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快適なおうち (小説120枚)

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あらすじ◆「快適なおうちを保ち続けたいの」。消極的なリカコは、結婚二年目の主婦。誰にも邪魔をされない世界で一番快適な場所―おうち―を作り上げ、夫・ユウトの帰りを待ちわびている。し…
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#夫婦

快適なおうち 1

快適なおうち 1

 カツッ、カツッと硬いものが夜気を吸い込んだコンクリートを容赦なく打ちつける。
 その音は敵意に満ちていて、もしそれがパンプスのヒールではなく鋭いアイスピックで、コンクリートが氷塊であったなら、瞬く間に砕け散っていたに違いない。
 マナベミユは自室があるマンションに辿りつく。オートロックのはずなのに、なぜかいつも鍵の掛かっていないガラスの玄関扉を思い切り手前に引っ張って中に入る。マンションの玄関に

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快適なおうち 7  (マナベミユ)

快適なおうち 7 (マナベミユ)

第7回<マナベミユ>

これで大丈夫。
 マナベミユは、カツラギユウトにメッセージを送信したあと、ふう、と大きくため息をついた。スマホを鞄に戻し、暗い玄関で、しばらく床に座って目を閉じていると、メッセージの着信を知らせるバイブの鈍い音が響いた。急いでスマホを取り出したが、届いていたのは、「満足度90%!」と銘打たれた基礎化粧品の広告で、マナベミユは舌打ちをしながらその画面を閉じ、自分がカツ

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快適なおうち 最終回  (ユウト帰宅)

快適なおうち 最終回 (ユウト帰宅)

最終回<ユウト帰宅>

 電車を降りるとすでに薄暗くなっていた。ユウトが歩く振動にあわせて、右手に提げたコンビニの袋がかさかさと鳴る。一軒家の前をとおると、魚を煮ているような醤油の甘い匂い。ユウトはめずらしく、今日の夕飯は何なのだろうと思う。今頃、リカコも準備をしているはずた。
すれ違った野良猫がミャアと鳴く。ユウトは思わず袋を持ち上げて、隠すようにした。後ろから、再び、ミャアミャアと鳴き声

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