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海の向こう側の街 Ep.26<水深三十メートルの海に向かって>

 さて、一仕事終えた僕たちは、平常の平穏な陸上での生活に戻る予定だった。
しかし、もう明らかに僕たち狙いの第二弾激安キャンペーンを、ネプチューン・ダイビングが打ち出してきた。
海底三十メートルまで潜れる「アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コース」を、二百ドルで打ち出してきた。もちろん、先着順で限りが有る。
それを見つけてきたユーゴがタカにサムライで教えると、鼻息を荒くして「これは、もう応募するしか無いでしょ!」と、僕の顔を見てきた。
実のところ、僕は前回の最終二回のダイビング以外は大した魚も見れず、物珍しいこともなく、どっかの池に潜って耳抜きできない人を待っていただけの印象が強く、二人ほど二百ドルもだしてそのライセンスを取りたいという気分にはなれなかった。むしろ、大阪は『海遊館』が直ぐ側にあるので、どうしても魚が見たかったら『海遊館』に行けば安全に、かつ僕にとって有利な陸上で、ジンベエザメまで簡単に見ることが出来るのだ。
とはいえ、今の二人は完全に「アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コース」にエントリーする気満々だ。
きっと日本だったら何十万もするツアーを、たったの二万(当時のレート)で取得できるのは確かに超格安だ。これも自分自身に対しての「お土産(成長)」だと思って、僕も流れに身を任せてエントリーすることになった。僕はなんて意志が弱いんだろうと思いながら、再びネプチューン・ダイビングに向かい「アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コース」にエントリーすることになった。
ただ今回は、前回のような健康診断はもちろん、プールでの演習などの工程は一切ない。ちょっとした学科と、殆どは実践有るのみだ。
今回は前回の二倍近く深く潜るので、前回の最後みたいに迷子にならないように気をつけておかなければならない。
メンバーも、殆ど前回の「オープン・ウォーター・ダイバー・コース」と同じだ。
なので、新たに班分けすることもなく再び同じ班のまま、簡単な学科を受講するところから始まった。
メインのダイビングは、合計で四回有るそうだ。それも、いずれも海底三十メートル。(厳密には三十メートルより若干深いところもあるらしい)
学科の際に「オープン・ウォーター・ダイバー・コース」でも言われたが、酸素が切れたら相方(バディ)の酸素をわけてもらいながら浮上すること。
また、今度は以前より深く潜るので、水圧で肺が海底で縮まってしまう。
そのため、何かあった際に緊急浮上する時は「あー」と口から出しながら上がらないと、最悪浮上途中で肺が浮上時で弱まっていく水圧で元の大きさに戻るので、肺が文字通り爆発してしまう事もあるので、その点はくれぐれも注意してくださいと口酸っぱく言われた。
 初日のダイビングで、僕たちはまたフリーマントル港に向かった。
今回は、過去に沈んだ漁船などが沢山見られる場所に向かいますと、一人の女性インストラクターから聞かされた。
僕は、この広い海の中で多少誤差はあれど、よく三十メートル内でそんな変わった場所を見つける事が出来るもんだなぁと感心した。
僕たちはいつものクルーザーに乗り込み、若干の船酔いと戦いながら、その地を目指した。
その際、一人の男の子がおもむろに僕に近づいてきた。
年齢は僕より少し下で、顔つきからして至って真面目そうな子だった。
「それ、ザウルスですよね。前回から気になっていたんです」と、僕に言った。
「そうそう、パワーザウルス。写真はこれで取ってるねん。こんなん好きなん?」と、僕は彼に聞いた。
