「でもでも、」
「新幹線で、ちょっとの場所でしょ」
「でも、いっつも一緒にいたのに…」
そして杏奈ちゃんはまた、涙を流し始めた。困ったなぁ、と思いつつも、フォークに巻いたままだったトマトパスタを口に運ぶ。冷めていた。たぶん、杏奈ちゃんの前のレモンクリームパスタも、冷めている。
「先輩、留年してください」
「それは無理」
なんでですかぁ、と杏奈ちゃんはまた泣いた。
大学の卒業式の、一ヶ月前。わんわん泣いている杏奈ちゃんをたしなめながら、こんなに別れを惜しんでくれる後輩なんて、今までいなかったよなぁ、とどこか冷静に思う。
同じ大学とはいえ、学部も学年もサークルも違うのに、なんとなく始めたスーパーマーケットのバイトで知り合った後輩とこんなにも仲良くなるんだから、人生ってわからない。面白い。
杏奈ちゃんはまだぐずぐずしている。
「泣き止みなさいよ」
「だって…、寂しいから」
「あと一ヶ月もあるし」
「一ヶ月だけですよ」
「会えない距離でもないんだから」
「でもしょっちゅうは無理でしょう?」
確かに杏奈ちゃんとは週に数回ランチに行ったり飲みに行ったりする仲だもんなぁ。
「春にはお花見もしてたのに…」
「あれ、お花見って言うの?」
桜が咲く公園で、深夜に缶チューハイを飲んで駄弁ってただけなんだけど。
「お花見…、行きたかった…」
「来月頃、咲いてるかもよ。そしたら見に行こうよ、最後に」
「最後とか言わないで…」
止まりかけていた杏奈ちゃんの涙がまた、溢れる溢れる。
結局、その後もぐずぐずしている杏奈ちゃんをあしらいながら、すっかり冷めたパスタを詰め込み、カフェを出た。
「寒っ」
「寒っ」
同時につぶやく。
「卒業まで毎日会いましょう」
「嫌だな、それは」
ようやく泣き止んだ杏奈ちゃんは、ずるっと鼻をすすった。
「鼻、かみなさいよ」
杏奈ちゃんに手を降って、曇り空を見上げる。春めいたかと思えば、また冷える。
春は、まだ。
あんなに泣かれるなんてなぁ。困るけど、悪い気はしないよね。
ぐずぐず泣いている杏奈ちゃんの顔を思い浮かべる。春はもう少し、先で良い。
※フィクションです。
山根あきら様の企画『青ブラ文学部』に参加いたしました。春はもう少し先ですかね。