『海へ・・・』
三十(歳)前後の時だったか・・・
彼と、その愉快な仲間達で夜に集まりファミレスで食事を済ませ
まだ帰るには早いから、とお決まりのカラオケコースとなり
彼と彼の幼馴染みの二人(Hくん & Kくん)と私の4人で目的地へと車を走らせた。
そろそろ日をまたごうとしている時間。
道ゆく車はまばらに、スムーズに進む車内では他愛もない会話に和気藹々とし、
その会話の中で誰かしら、こう口にした。
「いつもカラオケだから、たまには違うトコ行きたいな」
その時、広い十字路に差しかかり運転する彼が急にハンドルを左にきった。
そして次々に困惑の声があがる・・・
「え!?今のなに??」
「海って??」
「海へ行こうって言った?」
「海に行けだったよ」
彼は海とは関係なく「右だよ」と言われ、天邪鬼な性格故か
咄嗟にハンドルを左にきったそうだ。
それらの声は十字路を曲がる瞬間だったのか曲がる前後なのか、
車内に居る仲間のどれの声でもなく【誰か】【何か】がそう言ったのだった。
が、私は聞こえ方が少し違った・・・
「海に・・・」の「に」に被さり別の声がしたからだ。
「海に」「・・・へは行かない方がいいよ」と。
彼を除く二人は語尾の違いはあれど海へ誘おうとしているが、
私は注意を促されている。男性とも女性ともつかない柔らかな声で。
その声には聞き覚えがあった。幼い時から時折聞いていた声だ。
その声に浸る余裕は無く、更に不可思議な現象に気を取られていたのだった。
私は助手席に座るHくんの後ろで、直径20〜30cm程の白色透明な塊が
車の丁度真ん中を、私とKくんの間を前方から突っ切って行ったように感じたのだ。
「海へ・・・」の言葉を残して。
それはパーソナルスペースに入られた時に感じる圧のようなもので
目に見えるものではなかった為、気のせいとして片づけられるが
それぞれの聞こえ方は異なるが声は4人共聞いている。
とは言え、同じような経験を一度にしてしまった車内では
「海ぜんぜん行ってないな〜」「海行っちゃう?」
などと、悪ノリ全開でその場を明るく努めていたのだった。
何事もなく目的地に到着し車から降りようとした時、Kくんがボソッと
「声がした時、ここ、なんか通ったんだよねぇ・・・」
白色透明な塊が通過したラインを左手で前後させながら言った。
見えないものだったので気のせいとしていたが、
実はKくんも同じように感じていたのだ。
しかし、前の二人は何も見えず感じず、なぜ後部座席の二人だったのか?
前方から来る、もしくはそこに佇むものはなんだったのか?
考えを巡らせながら、ふと子供の頃にテレビで見たものを思い出した。
それは稲川淳二さんの『生き○形』と言うお話の中で、
確か後部座席に座られた稲川さんの頭の位置に、
おかっぱの頭部だけが前方から車を抜けるように飛んできたシーンがあって・・・
と声高らかに説明した私は、その場の空気が変わるのを肌で感じた。
「へー」「そぉなんだ〜」「ふ〜ん」
オカルト好きと言う事や体験談がある事など公表していない
【私ただの一般人です】の猫を被っていた事をすっかり忘れていた自分。
目に見えない塊よりも、海へ誘う声よりも、
その場を凍らせた自分のテンションが一番恐怖だった出来事でした。
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この話を『不思議の館』にて投稿した際、
彼と記憶の答え合わせをしていなかった為
謎の声の聞こえ方や運転手の違いがあり、今回改正版としました。
お詫び申し上げます・・・いや、本当にすみませんです・・・はい💧
2022年4月3日
『不思議の館』星野しづく様
怪異体験談受付け窓口 四十四日目(後編)にて投稿
『だぁ〜れも知らない怖い話』悠遠かなた様
第二回オフライン凸待ち