「はい、コンピュータとか結構好きです。あ、僕はタカトシって言います。タカって呼んでください」と、僕に言った。
「ごめん、あそこに居るのが一緒に住んでるやつなんだけど、アイツの事もタカって呼んでて、僕も彼も混乱するからトシって呼ばせてもらうわ」と、僕は言った。
「トシですか、判りました。これまでタカって呼ばれていたから慣れないですけど、よろしくお願いします」
「僕はユキオって呼んでくれて良いよ」
「年齢はお幾つですか?」
「二十四歳」
「だったら僕より三つも上になるので、ユキさんって呼ばせてもらってよろしいですか?」と、彼は言った。
「了解、かまへんよユキさんでも。呼ばれ慣れてないから、無視したら素直に肩を叩いて呼んでな」と、僕は彼に言った。
「判りました。僕もトシって呼ばれ慣れてないので、僕も無視しちゃったら肩を叩いて呼んでください。大阪の方ですか?」
「そうそう、君は?」
「僕は兵庫県です」
「お隣さんやん、それじゃあ関西弁は通じるよね?」
「はい、大丈夫です」と、彼は笑いながら言った。
「これからよろしくね」と、僕は彼に言った。
「はーい、そろそろ到着だから潜る準備をしてくださーい」と、女性のインストラクターの方が大きな声で言った。
 船がポイントで止まり、僕たちはインストラクターにバディ組みをされたあと、二人揃ってクルーザーから、ジャイアント・ストライド・エントリーで海に飛び込んだ。
全員、耳抜きにもすっかり慣れ、割とすんなりと海に潜ることが出来た。
これまでとは違う深さまでゆっくりと海に潜っていくと、アチラコチラに何年も昔にどういった理由で沈んだのかわからない船があった。
思わず、ここはバミューダ・トライアングルかと思うほど沢山沈んでいた。
僕はすぐに、この間映画館で二回も観た「タイタニック」を想像した。
(眼の前に沈んでいるのは、数は凄いがこじんまりとした漁船ばかりなのだが……)
絶対に水族館で見ることが出来ない壮大な風景を目の当たりにし、体中に電気が流れたかと思うほどの衝撃と感動を覚えた。
「この風景を見れただけでも、十分にこのダイビングに参加した価値がある!」と、僕は思った。
船はすべて朽ちており、潜る前にインストラクターたちから口酸っぱく「危険なので絶対に触れないこと」と言われていたので、あまり近寄り過ぎないようにインストラクターたちの指示する距離から、その圧巻の風景を観ながら遊泳した。
あの感動を、おそらく僕は一生忘れることはないだろう。

 日を改め、二日後。
今度は「海底洞窟」に向かうこととなった。
いつもの通りフリーマントル港からクルーザーが出発し、タカとユーゴと新しい仲間のトシと喋りながら(男性は数が少ないから僕たちみたいに固まるか、ポツンと孤独にソロになるかどちらかだった)目的地に向かった(とはいえ、インストラクターの皆さんはフレンドリーで気さくに話しかけてくれるし、女の子たちも『イルカさん』も含め全員フレンドリーだった)。
今回も、ダイビングスポットに到着するとインストラクターにバディを決められ、再び、クルーザーからジャイアント・ストライド・エントリーで海に飛び込んだ。
以前の講習は視界も悪く、つまらないものばかりだったが、今回は十八メートルではなく三十メートルなので、目的の海底にたどり着くまでに時間がかかるが海の水も美しく、メンバー全員がどこにいるかハッキリと分かった。
今回は最初はピンとこず、インストラクターの先導についていくと、徐々に大きな海底洞窟が見えてきた。
海底洞窟といっても危険さはなく、どちらかと言うと海底トンネルが複数個アチラコチラにあるダイビングスポットだった。
前回の沈船は人間が作り出したものだが(意図せず沈んだものだろうが)、今回は完全天然素材の天然物百パーセントである。
海流からか、地震の影響からかは全く判らないが、少し上がって眺めてみえる範囲のもの全ては天然の海底洞窟だ(きっと)。
