『源氏物語』(古文)を読んだときの覚え書き_第51帖『浮舟(うきふね)』
第51帖『浮舟(うきふね)』
巻名は、匂の宮が浮舟を連れ出し宇治川を渡る小舟の上で交わした主人公の名の出所ともなった歌から
《和歌》「年経とも 変はらむものか 橘の 小島の崎に 契る心は」(匂の宮)
(年がたっても変わったりはしない、変わらぬ緑の橘の小島で約束する私の気持ちは)
《和歌》「橘の 小島の色は かはらじを このうき舟ぞ ゆくへ知られぬ」(浮舟)
(お約束してくださる心は変わらないでしょうけれど、この浮舟のような私はどこへ行きますことやら。)
※浮舟(水に漂う舟)に薫と匂の宮のどちらに身を寄せてよいのやら分からぬ我が身を譬える。
◆薫27歳春◆
<物語の流れ>
薫の大将(28歳)→浮舟を京に迎える準備をする
匂の宮 →薫の大将が宇治に隠していた愛人(浮舟)を見つけて、関係を結ぶ
浮舟・・・八の宮(源氏の異母弟)の妾腹の子(大君(おおいぎみ)と中の君の異母妹)→薫の大将と匂の宮との三角関係 →入水(じゅすい)
<書き出し>
「宮、なほ、かのほのかなりし夕べをおぼし忘るる世なし。ことことしきほどにはあるまじげなりしを、人柄のまめやかにをかしうもありしかなと、いとあだなる御心は、くちをしくてやみにしことと、ねたうおぼさるるままに、女君(をんなぎみ)をも、「かう、はかなきことゆゑ、あながちに、かかる筋(すぢ)のもの憎みしたまひけり。思はずに心憂(う)し」と、はづかしめ怨(うら)みきこえたまふをりをりは、いと苦しうて、ありのままにや聞こえてまし、とおぼせど、やむごとなきさまにはもてなしたまはざなれど、浅はかならぬかたに、心とどめて人の隠し置きたまへる人を、もの言ひさがなく聞こえ出でたらむにも、さて聞き過ぐしたまふべき御心ざまにもあらざめり、さぶらふ人のなかにも、はかなうものをものたまひ触れむとおぼし立ちぬる限りは、あるまじき里まで尋ねさせたまふ御さまよからぬ御本性なるに、さばかり月日を経て、おぼししむめるあたりは、ましてかならず見苦しきこと取り出でたまひてむ。」
(宮(匂の宮)は、まだ、あのはかなかった夕暮れのことがお忘れになられる時はありません。大した身分ではなさそうな様子であったが、人柄の誠実で愛らしくもあったなと、とてもひどい浮気な御性分なので、心残りのままで終わったことと、いまいましくお思いになるままに、女君(中の君)にも、『このように何でもないことに嫉妬しておられる。思いも寄らなかったので情けない』と、けなして恨まれなさるときどきには、(中の君は)とても辛くて、ありのままに申し上げてしまおうか、とお思いになられるけれど、(薫の君が浮舟のことを)表立って重々しい扱いにはなされないであろうけれども、並々ならぬ愛着で、気を付けてあのお方(薫の君)が隠して住まわせになられている人なのに、口うるさく申し上げてしまったら、(匂の宮は)そのまま聞き流されるような御性分でもなさそうで、仕えている女房の中にも、些細なことを話し掛けられ(相手に)触れようと思い立たれてしまわれたら、必要のない里まで尋ねられる御有様の良からぬ御性分なので、このように月日が経っても思い込まれている御様子なので、ましてや必ず見苦しいことを引き起こされるでしょう。)
※「まし」は、推量の助動詞(ためらいの意志)~しようかしら、の意
※「やむごとなし」は、身分のことを表わす場合、一般的な高貴さを表わすのでなく、類がない最上のものをいう
※「もてなしたまはざなれど」は、「もてなし-たまは-ざる-なれど」、
「もてなす」(他動詞サ行四段活用、物事を取り行なう、取り扱う、の意)の連用形「もてなし」
+「たまふ」(補助動詞ハ行四段活用、~なさるの意)の未然形「たまは」
+「ず」(打消しの助動詞{(ず)・ざら/ず・ざり/ず/ぬ・ざる/ね・ざれ/ざれ}、活用形の未然形接続)の連体形「ぬ・ざる」(下に助動詞の続く場合には、「ざる」)
+「なり」(伝聞・推定の助動詞{-/なり/なり/なる/なれ/―}、終止形(ラ変は連体形雪像)の已然形「なれ」
+「ど」(接続助詞<逆接の確定条件>、已然形接続、~であるけれどもの意)
※「さがなし」は、形容詞{(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ}、性格が悪い、口うるさい、の意
※「聞こえ出づ」は、他動詞タ行下二段活用{で/で/づ/づる/づれ/でよ}、口に出して申し上げる、「言ひ出づ」の謙譲語
※「あらざめり」は、「あら-ざる-めり」
「あり」(自動詞ラ行変格活用{ら/り/り/る/れ/れ}、ある、いる、の意)の未然形「あら」
+「ざ」(打消しの助動詞{(ず)・ざら/ず・ざり/ず/ぬ・ざる/ね・ざれ/ざれ}、未然形接続)の連体形「ぬ・ざる」(下に助動詞の続く場合には、「ざる」)
+「めり」(推量の助動詞{―/めり/めり/める/めれ/ー}終止形(ラ変は連体形)接続)の連用形「めり」
※「はかなうものをものたまふ」の「もの」は、①前後の関係からそれとわかる物、事柄を明示せずにいう②思うこと話すこと(抽象な内容)をいう
《和歌》「かきくらし 晴せぬ峰の あま雲に 浮きて世をふる 身ともなさばや」(浮舟)
(空をかきくらし晴れ間もない峰の雨雲に、どちらとも定めなくこの世を過ごす我が身をなしてしまいたい)
※匂の宮と薫の大将の間に挟まれて苦しむ身はいっそ死んで火葬の煙になってしまいたいの意。