『香織の変心1』

 香織は小さな頃から、思い立った事はなんでも実行に移してきた。周囲にとやかく言われようと、まずはやってみる。そういう生き方をしてきた。
 例えば旅に出たいと思えば、一人で青春18切符を使い、一週間帰ってこないようなこともあった。
 そんな香織は高校受験を控えていた。成績優秀な香織が目指しているのは難関校だ。当然勉強に専念したいところだが、美人な上に性格もサバサバしている香織には、言い寄ってくる男子が多い。正直面倒くさい。今は放っておいてほしい。受験勉強で彼氏どころではない。  
 そこでどうすれば男子が言い寄ってこないかを考えた。無視するのは気が引ける。そして鏡の前で考えていた時に閃いた。髪を切っちゃおう!ロングの髪をバッサリと切って、男の子みたいにしてみよう。そうすれば言い寄られる事もなくなるだろうし、勉強にも専念出来るだろう。
 そうと決めたら行動は早かった。生来の行動力がここでも発揮された。長い髪を切る事にためらいはなかった。
 まずはどのくらい切るかと考えた。普通のショートでは、また言い寄ってくる男子がいるかもしれない。そんなことがないように、今までにないくらい、思いっきり切ることにした。ベリーショートにして、後ろは刈り上げよう。そこまでしてしまえば、言い寄られる心配もないだろう。髪なんてすぐに伸びるし。今は受験の方が大切だ。
 翌日美容院に行き、刈り上げのベリーショートを注文した。何度も切っていいのかと聞かれたが、迷わずにいいですと答えた。
 長い黒髪はザクザク切られ、すぐにボブになった。その後もどんどん切られていき、やがてベリーショートになった。こんなに短いのは記憶にない。思わずケープから手を出して髪を触った。
 そして美容師はバリカンを手にした。ちょっとドキッとした。「長さはどうしますか?」と聞かれたので、「短くお願いします」と答えた。「では3ミリにしますね。」3ミリがどの程度の短さなのか分からなかったが、短ければいいやと思った。                

 初めてのバリカン。下を向かされてバリカンが襟足に入った時は、思わず「キャッ」と声を出してしまった。髪が根本から刈られていく感覚。不思議だった。運動部の友達の中には、刈り上げにしている子もいる。いつもこんな感じだったのかと思った。
 後ろが終わると耳周りにもバリカンが入った。隠れていた耳が出された。そして完成した。別人だった。服装を変えれば男の子にも間違えられるだろう。鏡を見せられると、襟足も青白かった。触ると、ジョリジョリした。なんだか気持ちがいい。サッパリした気分になった。
 次の日、学校では大騒ぎになった。女子からはあれこれ質問された。「どうしてこんなに切っちゃったの?」「もったいない」「刈り上げはバリカン?」「触ってもいい?」等。男子からは、あからさまに落胆して目で見られた。これで受験勉強にも専念できるだろう。
 しかし一つだけ、心に引っかかるものがあった。あの初めて経験したバリカンという器具…。刈られている時、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろあの感覚が、気持ちいいとさえ思った。そういえば、野球部の男子が何かの時に「バリカンは気持ちいいぞ」なんて言っていたっけ。こういう事だったのか…。騒ぐ級友をよそに、そっと襟足を触り、一人ほくそ笑む香織であった…。

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