自然の不思議を感じながら、インストラクターに先導された通り、海底洞窟の中を僕たちは泳いだ。
最後は、まるで滝のような形をした不思議な岩の前で、離れすぎない程度で自由時間となった。
そこで、僕は一度してみたかったことをやってみることにした。
それは、TV版『新世紀エヴァンゲリオン』のエンディングで、ヒロインの綾波レイが上下逆さまでくるくると回っている真似をしたかった。
スキューバー・ダイブの装備であれば、上下逆さまになっても鼻に水も入らなければ、苦しいこともない。試してみるなら今しかないと僕は思い、綾波レイになりきって出来る限り力を抜いて、足首と手をうまく使って上下逆さまになって回ってみた。
「出来た!」
 あまりの嬉しさからすぐ近くに居た女の子たちの肩を叩いて、見ててとサインを送り、ほんの少しだけ上昇して僕は上下逆さまになって、クルクルと綾波レイになりきった。女の子たちからは音の聞こえない水中拍手とサムズアップを沢山もらい、ちょっとだけ念願だった綾波レイになれたことに満足した。
ただ、その副作用で目がまわり少し吐きそうになったので、それ以上は上下逆さまになって回ることは一切しなくなった(調子に乗って回り過ぎ、かなり気分が悪くなった)。
インストラクターの指示に従って、酸素の量が心許なくなりかけたところで、上がることになった。上がる時もオープン・ウォーター・ダイバーとは異なり、当然長い!なので、海面へ上昇する時に「あ〜」と言いながら浮上するのだが、こんなにも息が続くのかと思うほど、口から空気が出続けた。流石は三十メートル、十八メートルの時とは桁が違うほど、口から空気が出て驚いた。
驚いたといえば、帰りのクルーザーで突然船を運転しているオーストラリア人の方が英語で「何かに掴まれ!」と叫んだ。
「みんな何かに捕まって!」と、インストラクターたちも一斉に叫んだ。
 僕はクルーザーの端に居たので(まだ少し気分が悪かった)、そのままクルーザーの鉄柱に掴まると、すぐ真隣に真っ黒の軍用の潜水艦が浮上してきた。
もうそれは、手を伸ばせば届く距離と言っても全く過言ではないくらいの近さで、物凄い揺れがクルーザーを襲った。
少しでも逸れていたら、クルーザーが転覆していたくらいの距離だった。
操舵手のオーストラリア人の男性がものすごい剣幕で、潜水艦の中から出てきた水兵さんに怒鳴り散らしていた。
水兵さんは、こちら側になにか問題はあったかとか、こんな事になった理由について二人は話し合っていた。その間、インストラクターたちは全員無事で何も問題ないかを確認していた。
こんな近くで、しかも海のど真ん中で巨大な軍用潜水艦を見ることなんて、どんなことがあってもまず体験しないと思う。
僕はこの貴重な体験をパワーザウルスで写真に取り、一生の記念として残しておいた。ともあれ、大惨事にならなくて本当に良かったと心から思った。

去っていく軍用潜水艦(怖かったけどカッコイイ)

 興奮も冷めやらぬ中、次回の集合時間はナイトダイブのため、夕方となった。これまでのペースとは大きく異なることと、夜に潜ることで入念に事前説明が行われた。当日、ネプチューン・ダイビングに集まると、バスで見知らぬビーチに連れて行かれ、砂浜でダイブの準備を整えた。足ヒレを付けているので、前向きではなく後ろ向きに砂浜から歩いて海に潜る。この姿は、ダイビングの格好をしていなかったら、明らかに集団入水自殺だ。夜の海の砂浜に、後ろ向きとは言え陸上ではかなり重たい酸素ボンベを背負いながら遠浅の砂浜をエンヤコラと歩く姿は、自分でもけなげに思えた。いざ海に潜り、早速ヘッドライトを着けて泳ぐと、想像より明るい事に驚いた。そして、様々な海の生き物たちを見ることが出来た。
 まず驚いたのが、ズワイガニ(厳密には違うだろうけど)だ。
