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超短編小説:思考停止
「チカちゃん、てっしーと何かあった?」
訊いてしまってから、私の頭のなかを「しまった、また余計なことをした」という後悔が駆け巡った。鈍い頭をフル回転させて次の言葉を探す私を、チカちゃんはフルーツタルトのキウイだけぱくっと口に入れながら上目遣いで見て、にこっと笑った。
「何にもないけど?」
「…だよね」
あ、この返しも違ったかな。焦る私をよそに、チカちゃんはイチゴをつつきながら
「とってる授業も違うしさ、忙しそうだからあんまり会ってはないけどね」
と付け足した。
「そっか…、そうだよねー」
「ね、そんなことより木戸ちゃん、木南とは最近どうなのよ?」
カフェオレのカップを小さい手でぎゅっと握って、チカちゃんは身を乗り出した。
「どうって、まあぼちぼち…」
「何それ、聞かせて聞かせて!」
私と木南の話なんて聞いて、面白いの?チカちゃんは、てっしーの話を遮りたいようにも、本当にはしゃいでいるようにも見える。
「それにしてもさ、木戸ちゃんと木南の組み合わせって本当に意外だよね!」
「そうかな?」
「そうそう!ほんと、人間関係ってわかんない」
そっか。そうだよね。人間関係は変わっていくんだ。私と木南みたいに、チカちゃんとてっしーだって。
中高生とは違う、大学生のどこか希薄な人間関係は、私にとってとても楽なものだった。学部や学科はあるとはいえ、一年間ずっと一緒!みたいなクラスは無い。いわゆる友だちみたいな存在はあるけれど、みんなで同じ授業を選択するわけでもない。「ズッ友!親友!」みたいな展開はないが、煩わしいトラブルもない。…ある人にはあるのかもしれないけど。
それなりにみんなとつかず離れずの距離が保てるのは、ありがたかった。親密になりすぎて「アイツは空気が読めない」とか「一言多い」とか、聞こえる場所で陰口を叩かれることもないし。みんなを避けるつもりはないけれど、ほどほどの距離感を保ちたかった。
同じ学科のチカちゃんとてっしーこと手嶋ちゃんは、仲が良いみたいだった。よくふたりで遊んでいた。もっとも、ここ最近は一緒にいるのを見ないけど。私はチカちゃんともてっしーとも仲は悪くないが、特別良くもない。
そんな私にとって、木南は想定外の存在だった。同じ学科の、どちらかというと地味な男子学生。キド、と、キナミ、で番号が近いのもあって、オリエンテーションの時からお互いのことは知っていたけど、それだけ。のはず、だったのに。
なんとなく、くっついてしまった。
「僕、木戸ちゃんはただの声がデカい、何も考えてないヤツだと思ってた。でも、実はいろいろ考えて、悩んでるんだろ」
私はバカだから、木南のその言葉に、彼が私をわかってくれていると思ってしまったんだ。
「ね、木南ってクールっぽいけど、絶対優しいよね」
チカちゃんの言葉で、我に返る。
「頭良さそうだし、木戸ちゃんのちょっと天然なとこもカバーしてくれそう」
「そう…、かな」
「絶対そう!あんな人なかなかいないでしょ、離しちゃだめだよ」
木南と今の関係になってから、いろんな人に言われる。あんな人、いないよ、って。木戸ちゃんにはぴったりだよ、って。本当に?本当に木南は私にぴったりなの?
「そうだ木戸ちゃん、この後暇?」
いつの間にかタルトを食べ終えていたチカちゃんは、カップを持ちながら尋ねた。
「暇」
「じゃ、カラオケ行こうよ!」
唐突なカラオケ。
「うん、良いよ」
「良かったー!木戸ちゃん声デカいから、一緒に歌ったらスッキリしそう」
なんだ、その理由。
「他には誰か誘う?」
てっしーとか、と続けようとしたけど、
「今日はふたりにしよ!」
と、遮られてしまった。
ふたりでカフェを出て歩いていると、チカちゃんはぽつりと言った。
「木戸ちゃんってさ、カレシできてもちゃんと友だち付き合いしてくれるよね。だから、好き」
だから、好き、か。
変わらず付き合うから。
声がデカいから。
何も考えてなさそうだから。
でも、僕はわかってるよ、とか?
木南の顔が脳裏に浮かぶ。
あー、めんどくさ。
こんなに考えているのに、結局私は「声がデカくて何も考えてない木戸ちゃん」で妥協しているのだ。
それってつまり、何も考えてないってこと?
まさかね。
※フィクションです。
自分を偽ってる、つもり?
シリーズ、とまではいかないけれど、同じ大学を舞台にしたお話がいくつかあります。すべて一話完結。ハッシュタグからご覧になれます。