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淀み

人と接する都度それは訪れる。
意思疎通の食い違い

自分の考えるアイディアや発想は大きく壮大に広がって興奮するものだが、
いざそれをそのままの価値観を持って人に話すとなると、「あれっ、何かイマイチだ」
とイメージが伝わらなかったり稀だ。

気張れば気張るほど道は逸れ
「あー。通じないー」と嘆いて諦めたら、そのアイディアはもうそれっきりとなる。

僕はそんな時 よく諦めていた。
僕には諦め癖があった

小学校の時 先生が言う
「だぁーれだ!こんな事をしたやつは!名乗り出るまで授業は再開しない!家にも帰らせない。覚悟しな!」

愛着のある机の上に顔を伏せ
誰かが手をあげて自首しないと家に帰れないのだ。
仕舞いには居残った副校長あたりが、その模様を嗅ぎつけ、担任の先生を説得しにくる。
犯人は見つからないうちに終わる一日の残酷な悲鳴

それが何回も続いた時期があった。
勉強嫌いな子は「やった。今日も勉強しなくていい」と言い、真面目な女の子は大きな声を出し
「誰よ!やった人は!皆んなに迷惑かけているの、わからないの!」と言ったり、泣き出す子もいる。子供はおよそ犯人は特定できている。
こんなお芝居はくだらない。と、
僕は思っていた。
”いくら粘ってもあの子は自首しない”
担任のB先生はそれをわかっていない。
先生もわかっているはずだ。犯人を。

そのくだらない時間を破りたかった。

僕は手をあげた。

「てんてんてんてん…誰もいない体育館にボールの弾む音だけが響いた。みんなはその音に驚くような表情で僕を見ていた」

僕はみんなの前に差し出され、頭を下げて謝った。くだらない。犯人は僕じゃない。
頭を下げながらこっそり担任の先生を睨みつけ、惨めながらも、こんな馬鹿げたエンディングが可笑しくてたまらなかった。

その日、僕だけ暗くなるまで反省文を書かされ、でっちあげたストーリーは何回も、”それらしく”、担任の先生に修正され完成した頃には僕が所属している部活動はとっくに終わっていた。

暗い夜道が怖かった。
暗い夜道が僕に問いかける
「何であんなことをしたんだ?友達を、庇った訳でもない。お前は狂っている」
僕は若い。
心も同じく若い。
それはわかっている。悔しくて泣きそうになる。けどけど、あんな馬鹿げた時間は僕には耐えられなかった。
頭がおかしくなるなら、あの時間を継続した時だ。僕は皆んなを救ったのだ。
あの馬鹿げた時間から。
何人かは気づいている。いや、先生もだ。
そして当の犯人のあの子はどう思っただろう?
「ラッキー!やっほー」とでも思っただろう。
少しは僕に同情するような心はおそらく持っていないだろう。

その何年か後にふたつの結果を生むことになる。

ひとつ 
僕はその犯人と仲良しになった。
学校の昼休みに卓球がブームとなり、毎日僕らは卓球に夢中になった。
勝ち抜き戦だから、負けたら一回きりで、勝てば勝つほど昼時間は何回もゲームができた。
僕とその犯人だったNは昼時間の独裁者に上り詰めた。
ある日、Nが「実は僕の家に卓球台があるんだ。来ないか?」
と言ってきた。僕は嬉しくて、そのNの家へ何回か行くようになった。
はじめて行った日。彼の父親は病気で寝込んでいたのを少し空いた襖から見てしまった。
寝たきりの父親はたまにNを呼ぶ事があった。
Nはその時反抗期で、その度に弱い力をそれでも発揮したい父親の権力をへし折るように「うるせえ!」と一喝して相手にしなかった。
父親には介護が必要だった。おそらく動けない体をようやく動かして水でも飲みたかったのだろう。
Nの母親は毎日朝から晩まで家の近くの広い畑で農家をしていた。
僕がNの母親を思い出す時は決まってそんな格好をして土をどこかにつけたままの姿だ。
僕らの卓球の腕はみるみるあがった。
暗くなっても明かりをつけずただひたすらピンポン球を打ち合った。
古い座敷は揺れ白黒のNの先祖の写真には弾けたピンポン球が容赦なく当たった。
そんな楽しい日も終わりがくる。

