テストパターン『アプレ・ミディ』を私的リマスターをしてまで聴いている編集者の熱狂とリサーチの現在地
アルファレコードのカタログでは、そもそも発売すらされなかったリンダ・キャリエールほどではなくとも、かなりレアで高額取引をされている1枚があります。細野晴臣と高橋幸宏がアルファ内に立ち上げたYENレーベルから発売された、テストパターン(TESTPATTERN)『アプレ・ミディ(APRES-MIDI)』 です。
そもそもどんなアルバムなのか?
1982年発売なので、今年で40周年。比留間雅夫と市村文夫のふたりによるラウンジテクノ、いや、”ブリリアント・テクノ”が10曲入ったアルバムです。レコードではA面にヴォーカルもの、B面にインストが入っています。
アルバムのプロデュースは細野晴臣がつとめ、1曲で細野がアレンジも担当。2曲に市村文夫の名前が共作掲載されているだけで、すべてを比留間雅夫が作詞作曲していますね。
テストパターン『アプレ・ミディ』YEN YLR-22001
1.Crescent Moon
2.Souvenir Glace
3.Beach Girl
4.Sea Breeze
5.Modern Living
6.Ring Dance
7.Catchball
8.Techno Age
9.Ocean Liner
10.Aeroplane
マニア心をくすぐるポイント。
近年のシティ・ポップや、アルファ・レコードがソニーにより再出発する以前から高騰しているテストパターン『アプレ・ミディ』。
一方で、この1枚について「いいよね!」と雑談できたことって、1度しかないんですよね。(しかも、こんなブログでは書けない超大物音楽家の方・・・)
だから世間的にどう評価され、価格が高騰し、、、というロジックが僕には話せない状況なのだけど、端的に書くと、
(1)シンプルに音楽としてよくできている
(2)一瞬しか活動しなかったレア度
(3)再発機会が少ないレア度、そして高騰状況
なのかなと思います。
(1)シンプルに音楽としてよくできている
細野晴臣を網羅しているウェブサイト「Hosono Archaology」には、当時の雑誌の引用が出ています。(引用はしないのでページへどうぞ)
経緯としては、デザイナーだった比留間雅夫が細野にデモテープを渡したことがきっかけだったとされますが、実際、比留間はカシオペアなどアルファレコード所属アーティストの作品でジャケットデザインを担当する立場でした。
「Hosono Archaology」が引用している当時の関係者発言を見ると、そのデモテープをもとにしたプロダクションで生まれた作品ではあるようですね。
細野が当時プロデューサーとして関与した諸作と比べて、僕が感じるのは、1960年代のポップスからの引用が目立つことです。
たとえば冒頭の『Crescent Moon』という曲、僕はこの1曲に魅了されて高額なレコードを買う決心がついたのですが、使っている機材はシンセサイザーのみであるにも関わらず、そこにはジョン・セバスチャンやブライアン・ウィルソンの世界観を感じます。
メロディーは、YMO『Simoon』に影響されまくりじゃん、といったところではありますが(笑)
細野がアレンジで関与したとされる『Beach Girl』を初めて聴いた僕が思い出したのは、パレード『Sunshine Girl』でした。コーラスの歌詞から見ても、そうなんじゃないかな・・・と思うんです。
プロフィット5とリンドラムとエミュレーター。おそらくほとんど、この3つの機材でつくったのではないかというLPですが、手法にシンセ・ポップを用いつつも、20年越しのラヴィン・スプーンフルやビーチ・ボーイズやA&Mレコードの再解釈を試みた。その設定が僕にはたまらないものがあります。
ちなみにアルファレコードはA&Mレコードと提携していたわけですから、この作品はひとつレーベル音楽史の「大団円」ではあったのかもしれません。
また音盤化されていない模様ですが、比留間雅夫と細野晴臣が1984年に出演したテレヴィ番組で『雨に唄えば』のカヴァーが一部披露されたことがあります。(なぜか市村文夫は不在。というか、おそらくほとんど比留間雅夫のソロユニットだったのでは・・・)
やはり長年愛されてきたポップスを、シンセ時代に再解釈して提案する。その一面はテストパターンの重要なテーマだったのかもしれません。
一方、後半のインストゥルメンタルサイドで、特に愛聴しているのが『Ocean Liner』という曲です。
浮遊感あるシンセサイザーの音が流れる楽曲で、特に先述のようなアメリカン・ポップスとのつながりを感じるものではありませんが、後のヤン富田や砂原良徳の飛行機への言及や、ミッキー・ムーンライト『Changalaxy』を僕は思い出しました。