デカい! とにかくデカい。これ一杯でいくらするんだろうと思えるほど、立派なズワイガニだった。試しに触ってみようとしたら、想像の何十倍を超えるスピードで大きなハサミが僕に向かって来た。間一髪のところで挟まれずに済んだが、あんなにトロトロと動いているのにハサミの動きだけは物凄く俊敏なんだなと思い、二度と触れないでおこうと心に誓った。
夜の海はひょっとしたら昼間の海より賑やかかもしれないと思えるほど、魚たちが泳いでいた。海の底の夜のお祭りに招かれたように、綺羅びやかで数え切れないほどの魚たちが文字通り無数に泳いでいた。
たまたま、そこが有名なスポットなのかもしれないが、あの重たい酸素ボンベを背負いながら後ろ向きに砂浜に入っていっただけの価値はあった。
見たことのない魚たちが、僕たちの周りを泳ぎ回っていたあの一時は、今でも目に焼き付いている。そのため、本当に楽しい時間は一瞬で過ぎていくものなのだなと感心するほど、あっという間にナイトダイブは終わり、僕たちは再び砂浜に向かい、また後ろ向きにほぼ空になったとはいえ重たい酸素ボンベを背負いながら、僕たちは砂浜を目指した。
 最終日、フリーマントルで釣りで有名な桟橋からダイブすることとなった。
僕も釣りをするのでよく分かるのだが、釣り場では静かにして欲しいものだが、多くの人たちが釣りをしているその桟橋から、一番派手な音がなるジャイアント・ストライド・エントリーで海に飛び込んだ。
僕はバスフィッシング派だが、そんな事を横で何人もされたら怒り心頭だが、オーストラリアの人たちは誰一人として文句を言ってこなかった。やはり、寛容性が有る人たちなんだなと心から思った。
そんなこんなでダイブした僕たちを待っていたのは、下から見る釣り針と釣り糸と、その下にいる『魚の海』へダイブしたのだった(釣り針に気をつけないとこっちが釣られてしまうのでその一点が厄介だった)。
まず待ち受けていたのが、水族館やテレビで見るイワシの群れだった。
僕たちがイワシの群れの中をくぐると、まるでCGのように華麗に僕たちを避けながら編隊を崩さずに泳ぐイワシの姿があった。
次に面白かったのが、桟橋の左右に分かれて釣り糸を垂らしているが、少ない方に沢山の魚が居て、多くの釣人たちが狙っている方には残念ながら魚がとても少なかった。思わず上に上がって「逆だよ、あっちに魚が沢山いるよ」と教えてあげたくなるほど、釣人たちと魚の数が左右逆だった。
あとは、日本の食卓に並んでいる魚たちと一部水族館にしか居なさそうな魚達が共存し、陸上はもちろん、水族館でもこんな展示方法はしないだろうなと思えるほど雑多な種類の魚が居た。
 海の底には沢山の魚が居て、様々な生き物たちが居ることを学んだ四日間だった。
最終日は、ダイブした所からかなり離れた全く別の所から上がった。
運良く人食い鮫にも出会うことなく、軍用潜水艦にぶつかられることなく、全員怪我もなければ脱落者もなく卒業することが出来た。
これで僕たちは、一応ライセンス上では海底三十メートルまでバディと一緒に潜ることが出来る。とはいえ、なんでも高額で漁師が幅を利かせている日本の海で潜るには、沖縄くらいまで行かないと同じような体験は出来ないらしい。
パースで年に一度ジンベエザメが訪れたり、ドルフィンダイブと言って文字通りイルカと泳ぐツアーも有るが(結局、何度も海に潜ったにも関わらず、一度もイルカを一度も見ることは出来なかったので『イルカさん』はこころなしか、しょんぼりとしていた。)、僕はイルカと一緒に泳いでみたいと思っていなかった。
だって、大阪には世界有数のすごい水族館の「海遊館」があるじゃないか。
そこにはジンベエザメもイルカも、なんならイワシの群れも居る。
僕は、それで十分だ。
 ただ、このダイビングライセンス取得の経験は、僕の中で今もとても大切な宝物の一つであることには違いない(もう二度と海に潜ることは無いと思うけど)。

これにて、全員無事に全工程終了!

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