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【科学】始まりの元素/水素エネルギー社会へ

 文明が自然との均衡を保つべきところ、自然の自浄作用を超えて文明側に偏り過ぎたために地球温暖化、極小の樹脂(プラスティック)による海洋汚染などの環境問題が生じています。
 その均衡を保つために、森林、海洋保護、生態系の回復、樹脂材の回収資源化、代替エネルギーなどの研究が進められています。50年前から始められている水素エネルギーの開発もその一つです。それについて少しだけ(といっても5000字以上になりましたが)掘り起こしておきたいと思います。

§1 求められるものは環境に負担の少ないエネルギー

 20世紀に入って、過去の長い歴史を積み重ねてきた人類の物質(エネルギー)に関する知識を包括的に捉える理論が登場しました。相対性理論と量子論の二つです。
  ※「相対性理論」(1905年に特殊相対性理論、1916年に一般相対性理論)--- 宇宙には絶対的な空間も時間もなく、運動など物理的な現象は観測者固有の座標と時刻とで考える理論
  ※「量子論」--- 原子や電子など粒子の振る舞いを存在する周囲の空間(場という)を介して考える理論
 これらの理論と実験、観測結果から、この宇宙は、真空の淀みにより超高温で超高密度となった極小の点(ここを宇宙の始まりとしている)ができて、そこが急膨張して冷却されて大爆発(ビッグバン big bang)を起こし、超高温状態で膨張すると共に徐々に冷却するという過程で基本となる粒子が飛び回る環境になり、原子を誕生させ、恒星を形成、さらに星雲を形成、さらに膨張を続けて、今日までに138億年もの時が経ったとされています。
  ※「宇宙の年齢138億年」≒137.72+/-0.59億年 <”Nine-Year Wilkinson Microwave Anisotropy Probe (WMAP) Observations: Final Maps and Results(ウィルキンソン マイクロ波異方性プローブ(WMAP))の9年間の観測:最終マップと結果)” 2013年改正版> 

画像:宇宙の膨張 <原画作成: NASA WMAP>
日本語記入: 高橋典嗣『138億年の宇宙絶景図鑑』ベスト新書(2015)

 学問に、今という時代に、ただちに役に立つという価値を求めるものではありません。それは一つ一つが薄膜のようなもので、薄膜一枚で何を成せるのかではなく、100年、200年、1000年と積み重なって層を成して、人類全体の叡智として捉えられるべきものだからです。二酸化炭素もプラスティックもいかなる問題も、これこそが解決する手段となり価値を問われるものとなるでしょう。

 長い年月を掛けて作り上げられてきた知識の積層から、直径が930億光年にも及ぶ広大な宇宙像が形作られていく中で、人類は水素をエネルギーとして利用できることを知りました。
  ※「宇宙の直径 930億光年」--- <Itzhak Bars, John Terning ”Extra Dimensions in Space and Time (Multiversal Journeys)“ 2012年出版>
  ※「宇宙像」--- とはいうものの、解明されている原子(物質、星、銀河など)は宇宙全体のエネルギー密度の4.9%のみ、残りは暗黒物質(26.8%)、暗黒エネルギー(68.3%)とされて詳細不明)<欧州宇宙機関(ASE: Agence spatiale européenne)2013年発表> 

 大爆発後、微小な粒子(素粒子)が生成しては消滅するという状態を繰り返し、38万年経って陽子一つと電子一つとの組み合わせで最初の最も軽い元素が作られました。それが水素原子(H)です。
 水素原子は、宇宙に散らばる全元素の質量の75%(総量数比では90%)を占めて最も多く存在しています(暗黒物資を除いて)。
 地球上の大気には、質量の割合で窒素(N2)75.5%が最も多く、続いて酸素(O2)23.1%、アルゴン(Ar)1.3%、二酸化炭素(CO2)0.05%、そして9番目に水素(H2)0.000003%が存在します。<『天文学辞典』日本評論社> 

