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『三角の家』(天袋の猿)

皆さんは引っ越しをされた事はありますか?

私は物心がついた頃から軽く10回は超えてしまう程、引っ越しが多くバタバタと忙しない半生をおくりました。
その、何度もの借家暮らしから脱する為に歳の離れた兄は中古住宅を購入、私は同居する形となりました。
ここで家族構成を説明致しますと、
兄・兄嫁・その息子(生後半年)・そして母と私の5人で住む事に。
父は私が高校生の頃に他界しております。
兄と私の間に姉がいますが、近所に世帯を持ち、ここも2歳となる男の子がおります。私自身、いつかは家を出ようと思っていたのでこの機会にと話を持ちかけると、

「身体が弱いのに一人で暮らせるわけがない」
「家族から離れたら生活できない」
「信心はどうするの?出て行ったら病気になる!」

・・・など、子供の頃から耳にタコができるんじゃないかと思える程の苛烈さ、しかも今回は兄嫁も加わり更に意見など通らず、私は荷物と一緒にドナドナされました。

到着し、一目見たその一軒家に母と私は眉間にシワを寄せました。
母は庭いじりが好きな人です。が、そこは庭と呼べるものは一切無く、軽自動車かバイクを慎重に操作しなければ収められないくらい極狭な駐車スペース、
玄関に面した市道は高速道路のジャンクションへの抜け道らしく、かなりのスピードを出して通る車が目立ちました。しかも歩道はありません。
これは間違いなく【玄関開けたら2秒で事故○】です。
玄関の反対側は用水路があり、夏場ともなると相当な蚊が発生するなぁ・・・
とダンボールを持ちながら不安要素と闘っている私に、兄は満面の笑みで、

「この家、三角形なんだよっ!」

すかさず兄嫁が、
「将来、屋根と外壁を塗り替えてショートケーキにするんだってぇ〜」

なんだろう・・・もの凄く平和な人達なんだけど、もの凄い恐怖をも感じるのはなぜだろう・・・
能天気な二人にダブルパンチをお見舞いされ、ふらつきながら充てがわれた2階の部屋へ。
階段を上がってすぐ左手に兄夫婦の部屋、右に廊下が続き手前と奥に部屋があり、
奥のベランダがある部屋に母が、手前が私の部屋となりました。引き戸を開けると右手に天袋付きの押入れ、フローリングの6畳間です。28(歳)になるまで一人部屋を持った事がなく、多々不安はありますが嬉しくもありました。

それから3日かけて家の中を整えていった深夜、仕事の疲れや引っ越して間もない事、しばらく母と二人暮らしだった生活リズムが抜けきれていない事など様々な要因はあったのでしょう・・・疲労困憊だったのか、余計に寝つけずにいました。
時折、通過する車のライトが部屋を明るくします。
だめだ・・・寝れない。下に行って何かを飲もうと起き上がると、月明かりのせいか部屋の中は薄暗くも照明を点けずとも動けました。引き戸に手をかけた時、左側頭上が気になり見上げると天袋の右側が全開になっていました。
あれ?開けたっけ?おかんが何か取りに来たんかな??とも思いましたが、なぜか視線が外せません。なんとなく・・・ですが、何かの気配を感じ視界が固まってしまったようでした。恐る恐るその天袋を覗いてみると、物がぎっしり詰められた中央辺りに隙間があり、その隙間の奥になにかあります。

それは、ニホンザルでした。

ニホンザルの頭部が目を瞑った状態で置かれていました。
驚きはしたものの、木彫りか何かだろうと観察を試みましたが、どうにも野生の、生きているサルの毛並みのよう、肌感も生きているそれのようで、変な汗をかきながらも置物である証拠を得る為、更によく観察をし5、6秒視線を左右にずらしギョッとしました。
しっかりと、サルの目が見開いているのです。しかし、サルの視線はこちらに向いておらず・・・いや、正確にはサルの両目があるのかもわからず何処を見ているのか、見てはいないのか・・・
私は生唾を飲み、ゆっくり、ゆっくりと気づかれぬように下がり部屋から出ようと引き戸に触れた瞬間、目が覚めました。
呼吸は乱れ、脂汗がベタっと貼りつき不快さが増す中、夢で良かった・・・と深く息を吐きました。
翌日、明るいうちに調べましたが、そんな物は存在しておらず荷物も隙間なく入っていました。単なる夢なのでしょう。けれど生々しく、そして気持ちの悪い悍(おぞま)しいものでした。

ひと月後、私は仕事の帰りに子猫を保護しました。生後一ヶ月も経っていない小さな命です。が、腹を空かせた兄は自分より子猫を優先した兄嫁に憤慨し、こいつがいるせいで!と鬱憤を子猫にぶつけたのです。子猫が入ったダンボールを思いきり蹴って。
瞬間、私は兄に初めて食ってかかりました。

「信心している者がやる事か!?こんなに小さい生き物に何やってんだよ!!」

私の荒げた声に兄は襟首を掴み取っ組み合いとなりました。そこへ帰宅した母が割って入り止めようと・・・している姿を私は少し離れて見ています。
母、兄、兄嫁、私は玄関を上った階段の前に、それを玄関のドアがある場所から見ている別の視界が私にはありました。兄が掴んでいる腕の痛みや、母の焦った顔は目の前にありますが、その様子を見ている視界も同時中継されている状態です。
これは、私が感情の起伏が激しくなるとおこる感覚。たまにあるのです。

そして、この騒動がきっかけで私は実家を出る事に。


私が兄の家を出て数年後、母からの電話の内容に耳を疑いました。
5歳となった姉の子を母が抱っこして出かけようとした時に、
何かに驚き天井部を指差しながら、

「手がーっ!手がーっ!!」

と言って突然泣き出したそうです。後から来た兄嫁に抱っこされたその息子も
その様子にキョトンとしていましたが、姉の子が指差す方を眺めてビクッと何かに驚き

「ギャーーーーーッ」と大泣きする始末。

「天井からね、長い手がぶら〜んってなってたんだって。なんなのかしらねぇ?」

「へぇ〜、なんだろねぇ・・・」

母の言葉に、そう返答するしかない私は、モヤモヤが募りました。
子供の頃の私がそんな事を言ったならば、注意したり口を塞いだりしていたのに
孫はいいんかいっ!!と心の奥底でツッコミました。が・・・

玄関の天井部・・・
玄関の上にある部屋は、かつて私が使っていた部屋です。
甥っ子達が見たその手はどんな手だったのでしょう。もしも、サルの手だったら。
あの三角の家には、なにかあるのでしょうか?


2022年6月19日
『不思議の館』星野しづく様
怪異体験談受付け窓口 五十一日目に投稿

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