『源氏物語』(古文)を読んだときの覚え書き_第47帖『総角(あげまき)』
第47帖『総角(あげまき)』
故八の宮の一周忌、娘二人は経典の飾り用の糸を編む。巻名は、薫の大将がその総角結びに寄せて大君への思いを詠む歌に拠る。
《和歌》「あげまきに 長き契りを むすびこめ おなじところに よりもあはなむ」(薫の大将)
(あなたが縒り結んでいる総角結びのように、あなたと私が長く寄り添えるようになりたいものだ)
◆薫24歳秋~冬◆
<物語の流れ>
総角とは紐の結び方のこと。万字結びともいう。相撲の土俵の垂れ幕の四隅にこの結びが見られる。「幸運」の意。
匂の宮(25歳)、中の君(源氏の異母弟八の宮の娘)と結婚
大君(おほいぎみ)→薫の中将の思いに応えることなく、只管中の君の幸せだけを願って、匂の宮が中の君を訪問しないことを不安に思いつつ死去
<書き出し>
「あまた年耳馴れたまひにし川風も、この秋はいとはしたなくもの悲しくて、御果てのこといそがせたまふ。おほかたのあるべかしきことどもは、中納言殿、阿闍梨(あざり)などぞつかうまつりたまひける。ここには法服(ほふぶく)のこと、経の飾り、こまかなる御あつかひを、人の聞こゆるに従ひて営みたまふも、いとものはかなくあはれに、かかるよその御後見(うしろみ)なからましかば、と見えたり。」
(何年も耳に馴れなさた川風も、この秋はちそう身の置き所もなく物悲しくて、御法要(父八の宮の一周忌の法要)の準備をおさせになっています。決まり通りの法事の様々については、中納言(薫の中将)、阿闍梨などが奉仕なされておられました。こちらの方(姫君たち)は、法服(正式な僧衣)、経机の覆い、細かな御用意するものを、人(女房たち)の教える通りに支度されますが、ひどく頼りなげでいたわしく、もし、こうしたよそからの御支えがなかったならば、事が進まなかったろう、と思われました。)
※「阿闍梨」は、と徳の高い僧、修法(しゆほう)、儀式を司る導師のこと
※「まし」は、反実仮想の助動詞{(ませ)・ましか/―/まし/まし/ましか/―}、未然形接続、もし~であったら~であろうに、の意
<大君、陰毛と中の君を気に掛けつつ病死>
「『つひにうち捨てたまひなば、世にしばしもとまるべきにもあらず。命もし限りありてとまるべうとも、深き山にさすらへなむとす。ただ、いと心苦しうて、とまりたまはむ御ことをなむ思ひきこゆる』
と、いらへさせたてまつらむとて、かの御ことをかけたまへば、顔隠したまへる御袖を少しひき直して、
『かく、はかなかりけるものを、思ひ隈なきやうに思されたりつるもかひなければ、このとまりたまはむ人を、同じこと思ひきこえたまへと、ほのめかしきこえしに、違へたまはざらましかば、うしろやすからましと、これのみなむ恨めしきふしにて、とまりぬべうおぼえはべる』」
(「終には見捨てられるのならば、きっと世に少しでも生き残るであろうことはございません。もし命に限りがあって、生き残るとしても、きっと深い山に分け入ることにいたしましょう。ただ心苦しく心残りは、残こされる方のことを心配するのでございます」
と、お答えいただこうと、あのお方(中の君)のことを口にされると、顔を隠しされた袖を少し引き直して、
「このように、空しかったことを、思いやりがないように思わせてしまっても仕方がないと、残される型(中の君)を私と同じようにお思いになられてくださいと、ほのかに申し上げましたのに、もし思い違いになられなかったら、先が安心でしたでしょうにと、これのみが恨めしいこととして、残ってしまうように思われるのでございます」)
と残して息絶える