最高のカミングアウト(の受け止められ方)
今では、ビジネスでもプライベートでも、
ゲイであることをオープンにしてるのだけど、
やはりビジネスシーンでの自己開示は難しい。
仲の良い同僚には、「実はさ」と打ち明けていたけど、
会社には特段、何も伝えていなかったから、
その瞬間は、不意に訪れた。
ボスが「ちょっといい?」と会議室を指さして、
僕は、何となく嫌な予感があったけど、従った。
会議室の椅子に座るや否や、ボスは口を開いた。
「名古屋に転勤してくれへん?」
…そういう相談と打診か…。
「断る権利はあります…?」とおずおず尋ねると、
「もしお前が嫌なら、断ってもええ」とボスは頷いた。
※ボスは関西人なのだけど、発言の関西弁は記憶だより。
だから、もしニュアンスが違ったら、ごめんなさい。
それから数か月が経った頃、またボスに呼ばれた。
「仙台のチームのマネジメント、お願いできへんかな?」
…名古屋の次は、仙台か…。
僕はその頃にはもう、今のパートナーと同棲をしていて、
家賃も折半していたから、単身赴任はちょっと嫌だった。
「ボス…、実は今、同棲をしていてですね」
そう打ち明けると、陽気なボスは、ぱーっと笑顔になった。
「なら、このタイミングで結婚したらええやろ」
僕は、静かに息を吐き切って、腹筋を引き締める。
「結婚できたらいいんですけど、できない人なんです」
―――沈黙。
「あ、何? そういうこと?」
「すみません、隠すつもりはなかったんですが、ゲイなんです」
「おぉぉ」
―――さて、ここから、どうするか。
僕は基本的に、いつでも、シミュレーション王で、
あらゆる選択肢と可能性を、常に描く癖がある。
相手の次の一手を見て、それに適切な反応を選ばなくてはいけない。
「そうか、そうか。わかった」
ボスは陽気に言った。
ここからが理想のカミングアウトの受け止められ方なのだけど…
「そら、大変やな。普通の単身赴任とはわけが違うからな」
そんな前置きがあって、ボスは続けた。
ここからは、僕の表現力のなさでニュアンスを損ねたくないので、
標準語にすることを許してほしいのだけど
こんなことをボスは言った。
「君だけ特別扱いをするわけにはいかない」
「でも、皆が“この人は東京にいた方がいい”と思う環境を創ればいい」
「だから、東京で圧倒的なパフォーマンスを発揮しなさい」
「そうしたら、他の人とは異なるキャリアを、自分らしく歩めるから」
こうやって文字にしてみると、4行だけど、
僕は、とても嬉しくて、さっき引き締めた腹筋より奥から、
温かい気持ちがこみあげてくるのを感じていた。
狭い会議室で、僕はボスに感謝を伝えて、詫びた。
「ありがとうございます。そして、すみません。
今まで、隠して黙っていて」
翌週には、役員陣が皆、知っていたらしくて、
それはそれで、アウティングというNG行為なのだけど、
僕は、それはあまり気にならなかった。
特別扱いをしない、と約束してくれたうえで、
平等に機会をもらえると、知ったこと。
それから、僕はがむしゃらに働くようになって、
ボスの言ったとおり、自分だけのキャリアを歩み始めた。
今から振り返ること、6年ほど前のことだ。
ボスにカミングアウトした数週間後、僕は会社内で
正式に?カミングアウトして、
関係者全員が、「へー」と、その事実を受け止めた。
勿論、そこから色々な出来事はあったし、嫌な思いも皆無ではなかったけど、
でも、そこから自分らしい人生を歩み始めたのは事実だ。
トメが我が家に来る、ずっとずっと前のこと。
ずっと忘れない、あの狭い会議室のカミングアウト。