大好きだった仕事を辞めて、そしたら何が起こったか
大好きだった仕事を辞めて、あっという間に1年が過ぎた。
当時の気持ち、わだかまりと、未来への期待を書き残してから1年が過ぎたのだ。
アイデンティティと一体化していた仕事を辞めることには勇気と怖さが伴い、誰もが躊躇するものだ。
それを押して、苦しみを置き去り、新しい世界に飛び込んでみることを決めて、1年後の自分が何を考えて何をしているか正直想像もつかなかった。
予想通りだったことと、予定外だったことがいくつかある。
今回はそれを書き残し、未来の自分に向けて刻んでおきたいと思う。
予想外だったこと
・アイデンティティは簡単には揺らがないこと。今でも自分は「書き手」だという思いが捨てきれない。定まらないクライシスを迎えている。「名前のある仕事」に安住していた自分は簡単にぬぐい去れない
・一方で、「書かなくても生きられる」と気づいてしまったこと。書かなくて寂しいのに、書かなくて平気。寂しいと平気は両立する。矛盾しているようだが、住む家と食べるものと、わずかな友人がいれば人は生きられる。仕事のアイデンティティは、なくたって生きていける
・越境は想像より難しい。1年前は、今頃もっともっと知識やスキルがついて活躍できていると予想していた。ところが、新たな環境、人間関係に慣れ、知識をつけて実践で活かしていくには驚くほど時間がかかる。20代の時のような「クソがんばり」に伴う急激な成長の感覚は今のところ訪れず、気長にやるしかない。
そのことを考えると、自分は今後の人生で、大胆な越境を伴う挑戦をあと何回試すことができるんだろう、と思いをはせる。何度もなんどもフットワーク軽く、新たな世界を転々とし続けられるわけではなさそうだ。
予想通りだったこと
・飛び込んでみた新しい世界は「本当にやりたいこと」ではないということ。経験や知識を広げ、将来の選択を増やすための手段ではあってもずっとやりたいという気持ちにはなれず、前の仕事に打ち込んだ時ほどの情熱も持てない。勉強、勉強、とやってみている。
・最後は希望。何かを捨てたら、そのぽっかり空いた穴に必ず新しいものが入ってくること。捨てることは減ることではなく、むしろ増えること。ある場所から別の場所に移ることは、逃げではなく単なる移動に過ぎないこと。
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