 水素原子は、非常に軽いため重力では大気に留めることができません。
 地球上では、分子(H2)として存在することはほとんどなく天然ガスに含まれる程度で、様々な元素と結合して、大半は水(H2O)として、残りはアンモニア(NH3)、硫化水素(H2S)、化石燃料といった有機化合物(炭化水素HC、メタンCH4、セルロース(C6H10O5)nなど)の状態で存在しています。
 この豊富に存在する水素を利用しようというわけです。
  ※最新の研究で地球の中心部には、海水の30~70倍の水が存在すると推定されている

画像:地球中心部の水素量のシミュレーション
下の図の右側の座標、水素の量は目盛30~70(倍)
<東大、東工大、北海道大プレスリリース 2021/05/12>

  ※「原子」と「元素」 --- 微小の粒子(素粒子)で構成された基本の粒子として見る場合、「原子」と呼び、ほかと性質の異なる物質の基本の粒子として見る場合、「元素」と呼ぶ。水の分子(H2O)は、水素という「原子」二つ、酸素という「原子」一つ、合わせて三つの原子で成り立っている。また、水素という性質の「元素」一種類、酸素という性質の「元素」一種類で成り立っている、という。

§2 なぜ水素なのでしょうか
 まず、上述の通り、宇宙や地球上に資源として大量に存在すること。
 次に、「燃やす(燃焼)」ことだけでなく「電気を発生させる(電気化学反応)」ことで幅広い用途が広がること。例えば、広域用の発電機(水素によるガスタービン発電)、住宅地区、商業地区、工業地区の地域発電機(燃料電池)、各住宅用発電機、及び温水供給機(燃料電池)、自動車、鉄道、運搬機器の動力機関(水素エンジン、燃料電池)など。
 しかも、化学反応で生成されて排出されるものは、水と熱のみ。

画像:水素と酸素との化学結合 <東北大学流体科学研究所徳増研究室>

 そして、液化水素(-253℃で液体)、メチルシクロヘキサン(MCH、常温で液体)の形態にすれば、大量輸送、長期貯蔵が可能なこと。
などが挙げられます。
 尚、飛行船ヒンデンブルク号(浮揚用に水素ガス使用)の爆発事故(1937年)の例から、水素使用の危険性を指摘する意見もありますが、水素は、基本的に毒性もなく安全な気体です。空気よりも軽いため一箇所に充満して爆発することはありません。タンクに溜めて点火すれば、勿論爆発します。都市ガスも点火すれば爆発しますし、漏れれば一酸化中毒を起こします。それでも安全が担保されているのは、管理技術が確立されているからです。水素は原子力に比べれば、遥かに管理技術の確立が容易です。
 人類が新たなエネルギー源として、利用価値の高いものと言えるでしょう。
 
§3 具体的に考えられている利用法は
 代表的なもの三点について触れます。
(1)水素ガスタービン発電
 水素、または水素の混合物(水素+他の燃料)を燃焼させてタービンを回転させ発電する方法です。
 一次エネルギー(自然界から得られる加工しないエネルギーのこと、石油、石炭、薪、天然ガス、ウランなどの採掘資源、太陽光、水力、風力などの再生可能エネルギー)の43%は主に電力に利用されています。その電力の85%は火力発電に頼り、その発電のために利用される燃料は、液化天然ガス(LNG)44%、石油など9%、石炭32%とされています(2015年現在)。
 1kWhの電気を発電したときのCO2排出量は、石炭の火力発電で863g-CO2 /kWh、開発された水素30%混焼(天然ガスに水素を混ぜる)ガスタービンであれば305g-CO2 /kWh、将来の水素専焼(水素100%)ガスタービンであればゼロとなります。(下図参照)
 <三菱重工/大型水素ガスタービン 開発者インタビュー記事2018/03/30>

画像:二酸化炭素排出量の比較 <三菱重工/大型水素ガスタービン>

 (2)水素エンジン
 水素を燃料として供給して稼働させるエンジン(動力機関)です。
 ガソリンエンジンが、ガソリンをシリンダー内で燃焼させて発生した熱によってシリンダー内で膨張した気体でピストンを動かすのに対して、水素エンジンは水素の化学反応で生じた熱によって気体を膨張させピストンを動かすものです。水素のエネルギー密度は高く、少量で大きなエネルギーを生み出せます(エネルギー効率大)。