細野晴臣の『エア・コン』との類似を感じさせますが、それは江戸川橋LDKスタジオに設置されていた同じ機材を使ったからかもしれません。(アルバムを通して細野の『フィルハーモニー』で聴いた音色と同じ、あるいはかなり近いものが登場します。)
長くなるのでこの辺にとどめますが、アンビエントとも、 トイポップとも言える、世界観。ラヴィン・スプーンフル、ビーチ・ボーイズ、パレードを彷彿とさせるポップの持ち込み方。抽象的だけど明るくて、わかりやすい。そのバランスが仕事のBGMにも最高なのです。
(2)一瞬しか活動しなかったレア度
テストパターンがリリースしたLPは、とうとう『アプレ・ミディ」だけでした。その他は、YENレーベルが当時発売したオムニバス・アルバムへの提供ぐらいしかなく、それもわずかな曲数しかありません。(詳しくはDiscogsへ)
たとえば、僕は年末に『Yen Manifold Vol. 1』というアルバムを購入しましたが、そこには『RYUGU』と『FRIDAY』の2曲が収録されており、アルバム未収録曲の入門としてはコスパがいいです。(ただしバラ売りでのCD再発はなし、レコードはプロモ盤のミント・コンディションを6000円で買いました。)
1984年6月(YouTubeの記載による)には比留間雅夫と細野晴臣がテレビ出演をしています。そこでは先述の『雨に唄えば』のカヴァーと、外国人女性ヴォーカリストを迎えた『WATSHI NO SHONEN WA NIHONJIN』が披露されました。
ただし音盤化された記憶がないのが残念です。特に『WATSHI NO SHONEN WA NIHONJIN』は、後の野宮真貴やRHYME SOと通じる世界観で、かなり先鋭的でテストパターンの新境地を示す作品だったのではないでしょうか。
この1984年を前後にアルファレコードには大きな変化がいくつも訪れます。川添象郎と村井邦彦の退社、YMOの散開、そして細野晴臣も高橋幸宏も移籍。テストパターンの拠点であったYENレーベルも、1985年には幕を閉じます。
この変化に飲み込まれるように、テストパターンは消えていってしまったようです。(少なくとも現在手にできる書籍や信頼できるウェブ情報ソースを参照する限り、そう見える。)
YENレーベル以降に、テストパターンが移籍して楽曲をリリースした記録は残っていません。(比留間雅夫名義の音楽活動はわずかながら続き、最後は1993年に確認されています)
またインクスティック芝浦ファクトリーでライヴを行ったという記録もありますが、その証言や録音物もほとんどない状況です。
テストパターンはどうしてしまったんだろう?
比留間雅夫と市村文夫は、いま、何をしているのだろう?(そもそも存命なのだろうか?
そんな謎が多く、作品が少ないというのが音楽ファンの好奇心をくすぐるポイントになっているのは確かです。
(3)再発機会が少ないレア度、そして高騰状況
1982年に原盤としてアナログレコードが発売された以降は、1990年にワーナー・パイオニアに販売権があったアルファからCDが再発されたぐらい。
ソニーがアルファの配給をするようになった数年後の2009年、再発が試みられたものの頓挫。その頓挫の理由はオーダーメイド生産での再発が試みられたものの、じゅうぶんな予約が集まらなかったことでした。
では、最後にオフィシャル販売されたのはいつかというと、1996年、東芝が配給をしていた頃のアルファがリリースした『YEN BOX, VOL.1』の中身として。ボックスの一部としては26年前が最後。単品としては、32年間、廃盤です。
先述の2000年代初頭の頓挫した再発の頃は、まだいまのように、カルト化していなかった印象でした。僕も名前は知っているけど、買うほどじゃないな・・・と思ってましたし。当時の復刻予約の進捗は、こちらに記録が残っています。
その再発が計画される3年前には、1990年発売のものと見られるCDを2400円で落札した記録が残っているのですが、現在より10000円〜20000円の相場価格の差があります。
また廃盤モノをどうしても聴きたいときの頼みの綱であった、今はなき御茶ノ水のレンタルショップ「ジャニス」には、この1990年版CDが在庫されていましたが、レア盤に適用される特別価格ではなかったはず。(『YEN BOX, VOL.1』はレンタルなのにめちゃくちゃ高額だったような・・・)
しかし、知らぬ間にレコードもCDも価格が高騰していき、僕が2015年にアナログを購入したときの価格は24000円。(ちなみにミント・コンディション、帯付き、ライナー完品。)
比較的、渋谷のレコードショップやヤフオクで見かけることは多いのですが、状態がVG+程度のものでも15000円〜18000円前後の価格がついているようなので、高嶺の花になっているのは明らかです。(落札相場をいくつか追跡できるリンク)
