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小説:変異(下)

↓↓ 変異(上)


 現場にいたのは、たいしたことない、2メートルほどのウサギが1羽だけだった。遠距離部隊が出てくるほどでもない。でかいだけで、あまり害はなさそうだ。気の毒な気もするが、このまま放置するわけにもいかないので駆除を開始する。
「キリヤマは向こうの2人と脚をねらってくれ」
「はい!」
 短剣を握りしめたキリヤマは、別の隊員の方へ走っていく。俺はウサギの心臓の位置を確かめた。向こうで、脚をねらう隊員たちがうなずいている。
 そこからはあっという間だ。
 ウサギの脚を攻撃して動きを封じたのち、俺が胸を切り裂く。ウサギは断末魔のようなものをあげてぐったりと動かなくなった。慣れてはいるものの、嫌な瞬間である。
「すごい…、速いですね」
 ふらふらとキリヤマが近付いてきた。大量の返り血を浴びている。
「こんなもんだよ」
「そうなんですか?」
 キリヤマは何か話したそうにしている。しかし、相手をしている場合ではない。俺にはまだ仕事が残っている。
「この後は報告書の作成もあるからさ、先に戻ってろ。こっちよりも大変な仕事だぞ」
「マツムラさんは?」
「俺もすぐに行く」
 まだ何か言いたげだったが、キリヤマはうなずくと去っていった。もうすぐ調査課が到着する。その前に俺は、ウサギの毛と肉片を拾い上げると、持っていた試験管につめこんだ。

 あんまり遅くなるとキリヤマに怪しまれる。俺は少し急ぎ気味で調査課のあるフロアへ向かった。
「マツムラくん、待っていたよ」
「お待たせしました」
 すぐにオオニシ博士が出迎えてくれる。俺はさっと試験管を渡した。
「ありがとう」
「いえ」
 よし。これで『俺の仕事』は完了だ。あとは自分のフロアに戻って…、
「マツムラさん?」
 声がした。振り向くと、キリヤマ。
「ここで何してる?」
「マツムラさんこそ、何してたんですか。今、調査課に何か渡してませんでしたか」
 …見られていたか。
「別に」
「変異生物の一部じゃないんですか?」
 ああ、面倒だな。やっぱり見ていたのか。
 というか、きっと俺のことを監視しているつもりなんだろう。
「変異生物の採取が認められているのって、調査課の人間だけですよね。どうしてマツムラさんが持ってたんですか?」
「…別に。ただの俺の仕事だよ」
「どういう意味ですか?」
「俺は、俺の仕事をしたまでだ」
「…もしかしてマツムラさん、変異生物に関係してる人間なんじゃないんですか」
 どうやら、お得意の陰謀論を出そうとしているらしい。俺は黙って聞くことにした。
「変異生物の発生って人間の仕業なんじゃないんですか。マツムラさんもそれに加担してるんじゃないんですか。だから勝手に細胞を採取して調査課に渡してたんじゃないんですか。誰に渡してたんですか?その人も協力者ですか?それに…、」
「おい、ケント・キリヤマ」
 キリヤマの陰謀論を遮る声がした。キリヤマの喚き声を聞きつけてか、いつの間にかたくさんの野次馬がいる。声をかけたのは、人事課長だった。
「今の話は何だ」
 一瞬ひるんだような顔をしたキリヤマだったが、開き直ったのか大きく息を吸い込み、一気にまくしたてた。
「僕わかってるんです!誰かが変異生物を作り出しているんでしょう?人類の平和を滅ぼそうとしている人間がいるんですよ!そんなこと許されますか?そしてマツムラさんはそれに加担しているんです!僕は見たんです!マツムラさんは人類の敵かもしれないですよ!」
「本当か、マツムラ」
「いいえ」
 俺は淡々と答えた。
 真面目な中堅職員の俺と、すでにやらかしているキリヤマ。人々がどちらを信じるかなんて言うまでもない。
「キリヤマ、お前の話はマツムラに対する侮辱行為と見なすぞ」
「そんな!僕の話も聞いてください!」
 誰もキリヤマの話を聞く者はいない。残念だが、そういう世界だ。
 真実かどうかよりも、信頼とイメージがすべての世界なのだ。
 屈強な男たちにどこかへ連れていかれながら、キリヤマはわめき続けていた。
 ふと、野次馬の中にオオニシ博士がいることに気付く。俺と目が合った博士はにやりと笑った。

 よかった。計画通りだ。

 ケント・キリヤマよ。今回はお前の負けだ。
 でも、なかなか鋭い若者がいるものだ。
 キリヤマの唱える『陰謀論』は、あながち間違いではない。

 実際、変異生物は人間の手によって生み出されている。
 もちろん、変異生物が発生し始めた最初の方は本当に原因不明で、勝手に生まれてきていたものだった。しかし、何年も研究していればさすがにどういう誕生の原理なのかも解明されている。原因はいたってシンプル、人類の出す有害物質により生物の細胞や遺伝子に影響が出ただけだ。
 防ぐ方法だって、とっくに編み出されている。
 では、なぜ防ごうとしないのか。
 これもシンプル。
 俺たちが食っていくためだ。
 変異生物が現れなくなると俺たちの仕事はなくなる。
 しかし、研究が進み、変異生物の謎が解き明かされるころには、組織はあまりにも大きくなりすぎていた。「変異生物がいなくなったので、この法人は解体します」となれば、困る人間が増えすぎていたのだ。
 つまり、変異生物駆除の組織を保つために変異生物を生み出している、ということだ。

 なんというくだらない理由だろう。
 このことを知っているのは、組織のごく一部。一部の管理職と、数名の調査課、そして数名の環境保全課の近距離部隊のみ。
 俺のような近距離部隊が変異生物の細胞を採取し、繋がっている調査課の人物に渡す。受け取った調査課の人物はそこからクローンを生み出し、適当な場所に放つ。それが俺たちの仕事だ。

 一部の人間の金のために、多くの一般市民が変異生物の被害を被っているのは嘆かわしいことである。計画に加担しておきながら、腐った社会だと思っている。しかし、俺には何もできない。俺は俺の仕事をするだけだ。俺だって食っていかなければならないのだ。すべての人間の平和よりも、自分の明日の方が大切なのだ。

「マツムラ、災難だったな!」
 いつの間にか近くにいた同僚が肩を叩いてきた。
「ああ、本当に」
 災難だったな、ケント・キリヤマ。
 しかし、この国にはキリヤマのような、『陰謀論』とはいえ、鋭い考えを持つ若者が存在しているのだ。変異生物がいるのも、変異生物を倒す人間がいるのも当たり前だと思っている人間にまみれているなか、変異的な鋭い感覚を持つ若者たち。彼らがもっとうまくやれば、この腐った世の中を変えられるはず。
 キリヤマのような人間がもっと巧妙に俺たちの謎を解き明かせば…。

 この国の未来は、明るい。


(終わり)



#原曲のある小説


※フィクションです。

 BGM Infighter / Snow Man
 全然詳しくないし、特にファンというわけではないですが、一時期この曲にドはまりしていました。独特のダンスとメロディが癖になるんですよね。
 今回の『変異』は、この曲を聴いていてふと浮かんだものです。タイトルはそのまま『Infighter』にしようかだいぶ迷いました。
 曲の解釈というわけではないので、悪しからず。


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