僕の母親が心配した。
Nの家は僕の家からは遠い
そして暗くなるまで卓球をして帰ってくる。
僕の母親は僕がNの影響で夜 悪い遊びをしているはずだ。と思い込んだ。 
親の力は強い。
僕の知らない所で彼にも伝わっていたようだ。
親同士が話をしたのだろう。
僕ははじめて親に反抗した。彼はいいやつだ。そう言っても親の判断は、その子の育ちの環境を優先する。
くだらない。ここにもくだらない大人の余波があった。

ふたつ
小学校6年生の頃に児童会長の選挙があった。
この時選挙というものを僕らははじめて行った。

「立候補する人 いますか?」

小さい頃から勉強大好き。将来は議員になります。と昔から宣言しているガリ勉長Gが瞬時にピーン!と手をあげる。
天井にどう伸ばしても届かない。それなのに諦めの悪い手の伸ばし方だった。
彼はにやける。ほぼ教室内の生徒を見下している。いつも僕は成績が1番なんだ。この雑魚どもめ。そんな圧力がバレバレに伝わってくる。

先生がいう。
「誰もいないならこのままGに児童会長をやってもらうぞ」

ひとりがいう。
「まじかよ。ガリ勉長にコキ使われるなんてこの世の終わりだな」

ふたり目がいう。
「ああ。あいつが児童会長になってみ。きっと、俺の前を歩くな!とか言うぞ」

皆んなそれを聞いて下を向く。

先生がいう。
「いいか。選挙というものはこんなもんだ。立候補がひとりなら、票は自ずとその1人にしか集まらない。」

僕には反骨心があるのだろうか。

イライラしてたまらなかった。
皆不満は言うくせに、だからと言って誰を推薦する訳でもない。

彼になって欲しくないのなら自分が立候補してそれを阻止したらいいじゃないか。

先生がいう。
「いくら待っても変わらないようだな。何も意見がないなら児童会長はGに決めます。いいですか?」

このまま待っても変わらない。
イライラしてきた。Gが腕組みしたまま顎をあげて王様の椅子の上に座ったように勝ち誇ったニヤけた表情をしている。
本当にGを天下にしていいのか?

僕は手をあげた。
そして選挙が行われ、僕は圧勝でなってしまった。児童会長だ。

今でも思う。
児童会長には2度となりたくない。
自分の個性を隠し、人のお手本となるようなお面を被る。
そのお手本となる人物につくりあげられる環境。 
人より早く登校して体育館のバスケットゴールを上げ、カーテンを開け、冬には暖房をつける。

腕時計は持ってなかったがいつでも時間はきっちりと守る。少しでも遅刻すると、児童会長のくせに。と言われる。
朝礼でもそれらしい話をし、勉強の成績もそれらしくあり、着るものはいつも清潔で穴も開けられない。児童会長をやった一年はまるで僕は別人になりきった俳優役のようであった。

そんな僕が選んだ別人の一日にも唯一、憂さ晴らしの時間があった。
掃除の時間だ。
授業が終わったその日最後の掃除の時間。
僕は掃除ひとつせずただひたすらその場所ではしゃいで時間を過ごしていた。
女子をからかい男子と掃除用具でホッケーをする。黒板消しをパックにみたてた。
保健室の先生はお淑やかで大人しかった。
僕はその何も言わない先生に甘えていつでもはしゃいで遊んでいた。
そして、彼女は一行に掃除が進まない僕の現場をただ、いつも静かに見つめていた。

卒業式の練習が始まったその日。
僕は保健室の先生に呼ばれた。
いつものように掃除をした。その後だった。
「掃除お疲れ様でした。さぁ。君が綺麗に掃除した跡を一緒に確認してみましょう」

