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【書評】日本人の戦争ー作家の日記を読む(ドナルド・キーン著 文春学藝ライブラリー)

11代目伝蔵書評100本勝負35本目
少し前のことになりますが、7月に神奈川近代文学館でドナルド・キーンの回顧展があり、行ってみました。彼の著作はほぼ読んだことがなかったけど講演会を一度聞いたことがあります。印象的な講演会でしたので、今更ながらですが、その人となりを少しでも知ることができればと思い、足を運びました。良い展覧会で、ドナルド・キーンという人が質量共に圧倒的な仕事をした人であることがわかりました。ドナルド・キーンには膨大な著作がありますが、そのキャリアは米軍の日本語通訳士官からスタートしましたから、本書「日本人の戦争」を手に取ってみました。ドナルド・キーンは最終的に日本国籍を取得しましたが、前述したようにアメリカ軍将校でしたからその視点はアメリカ人のものでそれが本書をオリジナルなものにしています。彼が最初に日本人と接したのはアッツ島です。彼は次のように書きます

荒涼としたアッツ島のツンドラ地帯には日本軍兵士の死体が散乱してその多くは自分の胸に手榴弾を叩きつけて自殺していた
日本人の戦争

最初接した日本人は死体でしたが、その後日本人捕虜と実際に面談することになります。日本軍では毎年日記帳が配布され日記を付けることが奨励されていました。逆にアメリカ軍では禁止されていたので、彼はまずそのことに驚きます。その後転戦した沖縄でも多くの日本人捕虜と関わることになります。ここでもまた日本人兵士の日記と出会いました。中には死体の横に日記が置かれ、その最後のページに英語でこの日記を家族に渡してほしい旨がありました。これらの経験から、ドナルド・キーンは〈わたしがどうしても書かなければならなかった本〉と本書のあとがきで述べています。本書で取り上げた日記は無名の兵士ではなく、高名な作家な日記が中心ですが、その動機は日本人兵士の日記がベースとなっているのでしょう。
 取り上げられた作家の日記は永井荷風、山田風太郎、高見順、伊藤整、吉田健一、古川ロッパなど多岐に渡ります。僕は永井荷風の熱心な読者ではありませんが、引用された日記はいかにも荷風が書きそうことで、そういう意味では意外性はありません。しかし驚いたのは、山田風太郎です。彼の作風からしてもっとシニカルな日記を予想していましたが、中々の軍国青年ぶりで、それは終戦となってからもしばらく変わらなかったのには意外です。また意外といえば、伊藤整もそうで戦時中の日記はまるで超右翼の思想家のそれのようです。また吉田健一のように海外経験も豊富で、ヨーロッパ文化が染み込んでいると思われる人物でさえ、例えば「五族共和」のスローガンを単純に肯定しています。戦後吉田とは親友のような付き合いをしたドナルド・キーンとっては意外というよりショックだったことでしょう。しかしドナルド・キーンはそのことを単純に糾弾はしていません。安易に評価を下しいないことが、かえってあの戦争の異常さを浮き彫りにしていると感じました。多くの人があの戦争中浮かれている中で、渡辺一夫は常に冷静で考えがぶれることがなかったようです。これこそ本物の知性というものなのでしょう。そうなる自信は僕にはないけれど、だからこそそういう人に憧れますね。彼の「敗戦日記」ぜひ読んでみたい。そして本書で言えば巻末の平野啓一郎との対談にも是非目を通してもらいたい。

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