画像:YAMAHA開発の水素エンジン
<ベストカーWeb>

  (3)燃料電池
 水素を直接利用するのではなく、水素の化学反応で生じる電気を利用する形態(発電機)もあり、燃料電池と呼ばれます。

画像:燃料電池の仕組み <東北大学流体科学研究所徳増研究室>

 (i)燃料となる水素は、負極に供給され、水素イオンと電子に分離します。
      負極の反応 2H2 ⇒ 4H+ + 4e– (i)
 (ii)水素イオンは電解質を通って正極に移動、電子は外部の電気回路を経由して正極に移動します。
      正極の反応 O2 + 4H+ + 4e– ⇒ 2H2O (ii)
 (iii)正極に供給された酸素(空気中に存在)は、電子および水素イオンと反応して水(H2O)を生成します。
      全体の反応 2H2 + O2 ⇒ 2H2O + 2×237kJ (iii)
 1気圧、25℃の条件下で水素1モル(0℃、1気圧で22.4リットル)から得られる理論上の発熱量は燃料電池の種類によらず、おおよそ237kJとなります。

 燃料電池は、個々の住宅、商業地区、工業地区の小規模の発電と電動車(モーターで動く自動車、電車)の動力に向きます。
 特に電力の供給は、遠くの大規模な発電所で作られ、電力損失(発熱)を少なくするために高電圧(27万5000V~50万V)で送電線に送られ、途中で電圧を下げて、鉄道、工場へ、さらに電圧を下げて家庭へ送られます。それでも5%程度の損失は避けられません。その量は1年間でおよそ458.07億kWh、これは100万kW級の発電所がフル稼働して5年以上かかる電力量に相当します。<自然電力ウェブメディア HATCH> 

画像:電力としての効率 <NEDO エネルギー白書>

 電力を使用する近接場所に設置することで送電時の無駄を減少させることができます。 

§4 自然界にある水素をどのように取り出すのでしょうか
 水素エネルギーとして利用する具体例を三つ挙げましたが、これらに使用される水素は自然界にあります。
 水素を取り出すj方法には、大きく分けて二つあります。「電解法」と「改質法」です。
 「電解法」は目指すべき理想の方法で、水(H2O)を電気分解して水素(H)を作るものです。
  水を分解するためには電気(電力)を必要としますので、併せて、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱、生物系資源(biomass))を利用した電力体制の構築も必要となります。

  「改質法」は石油や天然ガスなど化石燃料に含まれる炭化水素(CH)を熱や触媒により構造を変化させて水素を取り出すものです。石油精製などの副産物として水素ができるのも、改質法の一部といえます。
 改質法は、すでに実用化され、技術が確立されている面もありますが、化石燃料から水素を取り出すときに二酸化炭素(CO2)が発生するという問題があるため、二酸化炭素を回収する技術との併用が必須です。
 「二酸化炭素回収・貯留(CCS: Carbon dioxide Capture and Storage)」と呼ばれ、発電所、化学工場から排出された二酸化炭素を、ほかの気体から分離して地中に貯留・圧入するというものです。さらに、分離・貯留した二酸化炭素を再利用する「二酸化炭素回収・貯留・利用(: Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)」という考えもあります。

画像:二酸化炭素回収、貯留の流れ <通商産業省 資源エネルギー庁>

§5 最後に、懸念される問題点
 水素をエネルギー源として大いに期待できるものですが、新たな問題が生じる可能性もあります。
 あまり指摘されることのない懸念される点について触れます。
 水素の消費量は今後急速に増大していくことでしょう。ただ、水素は構造が簡単で微小な原子であるゆえに、製造過程、運送過程、使用過程において少しずつ漏洩する量も増えていくことが考えられます。
 水素そのものは地球の温暖化の原因になりませんが、大気中に漏洩した量が宇宙に放出される量より多くなり、水素は他の元素と反応しやすい性質から大気中のメタン、オゾン、水蒸気などの物質と化合して、反応で生じる熱が大気を加熱する可能性がないとは言えません。検証が必要です。
 技術とは貧富の差に関係なく、生活基盤を支えるものであり、人を幸せにする力があるものです。初期段階から水素の管理体制の構築にも務め、未来社会へ技術開発を加速して行くように、もっと大いに声を上げてよいのではないかと思う今日この頃です。             <了>


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