保健室の先生はそう言って、ひとつひとつ丁寧に掃除した場所を確認していく。
どうでした?
綺麗に掃除されていましたか?
「…てん」
「‥すいません」
私は1年間あなたを見ていました。
あのはしゃぎっぷり…。
あなたは本当に児童会長になりたかったの?
「‥いや‥それが、よくわからないです」
つらかったんでしょうね。

私があなたを見る限り、
ここへくるあなただけが、まるで別人だった。

掃除にはね、ルールがあるの。
ここへ来たあなたは1番ルールが分かっているようで、1番全く分かっていなかった。

ここから出た普段のあなたは学校のルールは絶対で、そのルールを守らない者はしっかりと児童会長という立場で注意していた。
それなのに”保健室”だけは別。
一体本当のあなたはどちらなの?

「‥本当の僕はこっち。です‥」

笑。そう。
そうなのね。

苦しかったでしょ。辛かったでしょ。
よく頑張ったね。この一年。
「…てん」

でもね。もう少し頑張ってみましょう。
もう少しで卒業だもの。もう少し。

人にはね。印象ってものがあるの。
私の君の最初の印象は前者。児童会長の姿ね。
でも、今1年経っての印象は、後者。
掃除さえちゃんと出来ないサボる事しか頭にないだらしのないまま卒業する6年生。
この違い。
わかる?

「…わかりません‥」

いい。よく聞いて。
あなたはこの1年。仮面を被り理想の児童会長を嫌々ながらも何とかそれらしくやってきた。
そして皆もそれを認めつつある。
しかしね、この一手。
この一つの行動を見てしまった人は、あなたに対して、このイメージしか持たなくなるの。

人は良いイメージよりも
悪いイメージの方が強く根強い。
あなた自らの手で
あなた自身を壊さないで。
せっかく築いてきたものを。
最初はね色々言われていたのを私も聞いています。あなたの担任からも聞きました。
 
君に児童会長の荷はおもいんだろうか?
1年つとまるのだろうか?
みんなの見本となれるだろうか?

今はそれらは立派にクリアできています。
それはあなた自ら築きあげたもの。
人は何かになろうと思えば何にでもなれる生き物なのです。
しかし、あなたはまだ、未完だ。
やり残しがある。

あと、1か月。
卒業式まで、ここの掃除。
ここの掃除をしっかりやり遂げてごらん。
それがあなたの最後の課題よ。
1か月。
ちゃんとそれができれば私はもう何も言うことはないわ。
それが出来た時。あなたは本当に児童会長になって良かった。と思えるはず。。。

47歳になった今。
今でもその保健室の先生が言った言葉は胸にしっかりと宿っている。
児童会長での1年は先生が言った通りやっておいて良かったと今思う。
それが今の自分に自信となっているから。

創立40周年ぐらいだったか。当時
10分か15分ぐらいの長いスピーチを原稿からおこして暗記して発表する式典があった。
誰よりも朝早く寒い体育館で国語の厳しい先生と練習した。
昼休みや放課後。皆んな遊んでいる時間にも僕はスピーチの練習だった。
悔しくて
辛くて
上手くいかなくて
叫ばれて
嫌になったけど、結局はあっさり出来た。
緊張したけど頭はスッキリしていて言葉は意思とは関係なく勝手にスラスラと練習通りに口から出た。その練習のおかげだった。
後日。小さな小さな僕の記事が新聞に載っていたそうだ。
僕の家族は誰も気付かず。
校長先生といつだったか、すれ違った時に僕に話してくれた。嬉しかった。

その時もそうだ。
いつもそうだ。

何か”淀み”が出来た時に
何かと直ぐに僕は”淀み”を無くそうと労働する。
川の流れは皆んなの為になり
皆んなは良かった良かったと言うが、僕は感謝される事もない。
ただただ自分が疲れている。
しかし、今だから言える。
その労働力は力こぶとなり、さらに大きな労働力を生んだ。
そして今はより大きな”淀み”さえ流れを通すことができる。

何事にも無駄はない。そして見栄えも大事だ。
ひとつの堕落が自分を形成する。
律する。
自分たる姿の維持。

それが”淀み”のない。理想の自分へとなる法則なのだ。


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