最近のアルファレコードへの再注目、そして40周年という節目を鑑みるとリイシューされそうだし需要もある気がするけれど、なかなか実現しないですね。
プロデュースをした細野晴臣が、岡田崇とともに一時、再発を見据えた準備に着手したとラジオで話したこともありました(2015年)が、その後にアップデートが報告されることもありませんでした。
ご本人が亡くなられている、と細野がラジオで言及したという話も聞いたのですが、ソースを失念してしまった・・・ので、風のうわさとしての言及にとどめます。
プライベートリマスターをして聴いている
できれば、ストリーミングサービスやデジタルメディアでのリマスター再発、更に願えばアナログ盤もプレスしてほしいですが、「これはもしや難しいのでは・・・」という雰囲気。
一方で、このまま愛聴し続けていると、アナログ盤の音溝がすり減ってしまいます。
ならば。
個人観賞用リマスターをしようと決めました。
オリジナルのレコード盤もありますが、かなり状態のいいものでないと理想的な音質にはできないのではないか。そう考え、年明けに1990年に発売されたCDをヤフオクで落札しました。(ちなみに良好な状態で、12500円。)
さっそく聴き比。
CDはクリアさにおいて勝ってるものの、アナログ盤よりもヒスノイズが目立つ気がする。
そもそものマスターテープ(たぶんSTUDIO Aではないので、3Mのデジタルではないと思う)が完成してから8年後に再生したCDだし、リマスター記載もないから手抜き再発だったのか・・・
どちらをソースにするか悩み、とりあえず1曲、『Crescent Moon』をアナログ盤もCDも、iZotope RX9 AdvancedとApple Logic Proに読み込んでみました。
結果的に、素人に毛が生えたレヴェルの僕が扱いやすいのは、CD。
まず全曲を16bit / 44.1khzのWAVにして、スタンドアローンのiZotope RX9 Advancedに読み込んで、軽く音を整えました。
その後はLogic Proでやろうと思いつつも、Ableton Live 11 Suiteのほうが、僕はWavesのプラグインを扱いやすく感じたので、そちらで作業。各曲にAbleton純正エフェクトのEQやUtilityを挿しつつ、主にWavesのプラグインをメインに使って、ゲインやワイド感の調整をした感じです。
そして最後に、Ableton LiveとWavesでの作業で、また目立ってきたヒスノイズをRX 9 Advancedで除去し、24bit / 44.1khzのWAVを書き出し。そのデータをApple Losslessにコンバートしたものを、AppleMusicのライブラリに加えました。
これで、iPhoneでも、Macでも聴ける!
レコード盤の劣化の心配もなし!
こういった個人観賞用リマスターは趣味としてディープだけど、音楽体験としては極上です。
諸事情でリマスターが不可能であろう作品ほど、やり甲斐がありますよ。フリッパーズやピチカートのようなサンプリングで難しい諸作品や、再発以降のリミックスやリマスターが不評な作品などをやってます。
そして僕が買い集めている1950年代のラウンジミュージックのCDや配信って、結構ひどい板起こしを平然とリリースしている場合が多いんです。だから、これはDIY的な趣味として、とても意義がある。
(ただしもちろん、誰にも一切聴かせられません。家に遊びに来ればね・・・ただし我流の素人仕事なので・・・)
犬も聴きたいテストパターン
最後に
この先、僕はアルバム未収録曲のリマスターもしていきたいなと考えているところです。収集できる範囲で、テストパターンを掘り下げ、自分自身が気軽に聴けるようにしておきたい。
もしオフィシャルな再発が叶うなら。CD、ハイレゾ、サブスク、アナログで展開してほしいですね、、、難しいだろうな。
アルバム未収録曲や、細野晴臣がリサーチしていたときの成果(未発表音源?)もあわせて、、、難しいだろうな。
最近再発になったスウィング・スローのように、ミックスダウンをプロデューサーの細野がやり直した音源もつけて、、、難しいだろうな。
当時の雑誌での記録、細野の解説、ともにリサーチを一時進めていた岡田崇の解説をブックレットにして、、、難しいだろうな。
いや、でも、いまはアルファレコードの再ブランディングがすすみ、Face Recordsなどシティ・ポップを多く取り扱うレコードショップとの連携も動いているようなので、ワンチャンなにか起こりうる気もしています。(ただの願い。笑)
だいたいの音源はYouTubeなどに違法ですがアップロードされているので、CDやレコードの高騰で入手がつらい人も聴いてみるといいでしょう。いろいろ人によっておすすめは割れそうですが、僕は、まず『Crescent Moon』をぜひ聴いてほしいかな!